006:楓密騎士 と 何でも屋


 目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。

 身体を起こして周囲を見渡すと、どうやらここが、どこかの治療院の一室だということは理解できた。


 そこから、どうして自分がここで寝ているのかを思い返す。



 ……



 自分は、ハニィロップ王国に仕える騎士だ。

 表向き一般騎士であるが、特定の状況下において密命を受け行動する、楓密ふうみつ騎士でもある。今回は密命を帯びて、カイム・アウルーラへとやってきた。


 ハニィロップには、さる高貴なる血筋を受け継ぐ、性別違いの双子がいた。まだ子供である二人だが、一族の家長としての継承権は、正妻の子だけあって高い。

 子供ながらも、カンが良く騎士としての素質が高い将来有望な男児と、花術師フルーラーとしての素質が高くまた聡明で文官としても有望な女児。

 どちらが、家を継いでも将来は安泰であろうとまで言われる優秀な双子である。


 その双子は、トカゲを飼っていた。

 トカゲと言っても魔獣種のトカゲであり、それなりのサイズをしたやつだ。

 双子はそのトカゲと仲が良く、一緒に行動している姿はとても微笑ましい。


 ところが、最近になって、トカゲが脱走した。

 あれだけ仲睦まじかったのにも関わらず、である。

 ショックは男児の方が大きかったようで、すっかり塞ぎこんでいたが、女児の方は何か別の方向を見据えて、難しい顔をしていた。


 何せ、家を継ぐ者としての証である指輪を、そのトカゲは飲み込んでから脱走したのだ。

 恐らく最初からそのつもりで、どこかの派閥が放ったのではないか――とまで言われ始めたのだから、聡明な女児は思うことがあったのだろう。


 そして、自分に任務としてあがってきたのだ。


 トカゲはともかく、指輪が余所へと流出するのはまずい。

 方法は任せるのでトカゲを探し、指輪を取り返して来い、と。


 件のトカゲがソルティス岩野に向かったらしいという情報は手に入れることができた。

 だが、よりにもよって――とも思ったのだ。

 あそこは、岩喰いトカゲの巣窟となっているのだから。


 広大な岩野と、無数の岩喰い達の中から該当のトカゲを探すのが難しいと判断した彼は、何か方法がないかと考えた。

 そうして思いついたのが、花導具フィオレを探す花導具フィオレだ。

 所有者は限られているし、用途も限られているらしいが、あの特殊な花導具フィオレである指輪を思えば、手助けになるかもしれない。


 そう判断した彼は、花導具職人フルール・スミス花修理人リペイア達の聖地とも言われている街、カイム・アウルーラへ向かった。

 目指すは、フルール・ユニック工房だ。

 先代工房長は残念ながら没してしまったという話だが、同じくらい有能な二代目が工房を継いで経営しているという。


 縋る思いで、フルール・ユニック工房の入り口のドアを開けば、どうやらトラブルの真っ最中らしく――


「危ないよー」


 間延びした少女の警告。

 それの意味を理解するよりもはやく、誰かの花術フーラによって生み出された火球が、自分のいる入り口目掛けて発射されていた。


 ……そういえば、あの場での花術フーラは、詠唱コール花銘ワーズらしい花銘ワーズも口にせずに放たれていなかっただろうか?

