第2話 黒戸 白と言う少年

真っ暗闇の中、かすかに聞こえる会話


「ねぇ助けてよ、ねぇお願い助けてあげてよ!」


「無理よ……もうその子は体力的にあとわずかの命なの……それにねその子は……そのむすめは……」


「おばさんなら出来るでしょ! 昔……助けたって」


「そ、それは……いい……ちゃん、何にでも大きな見返りに対して同等の代償が生じるものなのよ」


「だったら僕の……僕の命をこの子に……」


ーー

ーー

ーー


この街で起こった少年失踪事件が時が経過するごとに都市伝説と化し、人々の頭の記憶の中から徐々に薄れ風化していった数十年後。


少年の頭の中でどこか遠くで繰り返される記憶の断片の様な会話は徐々に消え去っていき、一瞬の静寂せいじゃくが訪れていく……


バン!! 


少年の頭の中に突如として目の覚める様な大きな音が鳴り響いた


少年は驚き目を見開く、すると目の前に薄紫色したボブカットの女の子が少年の下半身にまたがって乗っていた。


少年の名前は黒戸くろと しろ、東桜台高校の一年生だ。


「白お兄ちゃん起きてください、朝ですよ」

女の子は屈託のない笑顔を振り撒き少年のお腹の上にまたがり乗っていた、女の子は少年の妹で名前は黒戸くろと くれない


桜野中学三年生で、才色兼備、中学では生徒会長を務める優等生、学校ではかなりのクールで、風の噂では中学では『氷の女王』と言われてるほど冷酷無比で校則に厳格で一切の情をはさまない事で有名らしい。


そんな妹の紅だが、白にはその噂がどうもピンときていなかった、なぜならその氷の女王様は兄である白の部屋にノックもなしでドアを開けた上に、こうして平然と男性の布団の上にまたがり乗って来るのだから。


白はそんな紅を相手にせず、腹の上から押し退けて布団から出ると、着替えるためにパジャマの上着を脱ぎ始め、上半身裸になった。


「あの……紅さん? いつまで部屋にいるのかな? 見てわかるよね? 着替えてるから部屋を出て行ってはくれないでしょうか?」白は連発で質問を投げかける。


「嫌です」

即答である、兄とはいえ男子の部屋に勝手に入ってきた上に上半身裸の男子を目の前に恥じらいどころかこの目に焼き付けまいとするその姿勢……どうなの?


「いやいや僕も年頃の男子だからね」

白は思っていた回答と違っていた事に驚き困惑した。


「では妹としてお兄ちゃんの着替えを見守りますね」

すごく爽やかな笑顔で親指を立てて紅は答えた。


「「……」」

お互いが無言になる。



「いいから出てってよ! 学校遅刻するよこのままじゃ〜〜」

このままではらちが明かないと紅の背中を強引に押して部屋の外に出そうとするが。


「ぷ〜」

めちゃ不機嫌そうに紅はほほふくらませる。


「だったらお兄ちゃんの部屋を出るので、一つ質問しても良いですか?」


「えっ? まぁいいけど……」


「妹の……紅の事は好きですか?」


(なんだ唐突に変な質問だな)


「そりゃまぁ……紅の事は好きだよ……家族なんだから」

白は首をかしげながら普通に答えた。


白にとって紅は家族であり妹で、当然好きだし大切に思っている……だがなんだろうこの唐突な違和感のある質問は。


その時である、白はその一瞬を見逃さなかった、紅の口角が少し上がったのだ、それも『ニヒ』と聞こえるかのような悪い笑顔。


「フッフッフッ、言質げんち、いやICレコーダーにボイス頂きました!!」


「んっ? はぁ!?、まてまて家族として好きって意味だからな!」


『紅の事は好きですか?』

『紅の事は好きだよ……』

紅は今録音した音声を嬉しそうに再生した。


「まてまて、前後!会話の前後を端折はしょるな!」

白はICレコーダーを取り上げようとしたが、紅はさっさとドアに向かい。


「勘違いしないでよねお兄ちゃん、私は愛してますよ」

紅は頬を赤く染めてそう言うとドアを『バタン!』と閉める。


「あーあと直ぐに朝食用意してますから早く着替えて下に降りてきてくださいね、このお兄ちゃんの告白は一生の宝物にさせて頂きますから!」

ドアを閉めた向こうで紅は嬉しそうに大きな声で叫ぶとリビングに降りていった。


「いや! 待てーーーーーー! 勘違いしろアホ」

白は叫んだが、すでにそこには紅はいなかった。


「なにが『氷の女王』だ、その片鱗へんりんすら感じられないじゃないか」


黒戸家は両親が父、母共に遠くで仕事をしているらしく、姉の琥珀は頭脳明細で飛び級で米国に行き、今は弁護士として活躍して多忙のためなかなか会う機会が少ない、そのためにだいたい家ではほぼほぼ妹と二人暮らしみたいな状態である、朝もだいたい紅は白にちょっかいを出してきては、冗談なのかよく分からないイタズラをよくしてくる。


