第2話 乗り越えられるだろうか


 ときめきが止まらない。


 まるでユウの鼓動が伝染したように、ジョンの心臓も早鐘を打つ。相手の胸元に顔をうずめるのはフルーティア星人のプロポーズである。男のジョンが同性の胸に顔をうずめる事は己の意志ではなかったけれど、それが嫌なら女性同様に全力で回避しなければならないのだが、不意打ちではあったものの抗おう等という気持ちには一切ならなかった。

 素直に手を引かれるまま身を任せてしまった自分が、ユウの事を気に入っているという現実を突き付ける。


 少年の肩に手を置いてわずかに距離を取ると、心配そうに自分を見下ろす黒い瞳が見えた。


「涙、止まった?」

「……ウン、泣いちゃってごめんね」


 最初は自分が年上だと気を使って敬語だったのが、今はまるで親しい友人、もしくは恋人のごとく崩れた口調になっているのも、距離感が一気に縮まったようでジョンをときめかせる。

 ごしごしと袖で頬に残った涙を拭きとると、ジョンはふわりと微笑んで見せた。めっちゃ美少女に見えるから、ユウの頬が反射的に朱に染まる。それを見てジョンの頬も赤くなった。

 そんな相手の様子におずおずとユウは口を開く。


「君が裏切り者だなんて思えないのだけど」

「裏切ってなんかないヨ!」


 流石にそれは冤罪だと、必死に首を左右に振る。

 何か誤解があるのかもしれないと、一度ジョンの自宅に戻る事にして、ゆっくりと歩きながら二人は語り合う。


「あのさ、その、帽子の中のそれって……」

「恥ずかしいな……」


 フルーティア星人には触覚があるが、男性は大人になると髪の中に自然収納される。感情的になると出てしまう事があるが、そうならないようにコントロールする事も大人の男のたしなみ。


「十四歳ぐらいで触覚は収納できるはずなんだけど、ワタシはそうならなくて……学校では虐められるし、二十歳過ぎてもそのままだったから就職もままならズ……。その関係なのか擬態能力もないんだ」


 しょんぼりとジョンは萎れる。

 彼らは他星人への擬態を得意とするらしいが、ジョンはそれも出来なくてフルーティア星人そのものの見た目のままであるらしい。


「出来損ない、ポンコツって言われ続けてフルーティア星に居づらくなっていたところ、姉さんが地球に出張する事になったんダ。身体特徴的に地球人とフルーティア星人はよく似ているから、目立たずに生活できるだろうからって誘ってくれて」

「いいお姉さんだね」

「うん、自慢の姉なんダ」


 遠い目をする横顔が、これまた可愛い。


「一応意識すれば触覚は短時間だけど収納できるようにはなったし、帽子をかぶりっぱなしにできる仕事を見つけてそれで今はなんとか」

「頑張ったんだね」


 なんのてらいもない自然な肯定に、ジョンの胸がキュンとする。


「そんな感じだったからハニーが初めての友達だったんだ。すごくうれしくて大事にしていたのに……クスン」

「俺達も友達だろ」

「それは、トモダチから始めようという事(交際を前提に)ナノ?」

「ただの仲間より、一歩進んでもいいと思う(言葉通り)」

「一歩ススム……!(キャーー)」

「一人じゃダメな事も二人なら乗り越えられるさ」

「そうだね(星の距離も性別の壁も乗り越えられるよね)!」


 晴れ晴れとしたジョンの顔に、ユウはほっとする。

 ポケットの中では未だにセルジオがすやすや寝ていた。

 

* * *


 ジョンのマンションのリビングの床に、何故か全員が正座をし円陣を組んでいた。それぞれの膝に、担当のバディマスコットがいる。


「第一回マジカルヒーローズ会議をはじめます」

 とおごそかにアルフォンスが宣言すると、


「え? これ会議なんだ」

 と、びっくりしたように烈人れつとが応じる。


「ほぼ初対面のメンバーもいるのだし、まずはこういう形式の方が会話がしやすいかも」

 とポイラッテが答えた事により、これからの会話は会議とされた。


 最初の議題はイエローは裏切り者ではないという弁明から始まり、ハニーが「彼は家族以外と一切の連絡を取っていない」と証言したことにより、ジョンは無罪となる。

 続けてハニーが栄養不足で衰弱した点。これはジョンがフルーティア星人と気づかなかったハニーのチューニングが地球人仕様だったため起こった弊害であった。ジョンの嫉妬の力を吸収できなかった事による事故ともいえるだろう。ハニーが地球人以外を選んでしまったミスについて、まさか地球にこんな形で紛れ込んでいる異星人がいるというのは意外が過ぎるので、これまた事故として処理された。


「どうしてポイラッテが不足したエネルギーをチャージできたんだ?」

 と、烈人れつとが問うとセルジオが解説してくれる。


「ポイラッテのモチーフアニマルはハムスター溜め込む者。彼はメンバーの中で不足するエネルギーの電池の役割も果たせるのだ。」


 ポイラッテが笹山に対して嫉妬エネルギーを膨大に発生させて蓄積した結果、それを欲するハニーに自動チャージされ、彼が喋る事が出来るまで回復する事が出来たらしい。偶然だが笹山は良い仕事をしていた事が判明したので、青年は前髪を払いながら「ふっ」と笑ってみせた。さっきまで気絶してたくせに。


 ハムスターの名前の由来が予想外にカッコよかった事にテンションが上がり、これまで会議という形に臆して発言していなかったユウがずっと気になっていた疑問を投げかける。


「婚約って解消できるのかな。俺、できればマジカルヒーローを辞めたいのだけど……」


 ポイラッテが目をそらし、彼以外の全員が目を丸くして同時に「婚約って?」と言った。

 まわりのおかしな雰囲気に戸惑いつつも、最初の契約の状況を語って聞かせると、烈人れつとは爆笑するし、笹山は頭を抱えるし、ジョンは蒼白である。


「マジカルヒーローの契約は、条件の提示と了承だけで成立する。婚約とか……接吻とか……ピチュ」


 渋い声のアルフォンスが、小鳥の鳴き声で噴き出した。

 口を開けて茫然とするユウだったが、そろりそろりと部屋から出て行こうとするポイラッテに気付くとすぐに首の後ろをひっつかみ、いつものように手刀を叩き込んだ。


 この「実は婚約とキスは特に必要なかった事件」のせいで、ユウはマジカルヒーロー脱退というメインの要望が有耶無耶になってしまっていた事に翌朝になってから気付く事になる。


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