童話パロディ作品

千求 麻也

バッヂ売りの少女

 とある荒廃した世界のある街角で「マッチはいかが」と凍えながら、道行く人々に声を掛けるみすぼらしい少女がいた。


 雪の降りしきる寒い晩にも少女は一人、籠に入ったマッチ箱を売り続けていた。

 マッチ箱の中には軍や警察、政治家などの様々な偽造バッヂが入っていた。


「マッチはいかが」と呼び掛ける少女に、コートの襟を立てた男が近づいてくる。

「赤のマッチをくれ」

 少女は赤色のマッチ箱を手渡す。

 今度は別な男が近づいてきて「青のマッチをくれ」と言った。

 たまに本当にマッチが欲しくて買っていく人もいたが、その時は真っ白なマッチ箱を手渡し、少女は僅かばかりの小遣いを手にした。


 どこからか、肉の焼ける臭いがする。嫌な臭いだ……少女は自分のマッチが使われていなければ良いと思った。


 そうして、少女は偽造バッヂが入ったマッチ箱を全て取引相手に渡し終えた。

 色のついたマッチ箱が無くなった籠の中を見て少女は、もうこの世に自分がいる場所も無くなったのだと思った――


 少女は以前、祖母と二人で幸せに暮らしていた。

 祖母が亡くなって身寄りの無くなった少女を、父親代わりとして偽造バッヂ製作者の男が引き取った。

 その男は、少女をアジトに閉じ込めて一歩も外には出さなかった。そこには同じような境遇の少女が他に何人もいた。

 アジトに閉じ込められた少女達は、初めてマッチを売りに外の世界へ出された日以降、もう戻って来ることは無かった。

 

 ――少女は手にした僅かばかりの小遣いで、同じように凍えていたホームレスの為に、暖かいミルクを買った。

「んなもんいらねえよバカヤロー! 酒持ってこいよ!」

 ミルクの瓶を持った少女の手は払いのけられ、ミルクが塀に飛び散った。

 どこからか、みすぼらしい犬がやってきて塀を伝うミルクを舐めた。それは少女がその晩そこで見た最後の光景だった。


 後ろから近づいてきた男に袋を被せられて、少女は連れ去られていった。


「おばあちゃんのとこへ行けるかな……」

 少女が袋の中で呟いた。


 その声は、少女を連れ去る男が聞いた最後の声となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る