第2話 ポイラッテの正体


 荷物と共に、ベッドに向けてポイラッテを投げ置く。


「荒っぽい!」


 ボスっとベッドにめり込む音に重なる抗議の声を無視し、ユウは制服から部屋着にしている黒いジャージに着替える。Tシャツはグレー。なんだかんだと黒は好きな色である。


「それで? 詳しい話っていうのは」


 ポイラッテはベッドに転がったままぶーぶーと膨らませていたほっぺをシュッっと引き締めて、つぶらな黒い瞳を細める。


「変身の原動力は君の持つ夢の力なんだけど、武器については僕の力を消費するんだ。二人の協力が必要なのはそのためだよ。身体能力は変身する事で得られるけど、妖バグの硬い外殻を切断するには地球上の物質では無理だから」


 今まで何の銃火器も通じなかった事実に思いを馳せる。

 しかしそのような生物に通用する力を持つポイラッテが、何者なのかも同時に気になった。


「そもそもポイラッテは何なの? ハムスター星人?」

「この身体は評議会によって作られた合成生物体なんだ。地球人が親しみやすい形状とビジュアルに作ってもらっている」

「親しみやすい……?」


 体を見せびらかすようにセクシーなうっふんポーズを決めている目の前の謎生物を、改めてまじまじと眺める。ファンシーなピンクと水色というカラーリングにハムスターのような形状、そして天使の羽根。地球人というくくりより、小学生女児に親しまれそうな雰囲気を醸し出している。きゅっと首をかしげる仕草は可愛らしいとはいえるが。


「そのビジュアルと声のギャップは何なの?」


 ファンシー巨大ハムスターはとてつもないイケメンボイスである。この声でイメージするのは長身長髪エルフ耳のクールな敵参謀だろう。恐ろしい敵として主人公の前に君臨するが、最後の最後でいい奴になるタイプ。今の際に重要な情報を教えてくれたり、場合によっては仲間になるという感じの。


「これは僕の地声だよ。本体は母星にあるんだ。精神を合成生物体に収め、どの惑星でも生存と活動が可能になっている。本体だとこうはいかないからね」


 よいしょと勢いをつけてポイラッテは体を起こすと、少し遠い目をしながら切なげに語りはじめるが、その姿と声のギャップは相変わらずだ。


「僕たちは地球人のために精一杯頑張るし、成果が出せれば出世もできる。これは地球でも同じだから理解してもらえるかな? とにかく僕たちは、現在進化して支配者となってる君達地球人の立場を、妖バグが出現する以前に戻す事だ」


 そして少し照れたように頬をかく。


「この任務が終わったら、僕、結婚するんだ……!」

「お、おめでとう?」


――それは死亡フラグでは?


 と思ったし。


――俺、おまえの婚約者にされてなかったか!?


 とも思った。


 

 お互い、次の言葉が出ない微妙な空気が流れ――ユウは次の句が継げなかっただけだが、ポイラッテは脳内で新婚旅行プランを立て始めていたからだ――静寂に包まれていたユウの部屋に、突如突き上げて来るような振動と爆音が響き渡る。


「!?」


 この振動には覚えがあった。

 先ほど戦った妖バグが現れた時と同じだからだ。間近ではないがここからはそう遠くない場所。方角は……母がパートに向かったスーパーマーケットのある方向だった。


 窓から慌てて外を見ると、まさしくその位置付近から土煙が立ち上っているのが見える。


「えっ、もしかしてまた妖バグなのか!?」

「今日の二匹目は君が倒したのだから、そうなると三匹目かもしれない。なんという事だ、僕たちは相当に出遅れてしまったようだ」

「あれも倒しに行った方がいいのか?」

「……それは、できない」


 悔しそうにポイラッテは俯く。


「君が変身できるのは地球時間一日一回なんだ。そして僕の力は君が変身しないと貸す事ができない。つまり今日はもう、僕たちに出来る事はないんだ」


 そう語るポイラッテの声をかき消すように、爆音が続く。


「あの状態を見逃せっていうのかよ!?」


 倒せる事を知ってしまえば、蹂躙され破壊される町をそのままにする事に胸が痛む。これまではまるで他人事だったが、自分が動ければ人が救えるのに、動く事が出来ないというのは、想像以上に心の負担となった。


「だめだ、俺は行く」

「ユウ! 君が行っても何も出来ないよ」

「母さんの働いている場所が近いんだ。せめて母さんが無事かどうかを確かめたいんだ。ポイラッテはここにいて」

「だめだユウ! 行っちゃいけない」


 ポイラッテの静止を振り切って少年は玄関から飛び出して行く。疲労のあまり浮き上がる事のできない彼は、ユウの後姿を見送るしか術がなかった。

 

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