ランナウェイ・アブダクション

アリエッティ

第1話 自由を得たかった逃亡者

  凶悪犯罪者と謳われ、長い間裏側にいた

 外に出た理由は単純にそれに飽きたからだ


      オリゴール刑務所

常に冷静な看守達が、本日はどうにも慌てた様子で辺りを駆け回っている。


「奴は?」


「近くにはいません、捜索を続けていますが見つかるかどうか...。」

長年の計画だったのか気付くのに大分時間が掛かった。牢獄はモヌケの殻で、穴蔵を掘っていた訳でも無い。


「奴め、一体何処へ消えた!?」

手段は汚いそれと決まってはいるが、常に目を見張る事はかえってなかった。刑務所の暮らしに、満足しているように見えたからだ


「手下も余裕もそこそこあったお前が、今更何で外の世界を求めている?」

パトカーの中で刑事トラヴィスは眼光を光らせる。極悪人を野放しにする訳にはいかない


「必ず牢獄に連れ戻す....囚人ギラ!!」


鼻歌混じりに道路を闊歩する男、手元には奪った酒瓶を握り踊るようにして脚を動かす。


「やっぱ〝シャバ〟ってのはいいね〜♪

連中はまだ刑務所の回りをウロついてると思ってるらしいがんな訳ねぇだろ!」

退職寸前の看守を使い道と車を用意させた。

囚人の中では首領のような存在なのでその辺の看守よりも実質地位は高くなっていた。


「まぁアイツに遭う事もねぇだろうし、今は家族と仲良くやってるだろ。直前でオレを逃したなんてしれたら大目玉だがな、ガハハ!」

瓶を傾け酒を喉に流し込みながら道路で一人声高らかに笑い飛ばす。


「それにしても人がいねぇな、街を過ぎたら大概こんなもんか。まぁいねぇ方がいいが」

車は怪しまれないように途中で乗り捨て徒歩に切り替えた。ナンバーは外し、ボディは原型が無くなるまで潰して壊して傷つけた。



「……ん、なんだよいるんじゃねぇか」

車一つ通らない長く広い道路の真ん中に、一体の人影が見える。黒くシルエットのようなその存在は顔の向きは分からないが、じっとこちらを見つめているように見える。


「おい、何モンだテメェ!?

警察の連中...じゃあ無さそうだな」


「……」

返事をしないそのシルエットは、指先のみをこちらへ向け眩い光を放った。


「くっ..なんだ、こりゃあ...⁉︎

目が....痛てぇ...。」

光は徐々に大きくなり、囚人ギラを巻き込んで道路全体を包んで輝いた。


『....アブダクション。』



光の後は、長い闇が続いた。再び明かりを求め目を開けると、光の主は消えていた。


「なんだったんだ..?」

手元の酒瓶も無くなっている。

覚えてはいないが、何かの衝撃によって吹き飛ばされたのだろう。 納得はいかないが徐々に少しずつ動かして再び歩み始める。


「……ん、ありゃ人間か?

しかも女じゃねぇか。」

道路の隅でうずくまっている、どこか具合でも悪いのだろうか。


「……」


「..久し振りの女だ。」

下衆は表に出ても下衆、自由を求めているだけで反省し更生している訳では無い。


「へへ、仲良くしようぜ..」

体勢を同じく低くして背後から両肩を掴む。

そのまま押し倒して覆い被さろうとした


「……!」

女が腕を振り払い、襲ってきた。

咄嗟の受け身をとる暇もなく肩を押さえられ、アスファルトに打ち付けられてしまう。


「なんだコイツ、離し..やがれっ...‼︎」

見下ろす顔は頬まで裂けた口、眼は瞳孔が開ききって全体が黒く拡がっていた。


「……ききぃ..!」

裂けた口が大きく開き、鋭い牙が剥く。

抵抗しようにも腕力がかなり強く、手首を掴まれ身動きが取れない。


「なんなんだおい..オレは死ぬのか?」


『やむをえん、身体を借りる』


「…あ?」

近くで何かの声が響く、その声はやがて体内で響き始め完全に馴染むと途端に止んだ。


「ききぃ..!」「うわっ、くんじゃねぇ!!」

剥き出しの牙で肩に喰らい付く。

身動きが取れず、逃げ場の無い状態でモロに受ければ貪られ確実に捥ぎ取られるだろう。そう自覚できる感覚が、はっきりの肩にあった。


「....なんだよこれ?」

しかしそれは〝一瞬〟のみ生じた痛み。


『悪いが君の身体を借りた、君の全体の組織は私のものとなり依代となる。』


「はぁ? まず誰だてめぇは!?」

食い込む牙が、押し戻されるように外れていく。食い込み貫通している筈の傷口は水の波紋のように再生し、組織を組み戻していく。


『僕はリヲン、宇宙から来た生命体だ。

とある者を追って地球ココへ降りてきた』


「…何言ってんだお前?」

難解と呼ぶより意味不明、欺くにしては精度が悪過ぎる。口振りは馬鹿にするには丁寧だ


「……ききぃっ!」 「んだよ、またかよ⁉︎」


『君に協力して欲しい、ボクは体組織を組み戻して再生する事は出来るけど..』

牙を剥き尚も襲いかかる女の首を掴み、片方の腕で頭を押さえ力を込める。


『その力があれば大丈夫そうだね』


「何が大丈夫なんだよ..!?」

力任せに首をへし折り遺体を放り棄てた。


「ボクには力が無い、だから傷を治して身体を借りる代わりに腕力を貸して欲しい。」


「見返りは?」


「..そうだな、一生の自由。」


「一生の自由か....悪くねぇな」

交渉成立、お互いの求めるものが一致した。


「で、コイツはなんなんだ?

いきなり襲ってきやがって....」


『この人に見覚えは?』


「ねぇな、見た事もあった事もねぇ。」


『そうか..古い記憶過ぎて忘れてるのかもね、奴らは人に残る〝記憶の念〟に寄生する』


「記憶の念だぁ?」


『そう、誰かを強く憎んでたりとか恨んでいたりだとかいう特有の念。人によって寄生する規模や数は違うから、君の場合は知り合いが物凄く多いタイプなのかもね』


「まぁ、そりゃそうだろうな。

オレは随分な連中から嫌われてるだろうよ」

自覚できる程当たり前な事だ、見ず知らずの人間に恨まれているだろう事もザラにある。


『そんなに多いのか、どれだけの人に?』


「そうだな。

ざっと...〝国民全員〟ってとこかね?」

数えられる範囲でその程度だ。

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