第9話 嘘だったらどうする?

 青山恋陽と二人きり。

 桜の花を見ながら、一緒にお弁当を食べるなんて少し前の俺が聞いたら嬉しくて涙を流すだろう。

 だけれど、青山恋陽は人妻だ。

 そう、俺は聞かなければいけない。

 そのためにここにいるのだ。


「なあ、お前って本当に結婚してるの? 名字変わってないよな?」


 俺が思いきって絞り出した言葉に、青山恋陽は一瞬びっくりした顔をしたあと、微笑んだ。


「結婚してるって嘘だったらどうする?」


 ちょっと悪戯っぽくて可愛かった。

 もし、嘘だったらどんなに嬉しいだろう。

 この目の前で笑う可愛い女の子が誰かのものじゃなくて、自分にもチャンスがあるならば。


「嘘だったら……嘘だったらって……」


 だけれど、俺は言葉を濁す。

 例え、結婚しているというのが嘘だとしたら、なぜ俺にそんな嘘をつくのだろうかと考えてしまったから。

 告白をしてその場でそんな嘘をつくならば俺のことを拒絶しているのだ。


「嘘だったらどうする?」


 青山恋陽はそういって俺の唇に触れた。

 細い指先がそっと俺の唇を撫でる。

 思ったよりも冷たい彼女の指で俺の唇が熱さが強調されるようで恥ずかしかった。


「青山はそんな嘘つかないじゃん……」


 彼女の指を振り払うようにして俺はあらためて絶望的な現実を自分につきつけた。

 そう、青山恋陽は告白を拒絶するために嘘をつくような人間じゃない。しかも、突拍子もない馬鹿みたいな嘘を。

 だから、青山恋陽が結婚しているというのは紛れもない真実なのだ。


「……ふーん」


 青山恋陽は一瞬驚いた顔をしたあと、さっきまでの悪戯っぽさを消し去った笑顔を浮かべた。

 完璧な美少女スマイルというのだろうか。

 こうやって、青山恋陽とすごしてみて分かったのだが、それは彼女の仮面だった。

 外向きの顔というのだろうか。

 推理小説で言えば犯人が暴かれた瞬間のような緊張感が漂っていた。


「でも、分からない。結婚しているというのが本当ならば、どうして青山の名字のままなんだ?」


 青山恋陽の方を見ると俯いていた。両手はぎゅっと親指を内側にして握られていて、真っ白で彼女の手には白以外の色がなかった。


「名字は変わったけど、学校にお願いしてあと一年だし前の名字を使わせて貰っているの。高校生が結婚しているって知ったら風紀的にもよくないからと学校側もあっさり認めてくれた」


 青山恋陽の声はなぜかふるえていた。

 青山は話し続ける。


「本当はね、結婚なんてしたくなかった。こうやって青山って呼ばれている瞬間は私は前と変わらない存在でいられるんだ……。結婚なんてしてなくて今まで通りの高校生活を送る私であり続けることができるの……だから、私が結婚してるって皆には内緒にして……お願いっ……」


 青山が「お願い」という言葉をしぼりだしたのと、涙が一粒地面に落ちたのは――同じ瞬間だった。

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