 理論上は可能だが、実行できる者がいないと言われていた術を行使しているのだとすれば、恐らくあの少女が二代目だったのだろう。


 その後、朦朧とする意識の中で、声を掛けてくる少女を見た。

 どうやら彼女は、先ほどの火球を放った少女のようだ。


 ならば――と、彼は必死に言葉を紡いだ。


「背中に赤い線のある岩喰いトカゲが、大切な次代の為の花導具フィオレを食べてしまった上、逃走してしまったのでそれを探す為の花導具フィオレを貸してください」


 正しく伝わったかはわからないが、少女は仕方なさげにうなずいてくれたので、理解はしてくれたのだと思う。


 そうして安堵した時、意識が自分の手を放れた。



 自分では気づいてなかった。

 その時の言葉が、途切れ途切れで、少女には正しく伝わっていなかったことに――



     ……



「おや、目が覚めたかな?」


 回想していると、野太くも優しげな声の男が部屋へと入ってきた。

 大柄で、治療師を示す白衣の上からでも筋肉質なのが一目でわかる厳つい風貌の男。筋骨隆々というのがここまで似合う姿もそうはないだろう。


 正直、騎士か傭兵、綿毛人フラウマー――風に乗る綿毛のようにあちこちを巡る流れ者のことだ――の類だと言われた方が納得のいく容姿だ。


「身体の方は大丈夫かね?」


 訊ねられて、騎士は改めて身体を軽く動かしてみる。

 特に問題はなさそうだ。


「はい。大丈夫そうです」

「それは結構。状況は理解してるかね?」

「ええ。フルール・ユニック工房のトラブルに巻き込まれて吹き飛ばされ、意識を失いました」

「……結構」


 治療師が、何故か申し訳なさそうに顔をしかめたような気がするが、なんなのだろうか。


「君に会いたがっている者がいるのだが、面会する余裕はどうかな?」

「大丈夫ですが……どちら様なのでしょうか?」

「アレン・ジルベント。この街の何でも屋のような男でね。口は悪いが剣の腕は良い。義理堅く口も堅い。何でも屋としては優秀で、信用できる」


 少々気になる言い回しだ。

 何でも屋としては優秀で信用できるということは、逆に言うとプライベートの彼は信用できないということではかろうか。


「私とは個人で会いたがっているのですか? それとも、何らかの仕事で?」


 訊くと、治療師は片方の眉を器用に跳ねさせた。

 それから小さく口の端を吊り上げるように笑ってうなずく。


「二代目から頼まれた届け物を持ってきたらしいぞ」

「なるほど。ではお会いしましょう」




 そうして、病室に入ってきたアレンという男は、挨拶もそこそこに何かを投げて寄越してきた。

 それを慌てて受け止めて、彼は大きく目を見開く。


 渡されたそれは、彼が探していた指輪だったのだ。

 予想外の出来事に、アレンの指輪を投げ渡すという失礼な行為を咎める気が抜け落ちてしまう。


 ちなみに、病室にいるのは、自分とアレンだけだ。

 先ほどの治療師は、気を利かせて席を外してくれた。


「これは……」

「お前さんの目的はそれだろ? ユノの奴、修理屋に魔獣退治なんて頼むなって怒ってたぞ」

「……え?」


 続けて言われた言葉に、彼は思わず呆けた声をあげる。

 自分はそんな依頼などしていないはずだと首を傾げていると、アレンも訝しげに眉を顰めた。


「もしかして、ユノとアンタの間に、なんか依頼に関する齟齬があるんじゃないのか?」


 ユノ――というのは、自分に声を掛けてきた少女のことだろう。だが、おかしい。自分は彼女に魔獣退治なんて頼んだ覚えがない。

 だとしたら、アレンの言う通り、何か齟齬があったのだろう。


「私が意識を失う前にした話と……それと、話せる範囲でこちらの事情も話しましょう」


 とある貴族が飼っていたペットのトカゲが、とある貴族の家宝の指輪を飲み込んで逃走した。

 それを追っていたが、ラチがあかないので、花修理リペイアなどの花導品フィーロ関係の仕事をしている人物に手を貸して欲しかった、と。


 腕を組みながら、彼の話を聞いていたアレンは、話が進むにつれて、親指で自分の眉間を押さえ始めた。


「……あのトカゲ……隣の国ハニィロップのお貴族様のペットかよ……」


 話によると、彼もユノ嬢とともにソルティス岩野へと赴いたらしい。

 岩喰いトカゲとまともに戦えるだけの腕を持つ男なのだろう。機会があれば、是非とも手合わせをしてもらいたい。


「退治されてしまったものは仕方がありません。

 もともと、トカゲに関しては、可能なら保護してこい――というコトでしたので、指輪さえ取り戻せれば問題はありません」

「退治された方が好都合って連中もいるんだろ?」

「肯定はしません。否定もしませんが」

「そうかい」


 少し言葉を交わして分かったことがある。

 このアレンという男、確かに言葉遣いや仕草は乱暴で綿毛人フラウマーや傭兵といった風情を持っているが、どこか貴族っぽさも持ち合わせているようだ。

 本人が貴族の生まれ――というよりも、貴族と会話することに馴れている、といった感じではあるが。


(油断すると、かなりの情報を持って行かれてしまいそうだ。気をつけよう)


