第30話 散策

 路地から大通りに移ると、まだまだ太陽が煌々と街を照らしていた。適当な露店で串肉を一本と飲み物を買うついでに時間を聞いたが、七の鐘が鳴ってからそこまで経っていないようだった。

 肉串には香辛料がかなり贅沢に使われていた。それでも五十シーズ、つまり鉄貨五枚。適当なパンを一個買う程度の金額だったことに、驚かされた。店頭で串を焼いている少年に声をかけたが、隣で勘定を担当している恰幅の良い中年の女から、秘密だよ、と釘を刺された上に追い払われてしまい、聞くことは叶わなかった。

 価格から考えると、灰狼かそれよりも安い魔物の肉のはずだ。家畜にしろ狩ったものにしろ、動物の肉にこれだけの香辛料を使って元が取れるとは思えない。香辛料の使い方で、まずい灰狼や他の魔物の肉が食えるようになるならば、多少の投資はしても良い。


 そんなことを考えながら、物珍しそうなものは無いか露店を見て回った。ついでに香草や香辛料などの、料理や向けの商材を扱っている問屋に寄って、今まで買ったことが無い香辛料と香草を買った。ついでに持ち運びができる小型の挽き臼も買った。次の野営はもちろん、しばらく家にいる間に、良い香辛料の組み合わせを見つけようと考えた。

 調理器具も増やしていきたい。金属製の串や、薄手の鉄鍋などがあっても良いかもしれないと思っていた。パン粥のような、煮ることが中心の野営料理だけでは、どうしても飽きる。また野菜なども摂れるような調理方法を考えていく必要がありそうだ。

 ただ、多少かさが減るとは言え、干した野菜や果物は、堅パンや干し肉に比べてしまうと持ち運びが不便ではある。そういったところも解消していかなければいけない。


 ルークスは他の冒険者が聞いたら笑い出しそうなことを真剣に考えていた。まともな野営料理が食えるのは、貴族や裕福な商人、商隊や騎士団など馬車で移動するような集団だけだ。個人でそこまでこだわる者はほとんどいなかった。もちろん商人時代にはそういった商隊に参加したこともあるので、まともな野営料理を食べて移動することの快適さを知っている。ただ、それ以上に、若い者達のように適当な食事ばかりでしっかりと身体を動かすのが難しいことを実感しつつあったのだった。


 贅沢をする必要はない。


 衰えつつあるこの身体を、若い者と同じように動かすこと。そのために、様々な知識を仕入れ、使い、経験をし、そこから学んで、知恵をつけていく。それがルークスの武器であり、勝負すべき土俵なのだ。野営の食事もその一環だった。

 次々に浮かんでくる改善策の中で、良さそうなものを記憶に留めていく。雑貨店などは明日周れば良い。香辛料以外に、香草も買い足しておいた。を手に入れることができない以上、集中力が上がるという香草などで代用するしかない。気休めにはなるはずだ。少なくとも、にはなってくれるはずだった。


 問屋を出て、街中の露店や店先を物色しながら歩いた。中央通りに差し掛かる頃、八つの鐘が鳴った。

 少しだけ急ぎ足になって、山猫亭へと向かった。中央通りから二本奥に行ったところにあるが、そこまで時間はかからない。傾いた日差しを背中に感じながら、路地の少しだけ冷えた空気を感じながら歩いた。


 山猫亭は入り口に篝火を用意しているところだった。少しだけこじんまりとした入り口は、他の酒場に比べると上品に感じさせる。冒険者はもちろんいるが、それよりも商会や組合の人間の方が圧倒的に多い店だ。一般的な冒険者向けの酒場よりも、多少値も張る。その分、飯も酒も味は良い。冒険者が少ない分、客層も比較的穏やかであり、ルークス好みの店だ。

 店の中に入ると、まだまだ客はまばらで、早仕舞いした商会勤務と思われる者達が食事を取っている姿が見える。そのような店内ではしっかりとした体格のガレンは目立つはずだが、実家が商会をやっているだけあって、穏やかでしっかりとした印象を与える服装を用意しているのだろう。溶け込んでいた。

 軽く手を挙げたガレンに近づき、席についた。


「先に来ていたか」

「こちらが呼んだ身だ。当然だろう。そもそも、あんたも別に遅れているわけじゃない」

「しかし随分とこざっぱりした格好をしているな。冒険者には見えないぞ」

「それはお互い様だな」


 軽口を叩き、注文を取りに来た給仕の女に、酒と肉、魚、それと野菜の大皿料理を頼んだ。


「随分と食事内容には気を使っているんだな」

「そうでもない。魚も野菜も好きだからな。中年には肉だけ食うというのは、なかなか堪えるのさ」

「そういうものか」

「お前もあと十年、いや、十五年くらいかな。それくらい経ったらわかるさ」

「気の長い話だな」


 引き続き軽口を叩き合う。お互いにたった数日で随分と気安くなったものだ。厳しい闘いを共にした、というよりも、特に商談があるわけでもなく、小綺麗な格好をしてこのような場所で食事をしていることが、自分たちから冒険者を奪っているのだろう。

 酒が届いた。りんごの醸造酒だ。食事の前に飲むのに最適な口当たりの軽やかさと甘さを持っている。酒精も弱い。女子供の酒だと言われることもあるが、食前酒としてはルークスの好みだった。


 食事中はぶどうで作られた醸造酒を飲むことが多い。家で飲むことがあるのもぶどう酒だ。だが、山猫亭には蒸留酒もある。食事後にじっくりと飲むことが多いが、それがまた美味いのだ。

 一度蒸留を専門にしている見学をしたことがあるが、蒸留させるには大きな機材と、手間と金が必要だということがわかった。酒は商品として扱ったことがないため詳しくはないが、蒸留酒については、高いが相応に美味いものがあるということ、何度も手間をかけて蒸留することで酒精が強いものができる、という程度のことは知っている。


 食事後の酒も楽しみにしながら、りんご酒の軽い口当たりを楽しんだ。

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