【たわし】無双 〜悪役に転生したので辺境で孤独に生きたいのに、外れアイテムの力で最強になったうえ美少女たちに溺愛されます〜

ささむけポチ

第1話 運命のルーレット

 誰かに呼ばれた気がして、目を開く。


 気がつくと、俺は何もない空間に立っていた。

 空もなく壁もなく、ただぼんやりと淡い闇が周囲を包んでいる。


 ……どこだ、ここ?


 見渡した瞬間、みぞおちにずきりと痛みが走って、小さく呻く。

 見下ろすが、怪我をしている様子はない。

 一体……?


「初めまして」


 涼しげな声に振り向く。

 いつの間にか、背後にスレンダーな女性が立っていた。


千崎直也せんざきなおやさんですね?」


 すらりと長い手足に、均整の取れた身体。人形のように整った顔立ち。誠実そうなまっすぐな瞳。

 真面目さを絵に描いたような、綺麗な女性……なのだが、その身体を包むのは、バニーガールのコスチュームだった。


「ようこそ、再生の門レナトゥス・ゲートへ。わたくし、異世界転移サービスのカマタと申します」


 カマタさんが折り目正しくお辞儀をする。

 こちらも慌てて頭を下げつつ、黒いうさ耳をチラ見する。

 なんでバニーガールなんだろう。


「厳正なる審査により、あなたには異世界転移の権利が与えられました」


 異世界転移の権利?

 何の話だろう、身に覚えがない。


 カマタさんは神妙な顔で分厚いファイルに目を落とした。


「遡ること7日前。あなたは生まれて初めて女性に告白されて、めでたくお付き合いを始めましたね」


 はい。


「そして、一週間後にフラれた」


 ストレートに投げられた言葉がぐさりと胸に突き刺さる。


 そうだ。

 彼女いない歴=年齢。非モテの名をほしいままにすること28年。俺は初めてできた彼女と付き合い、そしてわずか一週間後――つまり今日、フラれたのだ。


 彼女は三つ下の、会社の後輩だった。

 出会いは半年前。他部署から異動してきた彼女の教育係を俺が仰せつかったのがきっかけで仲良くなった。教育期間が終わってからも、職場の可愛い後輩として接していたから、告白された時には本当に驚いた。


 そして、女の子に人気のスポットやランチにおすすめのレストランを入念にリサーチして計画を立て、わくわくしながら迎えた、初めてのデートの日。

 待ち合わせに現れるなり、彼女は輝く笑顔でこう言った。


『先輩のおかげで、Fさん(営業部のイケメンエリート)にアタックする自信が持てました! さっき勇気を出して告白したら、OKもらえて……夢みたい! 今までありがとうございましたっ!』


 俺への告白は、どうやらFさんへの告白の予行練習だったらしい。

 まあ、こちとら彼女いない歴28年のしがない非モテだ、自分でいうのもなんだが相当チョロいし、予行練習としては身近で手軽で最適だったのだろう。人を見る目がある。


「そしてあなたは、傷心のまま帰宅する……はずが、電車で隣に座ったサラリーマンがあなたの肩を枕にして爆睡しており、二駅乗り過ごした」


 サラリーマンのこけた頬は無精髭に覆われ、スーツはよれよれで、徹夜明けデスマーチからの帰りとおぼしき戦士だった。

 ほんの半月前に四徹の修羅場を経験した身としては、電車で爆睡してしまう気持ちが目から血が出るほど理解でき、つい仲間意識が生まれてそのまま乗り過ごしてしまった。


「歩いて帰ろうと考えたあなたは、駅を出て――」


 先月の健康診断で運動不足を指摘され、二駅くらいならちょうどいいウォーキングになると思ったのだ。

 あと、単純に気分転換したかった。


 見慣れない景色を新鮮に感じながら駅を出た時――


「目の前自転車置き場に、車が突っ込んだ」


 黒のワゴンだった。

 きれいに並んでいた自転車は吹っ飛び、フェンスはひしゃげて、その場に居た誰もが驚いた顔で立ち竦んでいた。


「事はそれだけでは終わらなかった。車から男が降りてきて、ナイフで通行人に斬り掛かり、」


 男は明らかに目が据わっていて、ぎらぎら光る視線の先には、部活帰りらしき女子高生二人と、ぬいぐるみを抱いた小さな女の子、その手を引いたおなかの大きな母親がいた。


「あなたはとっさに飛び出した」


 ……ああ、そうだった。


 鈍く痛むみぞおちを押さえながら、最後に見た光景を思い出す。

 散乱する自転車と、タイヤに踏み荒らされた花壇、底抜けに晴れた空。女の子の怯えた顔と、男の血走った目――鈍く光るナイフの刃。


 めちゃめちゃ怖くて混乱していたのに、考える前に足が動いていた。本当は小心者ビビリだし運動神経だって良くないのに、こういうときに限って瞬発力発揮してくれちゃうんだよな。


「あなたは胸部から腹部にかけて数回刺されながらも、暴漢を押さえ込み、無辜の民を守った」


 押さえ込んだというか、とにかく必死でしがみ付くことしかできなかった。

 途中で意識を失ってしまったが、俺以外に、怪我人はいなかったのだろうか?


