第6話 聴取

 こうなることはわかっていた。道に迷い、荷物が無く、火を熾すことすらできずに、見知らぬ冒険者のキャンプに寄ってくる。ここまできたら、飯の催促も来るのは想像がつく。


「……ガレンだったか、お前達はこの後どうするつもりだ?」

「おい、おっさん、無視してんじゃねえよ」

「……俺たちは明日街に戻る予定だ。本来ならいくつか魔物の素材を持って帰る必要があるんだが、この状況ではな。一度体制を整えるつもりだ。期限が迫っているわけではないのが救いだな」


 ガレンの方は思ったよりはまともな考え方をしているようだった。随分と大人びた喋り方をしているが、卑屈にも高圧的にもならない。決められたことを淡々とこなしていく種類の人間だろう。ただ、その分堅苦しい感は否めない。冒険者というよりも、衛兵のような態度だ。

 それに対し、ルークスに無視をされた格好になっているベートは顔をしかめたまま、こちらを見ている。まだ子供だ。子供であること以上に、強がり、高圧的で、礼儀知らずで、自分勝手な、とも言えるのかもしれない。

 いずれにせよ、今のガレンの言葉で、やはりになる可能性が高いことがわかった。


「ここから街までの道は把握できているのか?」

「正直、なんとなく、といったところだ。森と街の方角だけは理解しているつもりだが、ここに来たのは偶然だな」

「いやいや、川まで出ることができたのは、俺がこっちだって言ったからだろうが」

 ベートが混ぜ返してくるが、ガレンは動じない。

「日が落ちてからは正確な方角も見失ってしまった。木の合間からだけでは星を見ることもできなくて、とりあえずは水場か、少しでも方角がわかる場所に出ることだけを考えて歩き回った結果がここだった」

「それで、方角はわかったのか?」

「ああ。川を越えた方が北だろう? 川下が西、つまり街はあちらの方だ。どの程度の距離があるかはわからないのが難点だが、森の中に入った時間から考えて、そこまで深い位置にはいないはずだ」

「そういうおっさんこそ、ここがどこかわかってるのか? そんなことより早く飯くれよ」

「ベートいい加減にしろ。これ以上は俺も看過できない。邪魔をするな」

「あぁ? 随分と偉そうなことを言うじゃねえか。組合で毎日暇そうにしていたお前を誘ってやったのは誰だと思ってるんだ?」

「……」


 無言でベートの顔を見るガレンに表情はなかった。ただ、何か思うところはあるのだろう。


「そうだな。これを見ろ。今はこの辺りにいるはずだ」

 枝で地面に地図を書いていく。大雑把ではあるが、大きくはずれてはいないと思っている。

 湖の北東部分と、その北東部分にファスバーンの街を、そしてそこから東側に森を描いた。森からはファスバーンの北東に位置する場所から南西側にあるファスバーンの南門あたりを通り湖に流れる川と、大きく南側にもう一本の川を、そしてファスバーンの南門部分から二本の川を貫くような街道を足した。


「お前達がどこから森に入ったのかはわからないが、この二本の川の間だろう。俺はファスバーンからは、街道を少し南に下ってから森の方に向かってきた。この南北の川の間くらいだ」

「この森が少しせり出している部分だな」

「そうだ。この辺りには灰狼の縄張りがある。この周辺で依頼を終えて、水場で補給をしつつ街に戻ろうと、北に向かって歩いてこの川に来たわけだ」

「で、ここから街までどれくらいかかるのかわかってんのかよ?」


 ルークスはベートを無視して、答える。


「俺が川に出たのはこの辺りだろう。そこから川沿いに半日近く歩いている。たとえ支流だとしても、ファスバーンに向かう川に合流するのに時間はかからないだろう。予想ではあと数刻もしないうちに森の出口につくはずだ」

「なるほどな。俺たちが入ったのはこの辺りだ。基本的に川沿いに森に来たからな。で、森に入ってからは南東に向かって進んでいたはずだ。この辺りだな」


 ガレンは川の少し南側で森の比較的浅いところを指した。


「本来は何匹か狩った後に、野営も日暮れ前には森から出て、川沿いのどこかでするつもりだったんだ」

「なるほどな。それで軽装だったわけか。いや、荷物は落としたんだったな」

「ああ。四つ手猿の番に襲われてな」

「四つ手? 良く無事だったな」


 四つ手猿とは、その名の通り腕が四本ある猿だ。大人の胸くらいの体長で、素早く動き回り、四本の腕でひっかくように攻撃してくる。腕力がとても強く、見た目からは想像もつかない打撃になる。まともに喰らえば、裂傷だけでなく骨折の危険もある。ある程度賢くもあり、遠距離からは投石などもしてくるので、遠距離攻撃の手段を持たない冒険者には嫌われている。


「素早い上に二匹もいるもんだから、こっちも動きやすいように背嚢を下ろして戦っていたんだが、少し荷物から離れた隙に持っていかれてしまったようなんだ。気がついたら四つ手も荷物もなくなっていた」

「それは災難だったな。まあ、特に大きな怪我もせずに済んだだけマシだと思うしかないな」

「けっ。だから、飯も水も無かったんだよ。さっさと飯くれよ」


 不機嫌そうに飯の催促をしてくる。


「悪いがお前に分けてやる飯は無いな。そんな義理も無いしな」

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