白は急いで着替えて下に降り、紅と一緒に朝食を取り、白が食べ終わった食器を片付けて洗おうとすると。


「お兄ちゃん、それは私がやりますから登校までゆっくりしていて下さい」


こうして紅は色々と家の家事や白の身の回りの世話を嫌がらずやってくれる。だから朝みたいな嫌がらせされても許してしまうし、嫌われてはいないんだと安心する。


でも昔からこんな世話焼きだった訳ではなく、一時期は物凄く嫌われていた時期があった。まぁその話はのち々話すとして。


紅の中学は家から遠く、白より早く家を出ないと遅刻してしまうため、家を出るのはいつも白が最後だ、なのに家事や身の回りの事を一通りやってしまうのだから頭が上がらない。


「じゃお兄ちゃん行ってくるね」

紅は玄関で靴を履きながら白に声をかける。


「あぁ、気をつけて行けよ、あと今日の料理も美味しかったよ、いつもありがとう」

紅は顔を赤くして嬉しそうな表情で、もじもじしながら目を瞑つぶって口を突き出している。


「んっ、どうした? 行かないのか?」


「……行ってきますのキスは?」

紅は顔を赤くしながらも白に対してイタズラを続けてくる。


「バ、バカ! する訳ないだろ、いいから早く行けよ」

白はイタズラと分かっていても顔を赤くしてしまい、慌てて登校をうながす。


「もう、意気地いくじなし」

また紅は頬を膨らませていた、白はなんだか登校する前からどっと疲労感を感じていた。


ーー

ーー

ーー


紅が登校してから数分後、白も学校へ向け家を出た。その時お隣の幼馴染で茶髪にポニーテールが良く似合う白間しろま 美希みきも家を出てきたのが見え。


美希とは生まれた時からの幼馴染で、子供の頃は良く紅を交えた三人で遊んでいた。でも小学生の頃のある出来事をきっかけに疎遠そえんになっている幼馴染だ。


当然朝出くわしたからと言って、疎遠になってる事もあり美希も白も声をかける事はなかった。


同じ高校に通っているため向かう方向は同じなのがとても気まずいために、白はなるべく美希から距離をとって歩くか、別ルートを使い学校に通う事を美希を見かけたらしているが、今日も家を出るときに一瞬だが美希と目が合ってしまった為に、露骨にルート変更を出来ない、『今日も』と表現したのはほとんどの日、家を出る時が被り、目が合わなかった事が一度もなかったのでルート変更という選択をほぼした事がないからだ。


登校時間を何度かズラしても何故なぜか美希とは出くわすので、どんだけタイミングが悪い男なんだと白は自分で自分を卑下ひげしている。


白の学校生活についても白はただただ始まりのチャイムが鳴るまで机で寝るか、本を読んで過ごすのが日課で、普通なら学校に入学して数ヶ月の間に高校生活に慣れ、周りに気の合う仲間を作ったり、昔からの友達なんかと楽しく高校生活を楽しんじている時期だろう、現に周りを見ても一つの机を大勢で囲み馬鹿話しに花咲かせたり、教室の後ろで罰ゲーム付きの遊びをして騒いだり、女子なら、恋愛、オシャレなどなどのおしゃべりにキャッキャとにぎ わっている……


そんな楽しい学園ライフで充満しているはずの教室で白はといえば……


(ボッチだ!!)


