第25話 依頼

 扉を開けた子供はルークスの腹を目掛けて飛び込んできた。それを受け止めながら、ルークスは頭を撫でてやる。


「ほら、くっつくな。帰ってきたばかりで水浴びもしてないんだ。臭いぞ」


 そう言いながら身体から引き剥がし、しゃがみ込んで目線を合わせる。


「ランド、母さんはどうしてる?」

「今はねてる。さっき少しおきて、お水のませたよ。そしたら、あたまをなでてくれた」

「そうか……ニニギアは持ってきたんだが、その前にこれを食べろ」


 ルークスは手に持っていた木皿を、ランドと呼んだ子供に差し出して、一本だけ残しておいた肉を渡した。


「ちょっと固いかもしれないけど、とりあえず食え。おいしい飯は母さんが治るまで我慢だ」


 そう言い聞かせる間もなく、ランドはかぶりついている。落ち着いて食えと言うまでもなく、何度も咀嚼している。冷めてしまい、より固くなってしまったのだろう。ただ、それでも肉は久しぶりのはずだ。この数日でもかなり痩せてしまった気がする。服も着替えていないかもしれない。


「お前、今まで飯はどうしてた?」

「ん……えっと、この前もらったパン食べてた。あと、うらのおうちのおばあちゃんにスープもらったよ。きょうと、きのうと、おととい。三回も!」


 ランドは口の中でまだ肉を噛みながら説明してくれた。裏の家というのは、ガレンの家の更に奥にある、別の敷地の一軒家のことだろう。たしか老夫婦が住んでいるはずだが、交流はほとんどなかった。庭に出て剣を振り回している時に、二階の窓からこちらを見ている姿を何度か見かけたくらいだ。


「外に出ていたのか」

「うん。おひるはここに出て、剣のれんしゅうをしていたよ」


 剣というのは、ルークスが気まぐれにやった子ども用の木剣のことだ。家の前で剣を振っているルークスを二階の窓から隠れて眺めていたのが、いつの間にか一階の窓に移り、そして扉の前で座って見るようになっていた。

 気まぐれで声をかけてからは、剣を振っていると毎回現れるようになった。一人で暇を持て余しているのもありそうだったが、それ以上に剣を振りたいようだったので、雑貨屋でおもちゃのような木剣を買ってやった。その日の夜に、ランドは母親と共にルークスの家に来て、お礼と共にいくつかのパンを渡してくれた。その時に七歳だということを聞いた。母親との交流もそこから始まった。それが一月ほど前のことだった。

 そして、そこからしばらくして母親は病に臥せっていたのだ。それに気付いたのは一旬ほど前であり、泣きついてきたランドと共に医者を呼びに行った。

 医者からは肺の病で、少し長引きすぎていること、通常の薬では気休めにしかならないため、完治させるにはニニギアが必要だと言うことを聞かされた。そしてそのニニギアの在庫が無いことも。

 すでに発注はしているため、冬になる前には在庫は戻るだろうということだったが、それまで気休めの薬で待ち続けるしかなかった。すぐに死んでしまうほどの病ではないものの、食事を取りにくくなることや、収入の減少、そしてランド一人で様々なことをしなければならないのが気がかりだった。


 ランドは医者の話を理解したようだったが、なぜ今すぐにニニギアを取りにいけないのかということは理解できなかったようだ。もしかすると、理解していたが、それでも食い下がったのかもしれない。何度も何度も、お願いしますと言っていたが、医者は首を縦に振らなかった。冒険者に依頼するには、この近辺では採取効率が悪すぎて、費用がかかりすぎてしまうためだ。ランドの母親がどの程度の資金があるかわからず、医者だと言っても面識が無く、しかも意識が朦朧としている患者にそこまで聞くことができない以上、費用を肩代わりすることは難しかった。


 医者が帰ったあとにも、ランドはなんとかしようとルークスに相談した。


「おじちゃんもぼうけんしゃなんでしょ? ぼうけんしゃならとりにいけるんだよね?」


 そう涙ながらに訴えるランドを見て、我ながら甘いことだと理解しながらも、そのランドの依頼を受けることにした。その代わり、依頼料はもらうこと、冒険者組合で依頼を出すことの二つを理解させた。

 そして、組合で依頼を出させて、今日のと言ってもっていた手持ちの金を出させた。それが六十シーズであり、そのうちの五十シーズが依頼料に、五シーズは組合の手数料になった。

 その場で依頼を受けたルークスは、最後の五シーズを持ったランドと共に家に戻り、その途中で六日分のパンを買った。ランドには五シーズを出させた。足りない分というより、そのほとんどをルークスが出した。ただ、ランドにはを理解させるべきだと思い、そうさせた。そして、六日で帰って来れない場合のことを考え、腹が減ったら長屋の他の部屋を訪ねろと言い聞かせて森へと向かったのだった。


 裏の家から食料をもらったということは、自分からは長屋の他の部屋の者には言わなかったのだろう。今更になって、もっと食料を気にしてやればよかったと思い至った。どうやらルークス自身、思った以上に焦りがあったのかもしれない。


「よし、とりあえず肉は食ったようだから、これからニニギアを持って医者に行く。日が暮れているが、まだ起きてはいるだろう。お前も行くか?」

「いく!」

「よし、それじゃあ、早く行くぞ。鍵だけ持ってこい。母さんはどうせ家から出ないだろうか、鍵を閉めておくぞ」

「わかった!」


 そうして鍵を閉めさせ、ランドを伴って医者の元へ向かった。

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