第21話 後継者争い 2


 そして、決闘当日。快晴の空の下に、全員が集結した。みどり公園の更地の中心。


「結局、何もせずにのうのうと現れましたわね?」


 表情には出さないものの、怒っているのはすぐにわかった。………無理もない、か。


「俺は………今のありのままの俺でお前に挑む」


 まるであざ笑うかのように、ヒルデガルトは口元を曲げた。

 それから、公式な審判という事で、グリズランドからの審判が現れた。サッカーの審判似た格好で、ホイッスルを首にぶら下げていた。昨日の手紙のルールを読み上げていき、説明は終わった。


「Q、下がっていなさい」

「御意」


 人知れずQは消えた。あいつは参加しないんだな。ってことはやっぱりヒルデガルト一人か。


「そういえば、明確なゲームのルールを定めていませんでしたわね」


 肝心なところで抜けていた。こいつも意外とアホだな。


「……そうですわね。三回。三回缶を蹴ったら、貴方達の勝利としますわ。制限時間は一時間。そのうちに私が全員を捉えた場合は私の勝利としますわ」

「一時間? ずいぶんと時間をくれるわね?」

「無難な決定と思いますけど?」


 自信がある……ってことなのか? ……にしても、少し多すぎないか? 両手に得物を持っていないところから察するに、ヒルデガルトに武器はない、か。なのに彼女は悠々と立っていた。


「缶はこれでよろしいですわね?」


 何の変哲もない缶を渡された。三百五十ミリリットルの黒のコーヒー缶。俺が持って見ても、中身はもうないし、これといった仕掛けはない。確認を終えて足元に置くと、審判がその缶を中心に半径三十センチの円を描いた。


「今から一時間………十一時がタイムリミットですわ!」


 審判が雷管に弾を込めて、天高く向ける。


「では………始め!」


 雷管の音が一発。8が缶を東へ空高く蹴りあげて決闘は始まった。


「行くぞ!」


 四人が一斉に散る。ヒルデガルトを通り過ぎた時、彼女が笑っているのが見えた。……楽しんでいるのか。焦ることもなくヒルデガルトはゆっくり歩き始めた。その間に、俺は茂みへ隠れ、息をひそめた。


 腕時計を見て計ってから十分後、ヒルデガルトは戻ってきた。円の中に置いて周囲を見渡したのち、ヒルデガルトは俺の方向とは違う場所へ歩いて行った。見えなくなってきたところで、勝算が少し見えた。


 よし……チャンスだ!

