Ⅱ 暴海賊の頭

「――俺がフランクリン様だ! 憶えとけやコラっ!」


「ごはっ…!」


 今日もまた一人、路地裏でたむろしていたゴロツキの一人がドラコに殴り飛ばされる……。


 海賊の島でまずドラコが行ったことは、ケンカに明け暮れることだった。


 いや、なにも最初からそうしようと思っていたわけではない。


 海賊としてやっていくに当たり、船乗りとしての経験はすでに充分積んでいたし、また誰かの下につくというのも嫌だったので、とりあえず仲間を集めて自前の海賊団チームを立ち上げようと考えたのだったが、なにせあの俺様な性格だ。


 同じような年頃の、血気盛んな若者達に声をかける度に、当然、ケンカとなって腕づくで舎弟とする羽目になったのである。


 だが、ケンカに自信のあるドラコはそのやり方で次々と手下を増やしてゆき、すぐに小規模な不良グループを形成するに至った。


 その頃には子供っぽいので坊主頭もやめ、黒髪を伸ばすとポンパドール&リーゼントに固め、服装も背に〝赤いドラゴン〟の描かれた黒革のジャーキン(※ベスト)を素肌の上に羽織り、だぶだぶのオー・ド・ショース(※半ズボン)を履くといういかめしいものに変えていたが、その凶暴さと背中の〝ドラゴン〟から、巷では〝悪龍〟の異名で恐れられるようにもなった。


 ちなみにいつの頃からか名乗り始めた〝ドラコ〟という姓も、このドラゴンを意味するものである。


 しかし、そうして名前も売れ出し、ちょっと調子に乗っていたある日のこと……。


「――おっさん、あんたがあのウォルフガング・キッドマンか? ちょっと俺のタイマン買ってくれよ」


 肩で風を切り、一味のメンバーと大通りを闊歩していたその時、偶然にも大物海賊の引き連れていた一団に出くわすと、あろうことかその海賊の頭目に無謀にもケンカを売ったのだ。


 ウォルフガング・キッドマン……その髭面の左眼に眼帯をし、黒のジュストコール(※丈の長いジャケット)に三角帽トリコーンを被った大男は、このトリニティーガーでも一二を争う実力を持った大海賊であった。


 だが、調子に乗っているドラコはそんなキッドマンを打ち負かし、さらに名を上げようと考えたのである。


「あん? ずいぶんと血の気の多い悪ガキだな……ま、買ってやらんでもねえが、どうなっても文句なしだぜ?」


「上等だコラっ!」


 ポカンとした顔で、至極迷惑そうに答えるキッドマンに対し、早々、ドラコは殴りかかったのであるが。


「オラ! オラ! オラ! オラぁっ…!」


「…ごふっ! ……がはっ…!」


 高速で太い両腕を振り回すキッドマンに数十発の強烈なフックを浴びせかけられ、一瞬にしてドラコはタコ殴りにされてしまう。


 ただのチンピラであるドラコとはハナからレベルが違ったのだ……。


「――どうも、すいませんでしたぁーっ! これからはオヤジと呼ばせていただきやす!」


 呆気なく完敗したドラコは土下座して詫びを入れると、それ以降、この大海賊に憧れを抱き、自身の目標とするようになった。


 また、それが契機となっておかでのケンカ三昧から主な活動の場を海へと移し、ドラコはいよいよ自慢の〝ヤットスリップ〟を使って海賊行為を始めた。


 他のメンバー達も見よう見真似で三角帆ラテンセイル付きに改造したカスタム小舟ボートを使い、キャラックやガレオンのような大型船ではなく、小さな舟の集団で襲いかかる方式の海賊である。


「――暴海賊・・・、チーム・ドラコ参上! タイマン張る度胸のねえヤツはとっとと金目のもん出せやコラ!」


 島嶼海域(※小さな島が点在する海)を行くキャラベル(※中型船)のエルドラニア商船へ高速の〝ヤットスリップ〟で近づき、単身、真っ先にその甲板へ乗り込んだドラコは、トゲトゲ付きのメイス(※鉄製の棍棒)片手に脅しをかける。


「へへへ…痛い目に遭いたくなかったら、さっさと降伏しな」


「俺達の頭は気が短けえんだ。早くしねえとメイスでミンチにされっぞ?」


 遅れてメンバー達も続々とキャラベルへ乗り移り、ドラコ同様の黒革のジャーキンにだぼだぼのオー・ド・ショースを履いたバッドボーイ達が、あれよあれよという間に狭い甲板を占領した。


「あ、悪龍だ……悪龍の一味だあぁぁぁーっ!」


「た、助けてくれぇぇぇーっ!」


 メンバーの一人が掲げる黒地に〝赤いドラゴン〟の海賊旗を見ると、キャラベルの乗組員達は恐怖に引き攣った顔で逃げ惑い、中には海へ飛び込んでしまう者までいる。


 如何せん小舟のために大型のガレオン船ようなデカい獲物は襲えなかったが、その機動力と持ち前の勇猛さで次々と襲撃を成功させてゆき、時を置かずして話題になると、サント・ミゲルを拠点とする商人達からも恐れられるようになっていたのである。


「へへへ、チョロいもんっすねえ、ドラコの兄貴」


「おうよ。いつかはキッドマンさんを超える大海賊になって、このドラコ様が天下を取ってやるぜ!」


 金目の物をすべて自分達の小舟ボートへと移し、エルドラニアの警備艇などが来る前に立ち去さろうとするその帰路で、並走する子分の言葉にドラコも気をよくしてデカい口を叩く。


 そうしてドラコの一味はトリニティーガー島でも一目置かれる新興勢力へと急成長を遂げていったのであるが、どこの世界でも出る杭は打たれるというものである……。


「――最近、フランクリン・ドラコとかいうガキが調子こいてるようじゃねえか。こいつはちょっとシメとかなきゃいけねえなあ……」


 トリニティーガー島の外れにある、無数のスクラップ船が廃棄された誰も近寄らない船の墓場……50名余りものガラの悪い手下達の前でそう嘯く、白のジュストコールにだぼだぼのオー・ド・ショースを履いた赤い巻毛頭の青年の名はノベンタ・オーサン。ドラコ達よりも一世代上の不良達で構成される海賊の一味〝バルトロメウス団〟の頭である。


 同じ海賊の新興勢力として、成長株のドラコ達をライバル視すると、大義名分も何もなく潰しにかかってきたのであった……。

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