「あの場にいた人は、全員無事です」


 なら良かった。

 でも、そうか。

 俺は死んだのか。


「……死に際に見るように、あなたは優しく善良で、決して他者を踏みにじることなく、篤実に生きた」


 そんなたいしたものではない。

 あの時だって、無我夢中だっただけだ。もっとうまくその場を収められた人もいるだろうし、俺と同じ立場なら、きっとみんな同じ事をしていただろう。


「……にも関わらず、総じて運が悪く、生前報われることはなかった」


 それは否定しない。

 なにしろおみくじで凶か大凶以外引いたことがない。散歩中の犬にはやたらと吠えられ、ソシャゲではバグによる虚無を引き当ててデータが吹き飛び、雨の日には決まって水を跳ねられ、天気の良い日もよろめきながらやってくるおじいさんの自転車を避けようとしてドブにはまり、もう片方の足は結局ゆっくりと轢かれる、そんなことが日常茶飯事だ。


 今回のことも、不運に不運が重なった結果だ。……いや、それで助かった人がいたなら、逆に良かったのか。


 カマタさんは神妙な面持ちで俺に向き直った。


「生前の行いから、あなたには異世界で人生をやり直す機会が与えられました」


 カマタさんが「おめでとうございます」と頭を下げると、うさ耳がぴよよよんと跳ねた。

 ありがとうございます。

 ……なんでバニーガールなんだろう?(二回目)


「直也さんには、異世界に転移するにあたって、転移ガチャを引いていただきます」


 転移ガチャ?


「これから回していただくガチャルーレットで、各種ステータスが決まります。容姿、HP、MP、能力、レベル、スキル、魔術、財力、etc……」


 転移先は、どうやらスキルや魔術が存在する世界らしい。

 ということは、ゲームのようにモンスターなんかも存在するのだろうか?


「あなたには特別に、このSSR確定チケットを差し上げます」


 差し出されたものを受け取る。

 それは、金色のチケットだった。


「お望みのガチャでこのチケットを使えば、SSR――好条件が確定します。容姿ガチャでイケメンに生まれ変わって、モテモテハーレムを築いて可愛い女の子たちといちゃいちゃするも良し、魔術ガチャで最強の極大魔術を習得して無双し、英雄として崇められるも良し、財力ガチャで莫大な富を手に入れて、一生遊んで暮らすも良し。選ぶガチャによって、次の人生思いのままです」


 すごい。まるで夢のような話だ。

 本当にいいのだろうか?

 感動に打ち震えながら、眩く輝くチケットを見つめる。


 モテモテハーレムか、ちょっと憧れるな。なにしろ人生で一度もモテたことがない……いや、ハーレムとは言わないまでも、ちゃんと女の子と付き合ってみたい。できれば一週間以上。

 無双も憧れる。強い武器で、邪悪なモンスターをばったばったと薙ぎ倒してみたい。

 お金に困らない生活もいいな、前世のように生活のためあくせくすることなく過ごせそうだ。

 もしくは農耕とかの能力を手に入れて、のんびりスローライフを送るという選択肢もある。


 夢いっぱいの異世界へ想いを馳せた瞬間――みぞおちがずきりと痛んで、息が詰まった。


 鈍い痛みと共に、刺された時の感覚が生々しく蘇る。

 頬に感じる、じゃりじゃりとしたコンクリートと、生温い血だまりの感触。遠くで聞こえる誰かの悲鳴。

 冷たかったナイフが熱くなって、灼熱の血が溢れて、苦しくてたまらないのにどんなに喘いでも息が吸えなくて、手足が鉛のように重たくなって。

 痛くて苦しくて、死ぬかと思った。……まあ死んだのだが。


 ――縋るものもなく、助けもなく、ただ無力に世界から引き剥がされていく、あの絶望。

 二度とあんな死に方はしたくない。


 ……死に方ガチャとかあるのだろうか?


「ありますよ」


 あるんだ。

 じゃあ、SSR確定チケットは死に方に使いたい。

 死は人生の集大成だ。できれば老衰――ささやかでもいいから普通に生きて、ゆっくりと年を重ねて、今度は畳の上で安らかに大往生したい。最期に良い死に方を迎えられることさえ分かっていれば、どんなに不運で報われない、苦しいばかりの人生でも、心穏やかに生きていける気がする。


「かしこまりました」


 カマタさんが指を鳴らした瞬間、床がバカンと開き、赤いボタンがついた台と巨大なルーレットがせりあがった。これがガチャらしい。


 びかびか光るルーレットとカマタさんを見比べて、『だからバニーガールなのか』と納得する。露出の多い扇情的な装いが、カジノめいた雰囲気にぴったりマッチしている。……真面目そうな佇まいとのギャップが甚だしいが。お仕事大変ですね。


 そこまで考えて、はたと気付く。


 不運な男とルーレットって、ものすごく相性が悪いのでは……?

 しかもこの死に方ガチャルーレット、普通に病死とか溺死とか失血死とか書いてあるけど、どのへんがSSRなのだろうか? もう二度と苦しい死に方はしたくないのだが……


「大丈夫、回せば分かります」


 カマタさんに促されて赤いボタンを押す。

 ルーレットが回転し始めた。

 慣れない仕草で「パ・ジェ・ロ、パ・ジェ・ロ」と拳を突き上げるカマタさんの隣で、俺はチケットを握りしめながら心の中で唱えた。

 もうあんな痛い死に方はしたくない……! ぴんぴんころりで大往生、ぴんぴんころりで大往生……!


 刹那、手の中のチケットが、金色の粒子になって溶け消えた。


 同時にルーレットが金色に――いや、虹色に輝きはじめる。

 カマタさんがはっと身を乗り出した。


「こ、これはまさか――虹回転!?」


 虹回転?


「金回転を超える確定演出です! これはもしかすると……!」


 極彩色の光が乱舞する。

 眩しくてよく見えないが、どうやらルーレットの内容が変化したらしい。


「ボタンを押してください!」


 これで俺の死に方が決まる!


「うおおおおおおおおおおおおおッ!」






――――――――――――――――――――――――――――――――





不幸な事故で転移した主人公の、最速無双英雄譚が始まります。

どうぞよろしくお願いいたします。

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