 一気に駆け出す。もうこの際先手必勝。茂みから体を出して全力で走った。


「剣条君、見つけましたわ。ポコペン」

「へ?」


 瞬間移動でもしたのかこいつは! いなかったはずのヒルデガルトが、いつの間にか缶に足を乗せて俺の名前を呼んでいた。


「あ、あひ?」

「はい、クレアさん、見つけましたわ。ポコペン」


 茂みの中から顔だけ出した状態で、クレアが見つかってしまった。……まずい、あと二人は催眠術にかかっちまう。


「このマヌケ」

「うっさいわね! 大体仕掛けるのが速いのよ!」

「お互い様だろーが!」


 にらみ合って言い張りあうも、どちらも無様だった。……業を煮やしたヒルデガルトが俺たちの方に手を置いた。


「お二人とも、もう少しお静かにしてくれま――」


 ヒルデガルトが俺達を黙らせようとした瞬間、土を踏む鈍い音が連続して聞こえた。小刻みで素早いそれはどんどん近づいてくる。


「なかなか早いですわね……」


 缶に足を乗せていたヒルデガルトの姿も、一瞬で消えた。見えなくなった。そして、三つの人影らしき物体が、周囲を交錯し、銃声を鳴らした。


「7……っ!」


 連続するマシンガンの発砲音。甲高い金属音の後、7が倒れた姿で現れた。


「隙ありっ!」


 背後から8が缶を蹴った。これで一回目。同時に7が起き上がった。


「今です。クレア様、剣条様、7、逃げてください!」

「おうよ!」


 7の腕を引っ張って茂みに退散する。


「すみません……催眠術にかかっていました」

「気にするなよ。……俺だって見つかったんだから」


 7はもういい、と俺から離れた。


「気を付けてください。彼女の速さは尋常じゃありません……私たちの予想をはるかに上回っています!」


 次はこうはいかない……今度は木の陰に隠れた。ヒルデガルトが缶を持って帰って来たのが、二十分後の事だった。……おかしい。もう三十分も経ってる。


「くそ……時間が……待てよ」


 缶けりのルール上、缶は鬼がとらなくてはならない。……だったら、その鬼がわざと遅らせれば、時間は無駄に過ぎていく。


「そういうことかよ!」

「そういうことですわ、剣条君」


 隣に、腕を組んでこちらを見ているヒルデガルトがいる……にっこりと笑った。


「こんなわかりやすい場所に身を隠すのなら、気配くらい消しておかなくて?」


 予備動作もなく、ヒルデガルトは缶へ走り出した。しかし、今度は先刻よりもずっと遅い。俺でも追いつけるレベルだった。わざとか……でも、ここで無駄に見つかるわけにはいかない!


「やろぅっ!」


 少女を追って駆ける。が、缶の手前でヒルデガルトは立ち止まって踵を返した。


「残念」


 手をパンと叩くと、俺の足元から四角形の迷彩柄の箱が飛び出した。


「なっ……!」


 そして、それは一気に弾け、中から放出された『何か』に俺の体が叩きつけられた。鈍い衝撃が全身に走り、体が吹き飛ばされて倒れる。


「剣条君見つけましたわ、ポコペン」


 ゆっくり、ヒルデガルトは缶に足を置いた。一体……何が起こったんだ。


「何を……した……」

「あら、……魔法ですわ」


 ふざけてんのか………確かに、俺は箱から『何か』が出てきたのはわかったんだ。静かにたたずむ少女は髪を一撫でして黙った。


「騙されてはいけませんよ、司!」


 どこからか、7の声がする。別に魔法を信じてるわけじゃないけどさ。


「それは対暴動鎮圧用設置型圧縮空気弾……『弾圧する壁ヴァークェンヴァンド』です」


「ヴァークェンヴァンド?」


 独り言にヒルデガルトが反応する。


「祖先はクレイモア……目標がある地点まで来た場合、中の小さな鉛玉をあらゆる角度に放出する殺傷武器……この『弾圧する壁』はその原理を応用して、鉛を空気に替えて非殺傷武器にしましたの。……もっとも、実戦で使用されるのはあまりありませんけど。至近距離ならまず確実に回避できませんわ。……それと、今回使用している空き缶は、その攻撃を無効化するので倒れることはありませんの。よろしっくって?」

「ご丁寧な解説ありがとよ……!」


 ヒルデガルトの説明に耳を傾けながらよろよろと立ち上がった。……生きててよかったよ……しかし、鈍痛は消えない。全身をバットで殴られたような痛みは持続的に体を駆け巡る。


「いくら頭で理解しても、体が追い付きませんからご安心あれ。アレを回避するなら、無数のライフル弾を難なく避けられなければ無理ですから」


 屈辱だった。しかし、これが現実。


「さてと、もう一度探しましょう」


 ゆったりとした足取りで、ヒルデガルトは捜索を再開した。それからしばらくしても、ヒルデガルトは戻ってこなかった。すると、足音と共に人影が現れた。


「もらいましたっ!」


 缶を蹴ろうとする7の姿が、現れた。土煙が舞う。その先にいるヒルデガルトは、不敵に笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「よせ、7! 遠くに飛ばすな!」


 忠告虚しく、7は遠方に缶を飛ばしてしまった。………と、決闘の真っ只中に7が俺に詰め寄った。


「いきなり叫ばないでください!」

「バカ、あいつの狙いは時間を稼ぐことだ!」


 時間はもう四十分を過ぎていた。あと二十分。もしヒルデガルトが缶を見つけることに手間取れば、いや、わざと遅らせればその分俺達は自分たちの首を絞めることになる。そしてクレイモアの妨害。とても勝算はない。


「それはわかってます。……ですが、それは相手も同じこと。焦らず、落ち着いてください。勝機は必ずあります」


 そう言い残して、7は走って消えた。


 俺もヒルデガルトが返ってこないうちに、さっさと茂みの中へ入った。

 ヒルデガルトが一度戻ってくると、缶が無いことを確認して再び探しに行った。腕時計と缶のあった円へ視線を往復させていると、ポケットの携帯が鳴った。やべ、電源切るの忘れてた。電話の主は非通知だった。


