第25話 司のスート



 家に着くのにそんなに時間はかからなかった。


「母さん!」


 街を駆け抜け、元住居の剣条宅へ訪れた。玄関のドアノブを触っても、全然違う人の家のそれを握っているようだった。侵入に成功すると、ターゲットのマリア・ヴィ・グレンフェルは呑気な顔で出迎えてきた。


「あらあら司。どうしたの一体?」


 俺が息を切らしてまで急いでここへ来た理由を、母は理解していない。


「グリズランドについて…………俺の許嫁について……詳しく聞かせてもらおうか!」


 母さんは一度驚いたように目を見開いて、そして鋭い目つきで俺を直視した。


「………ちょうど良かったわ。わたしも源次郎さんも、クレイグもいるわ」


 俺が生まれてから、今まで見せたことのない母ではなく、マリアの表情だった。

 リビングに案内されると、親父とクレイグが座っていた。


「よくも今まで騙しやがったな。親のすることかよ!」


 とりあえず溜まった鬱憤を吐き散らした。ジョーカーを殴って少しはすっきりしたが、それでも足りなかった。


「落ち着け、とは言わん。だが、母さんの話はちゃんと聞くんだ、司」


 四十過ぎてもシワの少ない親父。普段将来について話したりもしているが、今度ばかりはそれ以上に重要だ。顔が強張っていた。


「あのね、司。まず……グリズランドの王族だったって事……黙っていてごめんなさい。でもね、あなたと7ちゃんを守るには仕方なかったのよ」

「……………」


 しばらく黙って成り行きを聞くことにした。一々疑問を割り込ませても無駄なだけだ。


「司が今、後継ぎで争っているのと同じように、グリズランドでは何度も後継者をめぐって血が流されたわ。今でこそルールがしっかりしてるから被害は少ないけど、昔はルールなんてないデスゲームだった………そしてわたしも巻き込まれた。当時はグリズランド本国で行われていてね、その時わたしの〝スート〟だったのがこのクレイグなのよ。結果から言うと、わたしは負けたわ。棄権した、って言ったほうがいいのかしらね………わたしが争いに巻き込まれたのがちょうどお腹に司がいた時なのよ。そして、クレイグの奥さん――7ちゃんのお母さんもその時あの子を身ごもっていたの。わたしと源次郎さん、クレイグと奥さんの四人で話し合った末に、源次郎さんの故郷の日本に逃亡したの………けれど、戦いを棄権する代わりに国側から出された条件が二つ出されたわ。一つが、『どちらか一方の家族は本国に残る』ってことだったの。クレイグは自分が弱いからわたしを守れなかったと言って自らの家族を犠牲にして、わたしたちを逃がしてくれた。それで二つ目の条件が『残った家族の子供を〝スート〟として育成する』ということだったのよ。お互いに子供が生まれたのだけど、7ちゃんは生まれた時から体が弱くていつ死んでもおかしくない状態だった………幸いなことに、その当時のグリズランドの医療技術なら簡単に治療で来たわ。不幸中の幸いってところかしらね。度重なる薬品投与と治療によって、7ちゃんはスペードの7として生きてる。生まれた時からスートとして育った者には、名前も、国民としての自由もないわ。だから7なの」


 『……私は元々番号で呼ばれていますので、7は7なんです』


 生きていく上で自分を表す名さえ、スートにはないってことかよ。狂ってる………狂ってるよ、グリズランドは。


「唯一助けられる方法が、結婚。それも、異国の人間とのね。同じ国籍同士だったら、結局死ぬまでスートの運命を背負わなくちゃいけないの」

「しかし、愛のない結婚など、スートでいるよりも遥かに残酷だ。だからわしは、君に聞いたのだよ。娘を愛しているかどうかをね」

 勝手だった。単なる大人の恩着せがましい行動だった。そんなこと、俺も、7も望んでいなかった。

「ふざけんな……………誰もそんなこと頼んじゃない」

「ならば君がスートになったかね? ……無理だろう?」

「論点をすり替えるな! 本当に望んでるなら、7は俺以外の人間と結婚したいなんて願望をスートの契約書に書くかっ!」


 ○○○と自由に結婚がしたい………まぎれもなく、俺じゃない。グリズランドの誰かだろう。でなきゃわざわざ許嫁以外の名前で○○○とは書かない。


「司君……なぜそれを……」


 クレイグに問い詰められて、返す言葉がなかった。途端に立場が悪くなって、対応できなくなる。


「……もういい。7に直接聞いてくる」


 立ち上がって部屋を出ようとすると、クレイグが俺を引き止めた。


「これを……もっておくんだ」


 握り拳ほどの長方形のケースを渡された。中には、金色の輝きを放つ物体が収納されていた。中身を取り出すと、沢山薄い板が重なっている。……スペードの7のカードだった。


「さっき娘からくすねての」


 おどけて見せたが、俺にはクスリとも笑えない出来事だった。


「俺は……あんたを俺のスートとは認めない――――俺のスートは、7一人だけだ」


 時計の針は既に午後四時を回っていた。


「みんなが俺や7のことを考えてくれてたことはよく分かった。その気持ちは嬉しいよ……………でも、こんなのは絶対に間違ってる。みんなも、グリズランドも」


 故郷を否定しても、母さんは何も言わず、ほほ笑んでいた。



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