第33話 思わぬ遭遇

 五の鐘も鳴り、ほとんどの商店が開店し始めた。勤勉な冒険者は何かしらの仕事を見つけ、すでに街の外に出ている頃だろう。そうではない冒険者はこれからダラダラと適当な狩りにでも行くか、酒場で管を巻くかのどちらかが大半だろう。

 商店が開店した街はあちらこちらで忙しなく動き回っている子供たちがいる。奉公に出ている子供だろう。孤児かどうかは見分けがつかない。奉公に出るのは孤児がほとんどだが、孤児以外にもあまり裕福ではない家庭や、逆にそれなりの商会の子供が修行のために別の商会に奉公に出されることもある。

 そんな帰る場所のある子供と、奉公先が無くなったら後がないという子供の間には大きな隔たりがある。特に孤児にとっては、もし奉公先にそのまま務め続けることができれば、一気に人生が開けることになる。万が一、商会の養子にでもなれば、誰からも羨ましがられるような成功譚の主人公になれる。まさにルークスがそうだった。

 奉公先で一目置かれる存在になりたいと必死になって働く子供の姿を見るたびに、ルークスは幼き日の自分を思い出し、なんとも言えない気分になる。


 店先で掃除をしている子供を横目に、雑貨店へと入った。威勢の良い子供の声が背中から追いかけてくる。

 手持ちがなくなった薬草を余剰分も含めていくつかと、清潔な布類、太めの紐、布や革などでできた袋を買った。そして補修用の針や糸、継ぎ接ぎ用の革を購入した。これで背負い袋の補修ができればわざわざ買う必要もなくなる。決して高価なものではないが、それでも何かある度に買い替えていては金がいくらあっても足りない。しっかりと修繕を試みておくべきだ。

 薬草を少し多めに買ったせいか、思ったよりも出費があった。四つ手の報酬もあっという間になくなるだろう。蓄えがあるとは言えども、やはり出費が続くのは気分が落ち込む。


 冒険者になる前は、その日暮らしの気ままな生き方を想像していたが、実際にやってみれば大違いだった。その日の生活のために金を稼ぎ、明日明後日の食事の心配をしながら、金を貯める日々。余計な付き合いをしない分、ルークスは他の冒険者に比べて、住処や食事はそれなりにまともなものだったが、他の冒険者は付き合いなどで酒や食事などに金を使ってしまう。気風が良いことが評価項目にでもなっているのか、少し勢いがある冒険者はこぞって奢りたがる。もちろん逆に奢られたがる冒険者も多い。

 そういった冒険者の慣習に染まることができなかったのは、年齢のせいだけではないだろう。たとえ年上であろうとも、冒険者として新参である以上は、下働きのようなこともやるつもりでいたが、いかんせん商人としての人生で得た様々な習慣が抜けなかった。粗野で考え無しの冒険者の生き方にそのまま染まることができなかったのだ。


 普通の冒険者としても生きることができず、それでも商人に戻るつもりもなく、蓄えを切り崩しながらなんとか堅実なやり方でここまで来た。ここまでと言っても、若い冒険者パーティーであれば、一年もかからない経験と実績だろう。それでも、一人で続けた成果としては上出来のはずだ。商人の経験があったからこそ、この歳でも一人でやり続けることができたのだ。

 ただ、今ルークス自身を苦しめているのも、その商人として染み付いている常識と金銭感覚だった。


 ちょっとした酒場を兼ねた食堂で、昼にもなっていない時間から飲んだくれている冒険者を横目に、いくつかの商店をまわった。途中で魔道具店にも寄ってみたが、目ぼしいものは無く、そしてもちろん丸薬の材料になるようなものも無かった。水の魔道具があったが、値札を見ればため息が出てしまうのがわかっているため、できる限り視界に入れないようにしつつ、掘り出し物を探したが、結局それも無駄足に終わってしまった。


 昼を告げる六の鐘が鳴り、それに合わせたかのように、いくつかの店が一時店を閉め、食堂や屋台で食事を始める。ルークスも適当な店で肉とスープを買い、自宅に帰ろうと思った。

 中央通りに出たところで、冒険者の一団が正面からやってくる。仕事の帰りだろうか。大声で今日の獲物について話し合っている。ただ、声が大きいだけで特に暴れたりしているわけではないので、周囲も少し視線をやるだけだった。ルークスもそれに習い、目線を向けた。


 六人。男。戦士のような剣や槍、メイスなどの鈍器を持った大柄な者たちが中心のようだ。そして、その中に他の者より少しだけ長身だが細身の男がいた。ベートだった。

 ベートはこちらに気付かずに、仲間に何か言っては肩を小突いている。肩を小突かれているのは、長いメイスのような鉄の棒を背負った金属鎧の男だ。短躯ではあるものの、鎧と手甲の間の上腕から盛り上がった筋肉が見える。身につけているものだけで、相当な重量だろう。それでも特に苦しそうにしていないあたり、あの装備はそれなりに板についているのだろう。

 短躯の男には、ベートだけでなく、他の者たちも何か言っている。ベートが何かを言う度に、男たちも何かを喚いては笑っている。そして短躯の男はごまかすような苦笑いを浮かべるだけだ。

 男たちとすれ違う時もベートはこちらに気付かなかったようだ。騒ぎながら通りを進んでいる。少しだけ聞こえた内容からすると、身軽なベートが短躯の男に襲いかかった魔物を仕留めたらしい。それを、ベートはだと思っているようだった。


 相変わらず馬鹿な奴だと、ルークスは内心でため息をついた。それと同時に、もうパーティーを組まなくて済むガレンの幸運を称賛した。

 通り過ぎていく一行。次回は森で狩りをしようと言っている。何を狩るつもりかはわからないが、四つ手を狙いに行くのだけはやめておけよと、ルークスは心の中でだけ忠告した。

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