「はいはい、どちらさま? こっちは今忙しくて……」


 いつ戻ってくるかわからないヒルデガルトに注意しながら急いで通話を切ろうとするが、電話の主の声でそれをやめた。


『Qだ。剣条司だな』


「お、おう……」


 今更電話番号をどうして知ってるとかツッコんでも無駄だよな……


「何だよ、敵にわざわざ電話して…………」

『もう一度、よくルールを思い出してみろ』


 文句を言わずに、頭から今回の『缶蹴り』のルールの記憶を引っ張り出す。確か、妨害ありで、殺傷武器の禁止、死ぬような攻撃はダメ、目潰しとかも駄目……だったよな。


『いいか、待つだけがすべてではない』

「は?」

『これは缶蹴りであって缶蹴りではないのだ。……もう一度言うぞ、待つだけがすべてではない』


 通話が切れ、携帯の画面が待ち受けに戻った。俺はしばらくの間、携帯を見つめていた。


「結局………何が言いたかったの?」


 Qはかっこよく決めたつもりなんだろうが……高校二年生には、よく分からん。もう少し具体的にちゃんと言ってくれないと。役に立たない助言をもらっている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。

そして、ヒルデガルトが戻ってくるまでの時間、約十分。もうタイムリミットは残されていない。


 待つだけが……全てじゃない? ……それって、さっさと攻めろってことなのか? 腰とズボンの間に挟んだリボルバーを手に取る。できれば、使いたくない。


 Qの言葉に気を取られている間に、破裂音が連続して周囲に響いた。クレアが『弾圧する壁』の餌食となり宙に浮いた。そして、ヒルデガルトに見つかる。


「あいつ…………!」


 既に、陣形も作戦も皆無だった。そもそも作戦を立てたところで、合図のしようがない。それに、速さも段違いだ。


「一体……どうすれば……」


 敗北の二文字が、頭を過った。残り九分。8が突撃したが、『弾圧する壁』を回避できずに捕まった。……残り、八分。もうどうしようもない。


『ちょっとは肩の力抜いてみたらどうだ?』


 ふと、シュタルスの眠そうな顔が浮かんだ。緊張で震えている体を、深呼吸で鎮めた。

 ………そうだ、ありのままでいい。深く考えるな。

 ヒルデガルトが残りの俺達を探しに消えた瞬間、茂みから飛び出した。


「えぇい! 前進あるのみっ!」

 『待つだけがすべてではない』


 それなら、いまこうやって突っ走るだけだ。捕まったらそん時はそん時だ!


「うぉぁああああぁ!」


 全力疾走・猪突猛進。全身全霊をかけて、数十メートルを駆け抜けた。が、もう少しと言うところで、地面から箱が現れた。


「なんの!」


 箱が破裂するまえに箱を踏み台にしてジャンプした。あと三メートル。


「でりぁあああああ!」


 『弾圧する壁』が破裂して、背中に空気の塊が直撃する。その勢いに任せて缶まで飛ぼうとした。これで、勝ちだ!


「………そううまくはいきませんわよ」


 さっきまでいなかったはずのヒルデガルトが、円の中にいた。そして、あと一メートルのところで、三つの箱が出現し、それらすべての中身が、俺の全身を強打した。あと少し……あと少しなのに……


「残り七分……あと一人ですわね」


 何とかならないのかよ…………。意識が朦朧とし、力が入らなかった。捕まった以上、もう何もできない……


『待つだけがすべてではない』


 不意に、Qの言葉が蘇った。なんでこの状況にあんなことを俺に言った? 意図があるはずだ……それに、ルールをもう一回思い出せって。

 攻撃側の妨害行動………そうか………別に捕まったら何もしちゃいけないって書いてないよな!


「屁理屈もいいトコだよな………一休さんでも降参するぜ、この場面」


 ボロボロの体で立ち上がり、周囲を適当に歩き回る。


「何やってんのよ、ケンジョウ!」

「8……クレアを安全な場所へ退避させとけ……」


 一歩踏みしめるごとに、体が軋んだ。それでも、俺は悪あがきをやめない。やめてはいけない。何も言わず、察してくれた8はクレアを抱きかかえて遠くへ離れた。


「もう何をしたところで無駄ですわ」


 もうヒルデガルトの声も耳に届いても理解するほど意識はない。

また一歩踏み出すと、地面から二つの箱が突出した。動く暇もなく、『弾圧する壁』が破裂し、全身を襲う。


「ぐふぅ!」


 吐血していた。腕はあざだらけだった。感じたことのない冷たさを、体感していた。こんなの、子供の興じる缶蹴りじゃない。


「無駄な足掻きですわね……下衆らしい無様な姿」


 一歩、さらに一歩………視界もぼんやりとしてきた。『弾圧する壁』がどこから出現しても、もう判断できなかった。そして、ボコ、という音と同時に、また体が叩きつけられた。


「馬鹿な……死にますわよ」


 足を引きずりながら、痛みに耐えながら、歩き回って『弾圧する壁』の出現を待つ。


「勝つんだ………俺は!」


 刹那、目の前にヒルデガルトが現れ、俺の腹部がへこんだ。正拳がまともに当たった。膝をつく。体が動いてくれない。


「見るに堪えませんわ……もう終わりです……所詮、あなたは〝この程度〟だったということですわ」

「うる……せぇ」


 まだだ………まだだ!