いやいや、勘違いして欲しくないのは、一人は全然寂しくないし、これぽっちも周囲の同級生が楽しそうとも思はないし、寧ろ勉強に集中出来るって言うか、喋るの面倒だし……


「黒戸!」


「何!」


「おっ、おう!?……イヤ、田中先生が呼んでたぞ」

とっ、久々に同級生に名前を呼ばれ、変な声とテンションで呼び出しに反応してしまう。


「おいおい聞いてくれよ、いま野暮用やぼようで黒戸に話しかけたら、超ハイテンションで『何!』だってよ」


「マジで、超ウケる」

と先ほど話しかけてきた同級生の一人が自分達のグループに戻り噂していた。


「あっはっはっは……」

白は気恥ずかしさからか愛想笑いを浮かべ教室を出る。


「はぁ〜、別に群れる事は悪いわけじゃないけどさ、でも群れた事であたかも自分が強くなったかのような錯覚におちいり、一人の人間に品性もない言動や行動を取るのはさ……」

白は廊下を歩きながら不満を漏らすが、本音を言えば白はそんな同級生が羨ましかったのが本音だろ。


「田中先生が呼んでるって言ってたな? なんだろ、僕は呼ばれる様な目立った行動はしてないんだけどな……」

今日も授業終わったらさっさと帰ろうと思っていたが、先生の呼び出しもあったので仕方なく行くしかない。


「でも呼ばれたんじゃ仕方ないよね……呼ばれたんじゃ」

白は内真は喜んでいた、学校にいてもほぼ人と接する事ない上に会話すらない、だから何か呼ばれたり頼まれたりする行為が自分の存在意義を再認識させられるのだ。


「けっ、け、決して喜んでなどいないから、先生に呼ばれて喜ぶはずがないから」

白は廊下を言い訳じみた独り言をブツブツと言いながら歩く。


因みに呼ばれた先生とは美術担当の田中 里利りりと言う女性教師で、うちのクラスの担任でもあり、歳は24歳で独身、見た目は十代と言われても違和感のない可愛らしい女性だ。


脱線ばかりしてしまったが念を押しておくが、そんな可愛い先生に呼ばれて内心嬉しいなんて断じてない、ここはあえて面倒くさいと思いながらの態度で職員室のドアを開けるのが白だ。


「失礼します」


「やっときた、黒戸くんこっち……って、なんでニヤケてるの黒戸君?」

ブラウンカラーのショートカットで眼鏡をかけた、高校生と言われても違和感のない小柄な田中先生が手招きしながら問いかけてきた、当然のように『なんでニヤケてるの?』と言う田中先生の問いには完全無視をする白。


「呼んでるって言われてきたんですが何か?」


「ニヤケ……」


「……何か?」


かたくなに無視!? まぁいいわ、今日は黒戸くん日直でしょ? 悪いだけどこれを一緒に用務員室まで返しに行くのを手伝って……」

白は田中先生が要件を言ってるそばから先生の目線を向けた荷物を一人で持った。


「これを用務員室に運べば良いんですね?」


「えっ!? あっ……私も運ぶわよ……」


「あぁ良いです、自分一人で運べるんで、先生は自分の仕事でもしていて下さい」


「で……でも、私も手伝うわ」

白は先生の言葉を無視して職員室を後にした。


「も〜本当に不器用ね色々と……でも助かるわ」

ドアが閉まりかけた白の背中に先生はボソッと投げかけた。


用務員室に荷物を運び終えた白は、報告のため職員室に戻る。


「運び終わったので帰りますね」

一声かけて帰ろうとすると。


「あっ……!? ちょっと待って!」

田中先生が何か躊躇ためらいながら慌てながら声をかける。


「何ですか?」

田中先生は何だかモジモジと聞きづらそうな様子。


「あ〜のね……この前の美術の課題の提出してもらった絵なんだけど……」


(んっ? やはりまずかったか、自分が趣味で描いていた漫画を描いたのは)


