運命は動き出す

第7話 廃された社の化生

 桜守の家に生まれた男児は、いずれ桜守として帝に仕える定めを持つ。それが幸か不幸かはさておき、守親にとっては至極当然のことだった。

「守親。貴殿を桜守の後継と認め、参議に任ずる」

「──はっ」

 あの日、父・紗守の後継と帝より認められた守親は、以後内裏に通うようになる。大抵はこの国の伝説や語りをまとめ管理する役割を負い、図書寮に入り浸った。

 その間に、陰陽寮の明信と親しくなった。

 明信は守親が桜守であると自白するのを待たずして、若過ぎる参議を敬おうとはしなかった。十二歳という遅めの元服と同時に召された守親にとって、明信は数少ない同年代の友人だ。

 参議とは名ばかりで文字とばかり向き合っていた守親を変え、桜守としての自覚を持たせたのは彼だったかもしれない。その不可思議な力で守親を導き、時に穴に落とす不届き者だが。

(――とはいえ、明信がいなければ戦うこともままならない)

 牛車を断り夜も都を駆ける守親は、隣を走る明信に目だけを向けて考えた。

 一般的に、貴族は移動に牛車を使う。徒歩かちで長い道のりを行くなどということは、貴族にとってはあり得ない所業なのである。貴族という地位にいる自分たちが、下賤と同じことが出来るか、という言い草だ。

 そんな一般的な貴族とは成り立ちからして異なる桜守の家は、誰も牛車を使おうとはしない。負けず嫌いなのか、単に好まないのか。歴代の桜守はいずれも自ら動き、考え、成し遂げるたちであったらしい。

 祖先と同じように、守親も妹の紗矢音もしとやかさや雅さとは無縁だ。守親の精悍な顔つきや容姿は他の貴族子息を恐れさせ、紗矢音は、無鉄砲でじゃじゃ馬だと噂される。

 しかし二人共それを無視し、他人に左右されないことに重きを置いてきた。全ては父・紗守の育て方由縁である。

 そんな浮いた存在である守親をそのまま受け入れた稀有な存在が、前述した明信だ。彼は普段飄々としているが、呪術師という側面においても一流だ。守親は彼を師として、少しだけ戦い方をかじっている。

「守親、紗矢音。あそこだ」

 守親が色々と思考していたことなど知らず、明信が目的地を指差す。守親がそちらに目を向ければ、何やらおどろおどろしい気配が漂うのが認められた。

「あれだけわかりやすけりゃ、化生のものが寄って来そうだな」

「その通りだ」

 明信はそう言うが早いか、懐から札を取り出した。式とは違うそれには『守』の文字が書かれている。

「二人共、臆するなよ!」

「わかってる」

「はいっ」

 守親が腰に佩いた刀を抜き、紗矢音がいつでも動けるよう深く息をした。

 途端、社の鳥居から黒い影のようなものが噴き出す。それは徐々に形を変え、幾つもの化生となった。一つ角、牙を持つ獣、そして付喪神のような存在。形は違えど、それら全ては紗矢音たちに敵意を向ける。

「あれはっ!?」

「化生だ。黄泉へ繋がる戸をこじ開けた者がいる。──はっ」

 紗矢音の問いに応じた明信が、札を飛ばす。化生の力に逆行して突き進むそれは、空中で停止すると巨大な膜を張った。

 自分と守親の前に現れた半透明の壁に手を当て、紗矢音は息を呑む。物語や話には聞いていたが、本物に触れるのは初めてだ。

「これは、結界……?」

「大姫、あの札より前には出るなよ!」

「兄上っ!?」

 紗矢音の叫びを背に、守親は前に出る。身一つ刀一本で躍り出た守親を嘲笑い、一本角の化生が襲い掛かった。

「グアッシャァッ」

「ちぃっ」

 生き物とは思えない奇声を発し、一本角は自慢のそれを守親に突き出した。目にも止まらぬ速さの角は、守親を突き殺すかと思われた。

 紗矢音は悲鳴を上げることも出来ず、目を見開く。兄上、と心の中で叫ぶのが精一杯だ。

 しかし明信はそれもなく、悠然と守親を見守る。

「守親、やれ」

「──ふんっ」

「……ギシャ?」

 一本角の化生の突進を躱し、守親は手にした刀を閃かせる。刀は振り下ろされ、目的を見失い立ち止まった化生の背中を両断した。

 化生は自身に起こったことを理解出来ないのか、不思議そうに目を丸くした。そしてその表情のまま、どろりと液状に変わり灰となって消える。

 更に勢いに乗った守親は、仲間の死に興奮して襲い掛かって来た残り二頭の化生をも斬って見せた。聞くに耐えない断末魔を上げ、化生たちは灰となって消えてしまう。

「……え?」

 一連の出来事を目にした紗矢音は、ぽかんと兄の背中を見詰める。

 守親は息を吐き、刀を軽く振った。彼の肩に、明信が肘を乗せる。

「初戦にしちゃ、上出来だな」

「命が縮む思いだよ。……だが、これで俺も戦える」

「ああ。力技はお前に任せるよ、守親」

 ニヤリと笑った明信に後ろ頭をはたかれ、守親は精悍な顔つきに似合わず苦笑した。そして、衝撃を受けて動けずにいる紗矢音の前に立つ。

 結界は明信が解き、紗矢音は寄りかかっていた壁がなくなったためにガクンと姿勢を崩す。彼女を抱き留めた守親は、囁くように「黙っていてすまなかった」と謝った。

「俺は、少し前から明信の仕事を手伝っているんだ」

「手伝っている?」

 守親の腕を掴んだまま、紗矢音は顔を上げた。揺れる瞳に兄の決意を秘めた表情が映る。

「そうだ。大姫も知っている通り、こいつは陰陽師だ。そして今、千年桜が弱ったために都を守る結界が弱くなり、黄泉からさっきのような化生のモノが現れるようになった」

「以前はほころび程度だったから、俺一人でも対処出来た。現れても、せいぜい一匹か2匹だからね。……だけど、この頃は違う」

 守親の言葉を横からさらった明信は、眉間にしわを寄せた。真剣な目で紗矢音を見る。

「既に、綻びと言うには大き過ぎるんだ。さっきも言ったが、。そのために、化生が増えた」

「おそらく、化生を解き放ったのは千年桜を弱らせた者と同じ奴だろう。桜が弱れば化生が増え、この国の霊力が落ちるからな」

「やっぱり、桜……」

 紗矢音は息を呑み、兄の袖を掴む指に力を入れる。守親たちの話により、一連の出来事全てが繋がっているとわかった。兄たちは率先して国に仇成す謎の人物を倒そうとしており、紗矢音にもその同行が許された。

 ならば、紗矢音がすべきことがある。

「兄上、明信どの」

「大姫?」

「どうした、姫さま。言ってみろ」

 意を決して顔を上げた紗矢音の目を覗き込み、守親が首を傾げる。彼の隣では、明信が口元を緩ませ笑いを堪える様子を見せた。もしかしたら、彼には紗矢音の言わんとしていることがわかったのかもしれない。

 深く息を吸い、吐き出す。その時何故か、蔵で出逢ったあの白髪の青年が紗矢音の頭に思い浮かんだ。

「……わたしにも、戦い方を教えて欲しいのです」

 紗矢音の願いに守親は目を剥き、明信は面白そうに微笑んだ。

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