「人の夢を馬鹿にするような奴に――――負けるわけにはいかない!」


 叫びと共に、呼応するかのように辺り一帯の『弾圧する壁』がすべて姿を現した。察知したヒルデガルトは空高く退避し、俺一人が取り残された。


 死―――――直感した。


 視覚が、聴覚が、嗅覚が、触覚が………消えた。痛くも、熱くも、冷たくもない。自分がまるで、人形になったように、何もない。一度破裂で吹き飛ばされ、二度目にもう一度その先で吹き飛ばされ………連続して破裂した箱によって、骨が折れたかすら、もうわからなかい。ただ……言葉は失わなかった。


「せ………ぶ…………………ん」


 何度目か……宙に打ち上げられ、そのまま意識が途切れそうだった。回復してきた視界には、まだヒルデガルトがいた。


「行け………セブン……」


 一言一言発するたび、五臓六腑が締め付けられる。苦悶の表情をすることすら叶わない。それでも、俺はすべてをあいつに託した。


「決めろぉっ、セブ――――――――――ンッ!」


 夢中で叫んだ。体がどうなってもよかった。落ちる一秒一秒の時間が、永遠に思われた。……役目は終わった。俺は待たなかったぜ、Q? あとは……頼むぜ。


「はあぁぁああっ――――」


 徐々に、大きくなっていく少女の咆哮。落下の瞬間に見えたのは、7とヒルデガルト両者が缶に足を当てて競り合っていた。


「見事ですわ……貴方達は称賛に値します。ですが……私がスートに対して負けないのはどうしてか……お分かりですわよね?」


 あいつには……ヒルデガルトには催眠術があった。唯一、俺がどうしようもなかったことだ。


「ぅ……!」


 一瞬、7の体勢が崩れる。催眠術にかかってしまった。……もう……ダメなのか?


『す、すごい……です』


 象を見たとき、あいつははしゃいでいた。


『か、………感無量です』


 キリンを見たとき、目を輝かせていた。


『あ、あんなかわいい物体が………この世に存在していたのですか!』


 走馬灯のように流れゆく7との日々で、あいつはあの時が一番本来の姿を見せていたのかもしれない。


「お前の……お前の好きな動物は何だぁぁあああああっ!」


 残りの渾身の力を込めて、絶叫した。反動で、大量の血が口から吐き出された。鉄の味が口内を支配する。


「パ………」


 聞こえないはずなのに、耳に届く少女の声。


「パ………パン」


 少しずつ、体勢がもどっていく。……たった数秒の出来事なのに、とてつもなく長く感じる。



「パンダァッ――――――――――――――――――――――」



 後に聞こえたのは、『ポコペン』ではなく………カコン、という缶の落ちる音だった。

 そこでようやく終了のホイッスルが吹かれた。……そういえば審判、見てるだけで特に何もしてなかったな………普通あんな兵器見たら、止めろよ。


「はぁ……」


 呆れと安堵のため息をつく。仰向けになって空を眺める。いつもよりきれいだったが、日光がまぶしい。……手で遮ろうとしたとき、自分の手が真っ赤に染まっていることに気が付いた。ギャグでも笑えない。


「三回缶を蹴ることに成功した、攻撃側の勝利とします!」


 審判が手を挙げて叫ぶ。何とも言えない、清々しい気分だった。


「普通……こういう時は気絶するよな……?」


 頭が冴えて、とても眠ってしまうようなことはなかった。意識ははっきりしているせいで、痛みが余計に感じる。


「あ~ぁ……おまわりになったって、こんな血まみれにななんねぇよ……」


 自分の置かれた非現実的な状況に、笑いが込み上げてきた。ただの高校生が、ただの子供の遊びの『缶蹴り』で瀕死になってるんだからな。我ながら、よく生きてる。俺達がやったのは、まさに『命懸けの缶蹴り』だったというわけだ。


「司、しっかりしてください!」

「しっかりしてるっつぅ~の……あてて」


 駆け寄ってきた7。どうやら『弾圧する壁』は受けていないらしい。7の肩を借りて立ち上がる。


「貴方……いえ、貴方がたの勝利ですわ」


 ばつの悪い表情で、ヒルデガルトも歩み寄ってきた。7も、もう身構えることはなかった。


「私の催眠術をよく破りましたわね……約束通り、あなたの傘下に入りますわ」


 ……何だそれ?