白はそう思いながら平静へいせいよそいながら立ちつくしていると。


「あっ……!? うん、え〜と……勘違いしないで、絵はとても独創的で良かったと思うの、ただ……」


「あ、ありがとうございます……僕も先生の絵、とても素敵で、う〜ん……好きですよ」


「えっ!? す、好き!? 好きって! えっ、あっ、だ、だ、ダメよ黒戸くん……だって私たちは先生と生徒で……」


「あ、あの〜先生? 田中先生?」


「まぁ……まあ、こ、、こ、好意を持ってくれるのは嬉しいけど……」


「先生!」

田中先生は顔を真っ赤にして、慌てた様子で聞き取れない声でブツブツと独り言を呟く、白はそんな先生をほっといて再び帰ろうと踵を返すと。


「他に用がないなら帰っていいでしょうか?」

白はドアに手を掛け、返答を待つが返事がない。


「お先に失礼します」

白は一礼して美術室を後にした。


「え、あっ! う、うん、ごめんなさい呼び止めてしまって……気をつけて帰りなさいね……」

何だか今だに真っ赤な顔で慌てた感じで田中先生は答えた。


美術室を出て廊下を歩くともう外は夕陽が射し込んでいる。


学校は、部活帰りや放課後まで残っていた生徒の帰りなど様々な生徒達で少し騒がしく、色々生徒とすれ違いながら白は自分の教室に向かった。


教室はすでに誰も残っておらず、白が最後みたいで、さっさと席の鞄を手に持つと急いで階段をけ降りた。


その時である、幸か不幸か、この時ほど階段はゆっくり降るべきだと思ったことはないかもしれない。


白は階段の踊り場で登ってきた一人の生徒に勢いよくぶつかり、とっさに白は自分の鞄を放り投げると、階段から落ちかけた相手の手を掴み何とか相手を自分に引き寄せ、その勢いで白の方が体勢を崩し踊り場に背中から倒れた、その為かファスナーを開けっぱなしの鞄を投げたことで、白の鞄の中身は盛大にばら撒かれ踊り場、階段下に散乱してしまったのだ。


「いたた……す、すいません、大丈夫ですか?」

白は仰向けの体勢で一瞬息が止まりながらも苦痛の声で、いつもの癖でとっさに謝罪を口にしていた。


「いた〜〜ご、ごめ……あっ!? く、黒戸……くん?」


「んっ? ひ、姫野……さん?」

ぶつかったのは同じクラスの姫野ひめの さき、彼女を簡単に説明するならクラスの、いな……学年カースト制度が存在するならばトップのグループに属する存在で。少し茶髪にした綺麗なサラサラした髪を背中までオシャレに伸ばし、色白な肌に、プロモーションの良い身体のライン、制服をオシャレに着こなし、薄っすら化粧もしている。


クラスでも常に誰かしらが彼女の机の周りに集まるくらいで、簡単に言ってしまえば白とは正反対の存在だろう。


「だ、大丈夫? ご、ごめんなさい」

咲は驚いた表情を浮かべ、カースト底辺の白にも優しく謝罪を述べた。


「えっ、あっ、僕の方こそごめん……け、怪我とかしてない?」


「うん、大丈夫……こっちも悪かったわ……あと庇ってくれてありがと」

咲は少し赤面しながらも白の問いかけに答え、倒れそうになった所を庇った事へのお礼を口にした。


そんな些細な女子の言葉くらいで白は少し喜んでしまい、馬鹿と言うか、しょせん非リア充のぼっちのさがなのだろう、単純なのである。


「本当にごめんね……」

苦笑いしながら白はまき散らしてしまった鞄の中身をあたふたしながらかき集めていると。


「気にしないで、私も手伝うわ」

咲も細い色白な手で白の荷物を拾うのを手伝う。


「これで大体全部かな……あれ?」

白が鞄の中を確認しまだ拾い忘れているもの気付くと。


「黒戸くん? 階段下に一冊だけまだ本が落ちてるわよ」

咲が階段下までわざわざ降りて拾いに向かうと。


「えっ!? あ! そ、それは僕が拾うから……」

白が言いかけた時にはすでに遅く。


「これも黒戸くんの物でしょ……えっ!? なんで……」

咲は何故かその本を手に取ると、驚きの表情を見せ言葉を詰まらせた。


「あっ、えっ……そ、それも僕の荷物です……ありが……」

咲から本を受け取ろうと白が手を伸ばすが、咲はその本を手にしたまま本を見つめたまま動かない。


「ひ、姫野さん……?」


「……」

白が名前を呼んでも、聞こえてないのか、咲は無言のまま立ちつくしている。


「どうしたの? もしかして何処か痛めてた?」

白が不安そうに聞くと。


「……えっ!? あ、ううん、だ、大丈夫……うん、大丈夫よ」

咲は何か慌てたように答え。


「わざわざ拾ってくれて、後は大丈夫だから、姫野さんも用事があったんでしょ? 忘れ物か何か? 早くしないと校門が閉められちゃうよ」


「あ、うん、そうなんだけど……これ黒戸くんの荷物なのよね?」


「え……そ、そうだけど……なんで?」


「えっ! いや……ほら、もしかして別の人の落し物を、この場にじょうじてパクろうとしてるのかもと……」

「そ、そんなわけないじゃん!」

咲は何かをはぐらかすように、白に酷い濡れ衣を着せてきた。


「じょ、じょ……冗談よ冗談……わ、私もいそいでるからもう行くわね」

咲はぎこちない笑顔で、急に慌てたように白に本を渡し、階段を駆け足で登りだした。


あまりの唐突だったので、本を渡されたまま白は少しの間、呆然とその場に立ちつくしていた。

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