第20話 対峙

「まあ、疎遠になったとは言え、険悪になったわけではない。帰ろうと思えば帰ることができる。恵まれているよ」


 帰ることはできる。ただ、それも一時的に帰るだけの話だ。冒険者を辞めて戻るという選択肢は存在しない。だが、わざわざそれをガレンに言おうとは思わなかった。


「そうだな。俺も冒険者を続けられなくなれば、店を継ぐって道もあるわけだからな。他の冒険者に比べれば楽なものかもしれない」


 そこでガレンは何かに気付いたようだった。


「そうか。俺はそういう意識を持って冒険者をやっていたのか。同年代の他の奴らと違うのはここだったのか……」


 過去に何か言われていたのだろう。ベートにも顎で使われ、組合でも突っ立っているしかなかった日々。ガレンのどこかにあるのような、ある種甘えだとも言えるような考え方が、言動の様々なところに出ていたのだろう。曲がりなりにも年上で、最初の出会いから負い目があったルークスに対してはそういう態度はあまり出していなかったが、同年代相手の冒険者には伝わるような何かがあったのだろう。

 ガレンは下を向いて考え込んでいるようだ。


「無意識のうちに出てしまうものだからな。その考え自体は悪いものではないし、似たような境遇のやつだっているはずだ。貴族や役人の息子で冒険者を続けているやつもいるはずだ。そいつらとどう違うか考えてみると良いかもしれないな」


 つい余計なお節介をしてしまった。ただ、今日はガレンに多くの借りを作ってしまった。それを返す意味でもからの指摘をしても良い気がしていた。


「なあ、あんたはどう思う? 俺にはそういうところがあるのか?」

「わからないな。他の奴とどういう付き合い方をしていたのか知らない以上、何も言えない。ただ、ベートとのやり取りや俺との会話の中で言うならば、誰かの言う通りに動くような癖があると思ったな」

「言いなりということか……?」


 ガレンは少し驚いた風に目を見開いたが、真っ直ぐにこちらを見ている。


「有り体に言ってしまえばそうだな。他人任せというか、誰かがこうしてくれと言ったからこうしている、というのは、まさに言いなりだろ?」

「誰かのために、誰かがやりやすいように動きたいというのは、言いなりなのか?」

 ガレンは反論してくるが、決して激昂しているわけではない。知らなかったことを知ろうとしているだけだ。その姿にルークスは関心した。

「お前のそういうところは商人っぽいな。良いところだと思う。それで、誰かのためにという話だが、それは本当に誰かのためにやっているのか? 考えること、話し合うことから逃げているんじゃないのか?」

「……そんなことはない、と言い切れないのが辛いところだな。心当たりが無いとは言えない」

「ベートなんかと一緒にパーティーを組むくらいだからな。冒険者として活動するために必要なことだったと言えばそれまでだが、と思ったんじゃないのか?」


 苦笑するガレンだったが、ルークスは笑えなかった。笑うつもりもなかった。もちろん責めるつもりもない。


「そうだな。と少し投げやりになった部分はあるな。あいつの言うことを聞いていたのも、冒険者として続けるにはそれが一番良いんだ、ってな。昔から苦手なんだ。誰かを説得するのは。いつも『理屈っぽい』と嫌がられていたからな」


 ガレンには実際には判断力もあり、話していても一定の教養を感じるところがある。商人として様々な人物に会い、交渉してきた経験を持つルークスは、ガレンの知性は良いものを持っていると感じていた。

 ただ、やはり性格なのだろう。今の話を聞いて、確信した。子供の頃から刷り込まれた、人との交渉やぶつかり合いを避けようとする考え。これが積もり積もって、今のような主体性の無いガレンが出来上がったのだろう。


「子供は残酷だからな。そして成人すれば、逆に自分の意思を表明できないような奴は避けられる。絶対的な権力と能力を持った長の下であればまた別だろうがな」

「そうなんだろうな。槍があるとは言え、ほぼ盾しか使えない戦士で、しかも甘ったれていて命を賭けていないような、自分が無く、誰かの言いなり。これじゃパーティーが組めないのも納得だ」

「だが、今日は違った。自分の判断で動いた。命を賭けた。強敵を自慢の盾で捌き切った。そして、仲間を救った」


 目を見開くガレン。それに頷きながらルークスは言った。


「最初は何か指示を出さなければ動かないと思って全く期待していなかった。だが、四つ手とやり合っている時に、途中で割り込んで来ただろ? 正直なところ、あれは助かった。その後も機を見て動いてくれた。経験不足からか、途中で止まってしまった時もあったが、それでも最後まで盾の役割を果たしてくれた」

「いや、それは、単にそれ以外やれることがなかっただけで……」

「自分がやれることを自分で考えて、それを全うした。それに四つ手が合計で三匹だ。盾で割り込むことも含めて、命を賭けた戦いだった。俺もお前も、あの瞬間、命を賭けてたんだよ。そして結果として、互いにその命を背負いあったんだ」


 一息で説明した。自分がしたことを振り返っているのか、それともそんなことを言われるとは思っていなかったのだろうか。言葉が出ないガレンに告げた。


「お前は戦士で、冒険者だよ。少なくとも俺はそれを知っている。見ていた。そして一緒に戦った。誰が何を言おうと、お前は冒険者だった。忘れるな」


 下を向き、嗚咽を漏らすガレンに、二刻したら声をかけてくれと伝え、頷いたのを見たルークスは、自己満足と自己嫌悪が綯い交ぜになった感情を抱きながら、横になった。


 そして、感慨を抱く暇もなく、すぐに眠りついた。

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