第23話 許嫁


「へぇ……親子ねぇ……」


 半信半疑だったが、数分前の7のあの声……よくある『友達の前ではクール気取ってるけど家ではデレデレキャラ』みたいなもんか。……よくは……ないな。立ち話もなんだったのでおっさんこと7のお父さんを家へ上げると、7は部屋の片隅で体育座りをしたまま微動だにしなかった。


「ま、娘は母親似ですからな」


 酒はなかったので緑茶を出すと、思いのほか喜んでくれた。……しかし、グリズランドの人間ってのはみんな日本語が喋れるんだな。


「娘はねぇ、可愛いんですよ! 昔はよく『パパ、あれなぁに?』なんて言ってべったりしていたたもんですよ」

「うぅ………」


 昔から戦闘訓練をしてたわけじゃないのか……? でも、ちょっと意外だな。昔は普通の子供だったようだ。


「も、もういいじゃないですかお父様!」

「ほら、そうやって堅苦しい敬語なんぞ使って………娘よ、年頃の乙女がガチガチに固まるんじゃあない」


 俺が見ていたいつもの7が本来の7じゃないんだな。………今までは仮面をかぶってたって事か? だけど、時々見せる笑顔とかは、ちょっとした気の抜けた証拠なんだろう。


「わ、わたしは……いつもこの喋り方……だもん」


 キャラが崩れているような……

 さっきから、このおっさん自分の娘に対して名前で呼んでない。単にそうやって呼び合ってるなら頷けるが……7自身、自分の名前は〝7〟と称した。疑問符が残ったが、そろそろ7が崩れそうだったので助け舟を出した。


「それで……7の親父さんが何の用で?」

「おぉ、そうだった。うっかり本題を忘れるところだった!」


 大丈夫かよ、このおっさん。熱い緑茶を一気に飲み干すと、「ぷはぁ~」と満足した様子で襟を正した。


「娘よ……本日づけでスートを解任する。……明日本国へ帰還し、詳細な情報を報告せよ」

「え?」

「このクレイグ=フラムスティードがお前の任務を引き継ぐことになった」


 それって………7がいなくなるってことなのか。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。……あまりにもいきなりだろ!」

「司君。これは国からの命令なのだ。元々、君のスートとして派遣されるのはわしだったからね」


 おっさんの一人称は放っておくとして、納得がいかなかった。短い間だったけど、7は俺のことを守ってくれた。世話もしてくれた。それなのに、あんまりだ。


「俺は認めないぞ」

「言ったろう、司君。これはグリズランドの決定なのだよ。わしがギックリ腰にさえならなければ、最初から娘は日本に来ていないのだよ」

「そんな…………じゃあ、本当に……」


 信じたくなかった。認めたくなかった。……けれど、何も言い返せない。言葉が、何も浮かんでこない。


「………娘よ。少し司君と二人で話がしたい。適当なところで時間をつぶしてきてきなさい」


 おもむろに7の親父さん改めクレイグが懐の財布から一万円札を取り出して7に渡した。7は無言のまま、それを受け取らずに部屋を後にした。俺を一瞥することなく。反論しても無駄ということか。


「さっき………7とどこまで進んだか聞いたね?」


 クレイグは、今度はポケットから煙草を取り出した。キッチンの換気扇の電源を入れて、許可した。クレイグが煙草の煙を一度吐いて、話を続けた。


「あれはまぁ……半分冗談だと思ってくれていい」

「半分? ……グリズランドジョークじゃなくて?」


 クレイグは携帯灰皿を取り出して、灰をそこへこぼす。


「ガハハ………そうとも言えるな。だがね、もう半分は本気なのだよ」


 うまく会話がくみ取れない。……もっと具体的にはっきり言え……目上に対して反抗的な感情が生まれた。クレイグは一本を携帯灰皿に入れると、鋭い目つきで俺を見た。


「司君……君は、娘の事をどう思っている?」

「……あ?」


 明確な返事ではない。眼前のおっさんの言いたい事が理解できない。……急に来てこの人は何を言っているんだ?


「もっとはっきり言おう……君は、娘を愛しているかね?」


 突拍子もないことだった。真面目な顔して雰囲気醸してると思えばこれだ。別に俺は誤解を生むようなことをしちゃいない。


「確かにかわいいし……家事もできるし。……魅力的だとは思いますけど、出会いも突然すぎたから……恋愛感情まではまだ……」

「わしが聞いているのはイエスか、ノーの二択だ。そんなに濁さなくてもいい」


 この場で結論を出せ……そんな圧迫感がある。

 それを言われると……はっきりとは愛しているとは……


「………ノーです」


 好きではない……でも、嫌いでもない。けれど、愛しているわけではない。ベクトルは隣人愛に近かった。


「そうか………なら、決まりだ」

「何が……ですか?」

「君の答えによってはそのまま娘を残そうと思っていたが……ノーならもう、ここにいる意味はあるまいて」

「どういう事ですか……イエスだったら7が残るなんて………だったら、最初からいさせればいいじゃないですか!」


 どうして憤っているのか、自分でも気が付かなかった。


「そんなに頭に血を上らせてはいかんぞい。……それに、君は何故そんなに7にこだわる? ………愛してはいないんだろう?」

「そ、それは……」


 好きではある……と思う。

 7がスートとしていることと、俺が7を好いているかどうかは別問題だった。このおっさんは、都合よくすり替えているにしか過ぎない。


「だ、大体、俺の気持ちがどう関係してるっていうんですか」

「ふむ…………」


 クレイグは顎鬚を撫でてしばらく黙考した。


「もう少し君が落ち着いていたら良かったのだが……まぁ、致し方あるまい」


 クレイグは、もう一本煙草を取り出し、火を点けた。


「実はな………娘は……7は、君の許嫁なのだよ」


 ずいぶん面白くない洒落だった。思わず苦笑いする。ギャグにしては面白みに欠ける。


「お、おいおい親父さん。いくら何でもそれは冗談キツイって――」

「本気だよ、わしは」


 クレイグの眼差しが、この話に嘘偽りはない……と語っていた。いよいよ話がややこしくなってきた。


「そんなこと……俺は一度も聞いてない!」

「それはそうだよ。娘にも、そして真理亜様や源次郎様には伝えないようにと、釘を刺しておいたからの」


 父さんと母さんも一枚噛んでやがったのか……それに、7も。俺は今まで皆に騙されてたのかよ……


「娘は、この数週間で、君のことを見定めていたのだよ。……夫として、一生を共にできるかどうかを…」


 そんな素振り、7は一度も見せなかった。守りたい、と思えるまで信頼していたのに、突き放された気分だった。


「わしはね、司君。できれば娘には………〝スート〟などという道には進ませたくなかったのだ」

「な、……なにを……」


 動揺のせいでただ驚くことしかできない。


「まぁ………まだ少しの間は娘もいる………グリズランドに帰る前に、別れの挨拶くらいは済ませておくといい」


 吸っていた煙草をまた携帯灰皿に突っ込むと、クレイグは部屋から出て行った。


「………何だよ………勝手すぎだろ……」


 やり場のない怒りがこみ上げる。………俺を蚊帳の外にして、皆で決めやがって………


「……くそっ」


 ヤニの匂いが辺りを包んでいた。俺は換気扇を止めて、居心地の悪くなったここを後にした。



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