第1幕

「何でだよ!」


 闘技場の受付前で、一際目立つ大きな声を出す者が居た。

 まだ熱気が溢れる前、参加申込の時間帯で、観客がチラホラと入り出している頃合いだ。


「何で出ちゃいけないのさ!」

「何でも何も、そもそも女の子は参加禁止になってるんだから仕方ねぇじゃねぇか」

「お、女の子ォ!?」


 先程から受付に文句を言っている人物は小柄で、身に纏う衣服からも性別は読み取れない。たださらりとした長い薄茶の髪と、顔に対して大きな目、長いまつ毛と小さな鼻、ツヤのある薄紅色の唇が、誰から見てもその人物を美少女と言わせる原因なのだろう。

 目を白黒させる参加希望者の後ろから、プッと吹き出すような笑いが聞こえてきた。


「オヤジ。もしかしたらその子は、男の子なんじゃないのかな?」

「えッ?」


 振り返ると、クスクスと笑っているのは長身の男。武装しているところを見ると、彼も参加希望者だろう。

 彼の曖昧な物言いに、ぷっくりと頬を膨らませる。


「もしかしなくても男だよ!」

「ええッ!?」

「そんな驚くことないでしょ!?」

「いやだって、どっからどう見ても美少女にしか……」

「美! ! 年! って言ってもらえるかな!?」


 両の腰に手を添え、不機嫌を隠しもせず言う姿はどう見てもまだ子ども、そしてやはり美少女だ。それなのに本人は、あくまで成人男性だと言い張るつもりらしい。

 先程からずっと笑いっぱなしの男は、すっと流れるように受付まで歩み進む。ペンを取り、「一緒に名前を書いておこう」と言ってはまず自分の名前を記入している様子だった。

 なかなかに失礼な男だが、書いてくれるというなら任せよう。そう思って、ふん、と鼻を鳴らしつつ口を開いた。


「ボクの名前はマリア・トーハート。村では儀を終わらせた、立派な成人だよ!」

「マリアね。俺はシオンだ」


 別にアンタの名前は聞いていない。

 出そうになった悪態を何とか呑み込んで、マリアは腰から手を降ろした。


「それにしても勇敢だな。そんな華奢な身体で闘技場とは」

「言っとくけど、これでもボク、結構強いからね?」

「それはそれは」


 本気にしていない返事──のように聞こえはするが、送られた流し目は値踏みするようなそれだ。侮られているというよりは、読み取ろうとされている、と言った方が正確かも知れないと思う。

 またクスッと笑っては「じゃあ、また試合でな」なんて言った後でふわりとコートを翻し、シオンはその場を去って行った。自分とマリアが当たる、と思っているのか。その可能性は、低いとも高いとも言えないのに。

 確実だとすれば、二人共が決勝まで進んだ場合だ。まさかそこに到ると思っているとでもいうのか。


「ふぅん。シオン、ね……」


 面白い人を見付けたかも知れない。マリアは口元に弧を描き、彼の背を見送った。






 * * *






 始まった闘技試合、難無く決勝まで進んだマリアは、最後の相手を見て歓喜した。


「へぇ、本当にここまで来たんだ。マリア」

「アンタもね、シオン」


 どちらかが敗退していても、途中で当たってしまっていても、面白くないところだった。

 熱気に溢れた栄光の舞台。その中心に今、自分とシオンだけ。最後まで立っているのは一方だろう。

 試合開始を前に、観客席ではそれぞれ話や賭けをする者も居る。


「どっちが勝つか、預言は聞いたか?」

「聞くわけないだろう。試合の結果が先に分かってしまっていては面白くない」

「私は聞いたわ。結果を知って、そこに至る過程を楽しむのよ」


 二千年ほど前、この世界の人間の王の元に、妖精王レディ・リリィと名乗る者が現れた。妖精王レディ・リリィは世界に預言を残して姿を消したという。

 預言は世界の『中心』で管理され、それを読み取れるのは妖精リリィのみ。今や預言は浸透し、結婚相手、その日の夕食さえ預言を頼りに生きているなんて者まで居る程だ。

 世界は預言で成り立っていた。


『それでは決勝戦! 試合──開始!』


 マイク越しに司会者の声が響き、その後でゴングの音が鳴り響いて熱狂の中に消えた。

 すぐ、マリアが動く。小柄な身体を利用して低い位置から握ったナイフで攻撃を仕掛けた。だがシオンも元より長身だ。自分よりも小さな相手との戦いには慣れている。上手くかわしつつ反撃をし、なかなか盤面は大きく動かなかった。

 不安定な足場はそのように作られた戦場フィールド。軽やかな二人の動きは、まるで平地で戦っているかのようだ。

 高い場所で突出していた足場をトン、と踏んだ瞬間、足に走った痛みにマリアはバランスを崩した。


(あ、やば……)


 思った時には既に遅く、伸びてきた手に腕を掴まれる。


「っ……シオン!」

「勝負あり、かな?」


 数メートルはある高さを落ちそうになった身体をひょいと引き上げられ、またむっとマリアは頬を膨らませる。

 対戦相手に助けられてしまったとなれば、潔く負けを認めなければ逆に格好が悪い。どうしても勝ちたい理由はあったが、これでは仕方ないではないか。


「…………助かった。ありがとう」

「ドウイタシマシテ」


 そのまま落ちていれば、大怪我をしていたかも知れない。先程足をついた時にでも傷めたのだろう。ジンジンと痛む足首をなるべく気にしないようにしながら、マリアは一言だけ礼を言った。

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