「そんなこと言ってたか?」


 ヒルデガルトには怒ったりムカついたりで、会話の内容は夢を馬鹿にされたことくらいしか覚えてない。それに元々、俺は屈服させるために戦ったんじゃない。


「おーい、ケンジョウー」


 退避していたクレアたちもやってくる。………これで、終わったんだな。

 しかし、直後場は戦慄に包まれた。あの『弾圧する壁』アが、俺と7の足元に現れた。俺は即座に7をヒルデガルトに放って二人の盾になった。箱は破裂し、圧縮された空気は死にぞこないの俺の体をさらに死の淵へ追い込んだ。中空に散り、倒れる。


「ツカサ……っ!」


 限界だった………けれど、まだヒルデガルトに伝えてなかった。


「ひ……る……だ……がると」


 まともに口を利くことすらできなかった。寝返りの一つ打てない。


「ツカサ……ツカサ……ダメです、死んではいけませんツカサぁっ!」


 なぜか……7の声が良く聞こえた。……というより、耳元で叫ばれると、結構うるさい。


「……生きてるよ……7」


 もう何発喰らっても大丈夫な気がする。………人間、『慣れ』ってのは怖い。抱きかかえるように上体を起こす7の手を握った。


「司、大丈夫ですか? ―――どうして庇ったんですか!」

「え?」


 涙ながらに叫ぶ7の疑問が、よく分からなかった。


「本来庇うのは私です!」

「えー……………」


 落胆、と言うより理不尽だった。その隣で、膝をついて心配してくれていた少女がもう一人。……ヒルデガルトだった。俺は意識のあるうちに(多分落ちないだろうけど)ヒルデガルトに語りかけた。


「お前さ………逃げんなよ」

「………え?」


 少女はきょとんとしていた。


「偉そうなこといえねぇけど、政略婚が嫌で国王になるならやめとけ………………そんなのがお前のノブレスオブリージュなら、俺はお前を今殴る」


 口を開けるのすら億劫だった。けれど、言わなければならない。


「そんなことよりさ………親父さんとちゃんと話し合って………新しい自分の夢見つけろよ………ホントに、自分のしたいことをさ」

「私の……ホントにしたいこと?」


 疑問を投げかけて来るが、もう答える気力もない。………さっきの最後の一撃が、相当体に応えているらしい。


「それとな……お前が俺の部下になる必要なんてない」

「それでは私の気が済みませんわ!」


 こればっかりは、ヒルデガルトは引き下がらなかった。いい加減、ヒルデガルトは長いな。ただでさえ喋りたくないのに、この名前の長さがイライラする。……そういえば、言い間違えたな。えーと……ヒルダ? あ、いいな、これ。


「じゃあ、今度から名前を呼ぶときは―――面倒だから、ヒルダって呼ばせてもらうからな」


 なんてことない、あだ名の命名だった。イマイチ把握していないヒルデガルト改めヒルダに、もう一度確認する。


「いいか、ヒルダ!」

「……はい……」


 どうも心ここにあらず、という様子だ。放心している。


「なら……いい」


 可愛い女の子の腕に抱かれて眠れることが、今は何よりも幸せだった。腹減って来たな………そろそろ昼だもんな……ヒルダ、もんな……なんちゃって。一人くだらないダジャレを考えて笑うと、体に痛みが走った。


「セブン……」


 彼女が来なければ、俺の生活は変わらなかっただろう。けれど、彼女が来たおかげで、今一度、自分の夢を再確認できた。


「何ですか、司」


 取り乱していた態度が、もとに戻っていた。


「7………ありがとな」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 瞳を閉じると、一人の少女が思い描かれた。銀髪の可憐な女の子。



 好き――――なのか? 

 それとも、ただ、一人の人間として……彼女を守りたいだけ……なのか?

 中途半端な愛情に、また苦笑する。女の子の乙女心は理解できない。

 鉄の味を噛み締めながら、

 俺は、笑いながら眠った。



 しかし―――つくづく思うが、この『缶蹴り』は笑えない。


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