「なぁ、訊いてもいいか?」

「はい? なんでしょうか?」

「何でお前みたいな素直な奴が、楓密ふうみつ騎士なんてやってんだ?」

「え?」


 想定外の質問に、思わず間の抜けた声を上げてしまう。


「そういう反応が素直だって言ってんだがな。

 びっくりしても表情崩さずにいろって。思わず崩れたなら、誤魔化すくらいはやれよ」


 苦笑するアレンの言う通りだ。

 バレたことを驚く前に、表情を取り繕うべきだっただろう。


「まぁいいや。素直だろうがなんだろうが、楓密ふうみつが出張るような話に深入りする気もねぇからな」

「そうして頂けると助かります」


 貴族と話なれた様子があり、他国の事情にも明るい何でも屋。好奇心だけで深入りしない冷静さも持ち合わせている。

 彼の正体が気になるところだが、こちらとて、迂闊に魔獣の尾を踏むような行動をする気はない。


「ところで、改めて確認したいんだがな」

「はい」

「お前さんの依頼は、『指輪を取り戻す手段の確保』あるいは『指輪を取り戻す』であって、『指輪の修理は含まない』んだよな?」

「そうですね。依頼の目的と意志がうまく伝わっていませんでしたが、結果から依頼を考えるなら、そうなりますね」

「なら、その指輪が例え壊れていても、こちらには落ち度はない。それでいいか?」

「もちろんです。指輪がトカゲに飲み込まれた時点で、完全に無事であるとは、我々も思ってはおりません」


 やりとりをしながら、思わず胸中で苦笑する。

 これは言質の取り合いだ。ならば迂闊なことを口にして、余計な出費は防ぎたい。

 それはアレンも同じで、自分達が不利になる要素を極力減らしておきたいのだろう。


「なら、この伝言もできるな」

「何かあるのですか?」

「ユノに言わせると、その指輪は機能不全を起こしていたそうだ。

 直そうとしたらしいが、どうにも意図された……それこそ機能封印に近いものみたいだから、手を付けるのをやめたってさ。

 だから、壊れされたってクレームは勘弁してくれ、だとよ」

「……そもそも、この指輪って何かの機能を所有してたんですかね? 何の機能も持たない先史花導具アルテ・フィオレだと聞いていたのですが……」

「あー……」


 伝言は藪蛇だったかもしれないな――と、お互いに視線で言い合って肩を竦める。

 ユノ嬢は気を聞かせてくれたのかもしれないが、少し余計なことだったのかもしれない。あえて黙しておくのが正しいだろう。

 もっとも、持ち主はともかく、上には報告しなければならないだろうが。


「報酬なのですが、私の任務報告後になってしまうのですが……」

「そこは騎士からの依頼だってことで、ユノも理解してるさ」


 そううなずいて、アレンは一枚のメモを手渡す。


「そっちの街の綿毛人互助協会フラウマーズギルドから、そのメモの宛先に頼むとよ」

「用意周到ですね。助かります」


 偶然とは言え、かなり良い人達に助けられたようだ。


「後日、ラドリック・シローニィ名義で報酬が届けられると思いますので、ご確認くださいと、お伝えしてもらえますか」

「あいよ」


 軽くうなずいて、アレンは最初と同じように挨拶をそこそこに病室を出ていった。

 それを見送りながら、小さく息を吐く。


 自分は何もしないまま、任務が終わってしまった。あとはこれを手に帰るだけだ。


「……一応、報告書を先触れ代わりに出しておくか」


 何はともあれ、まずは身体の回復が先だ。

 回復し次第、カイム・アウルーラを発つことにしよう。


 ただ、一つだけ懸念事項がある。

 わりと切実で、かなり情けない部類の懸念事項であるが。


「今回の治療費って、経費で落とせるのかな……?」


 町の中のトラブルに巻き込まれて負傷――それは任務中の負傷に含まれるのだろうか……それだけが、彼の不安であった。



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