悪役令嬢ランナウェイ その12

「準備はよろしくて?」

「私はいつでも」

「打ち合わせ通りに行きますわよ」


 なず先輩の腕の中というジェットコースターに乗車。内臓が右へ左へあっちこっちに揺られ、喉元までこみ上げてくる吐き気。三半規管の作りは芹もカトレアも変わらないらしい。

 喉元までせり上がる胃液にさえ目を瞑れば、学園に楽々と侵入成功。警備は多かったけれど、無駄に敷地が広いこともあり薄い。魔法か何かで侵入者を感知。敷地が広い分複雑な仕掛けは難しい。だからこそ警備の人員で補っている。それも、なず先輩が相手じゃ分が悪い。カトレアが、ちょちょいと魔法を使うだけで感知の網に穴を開けて、そこから入り込む。

 潜入するや否や、チンピラさん達をボロ雑巾にした時なんかとは比べものにならないくらいの速度と手際で、進んでいく。警備に見つかりそうになった瞬間に意識を刈り取っていくなず先輩。なんと、私を抱えたまま。抱えられている立場だから口には出さないが……足癖、悪すぎ。


『本当に、いつも通りに学校やってるんだ』

『休みにでもしたら一人の小娘に屈した……そう、思われるのが癪、なのでしょうね。貴族というのは自尊心だけは強いと相場が決まっておりますから』

『そーいうもの、かぁ……それをカトレアが言うんだから変な気分』

『わたくしの自尊心は裏打ちがありますので悪しからず』

『自分で言うんだ』

『他でもない自分だからこそ言えるのですわ』


 芹が知っていたカトレアの情報。ゲームでの描かれ方は徹頭徹尾、憎まれ役。一本、芯は通っているけれども内面の描写なんて殆ど無い。自尊心の特別強い貴族だと思っていた。実際は、ドライというか現実主義。自分の中で筋道が立った理屈に対して、自信を持っている。

 気付けば、ゲームの中で何度も見た教室の前へと辿り着いていた。教室の周りを護衛する衛兵は強制睡眠魔法……通称、なず先輩パンチによってぐっすり夢の中。夢見は悪そうだった。

 教室の中にターゲットが居るのは確認済み。リーナの周りには護るように、王子達三人衆。

 さぁ、いざ突入。とカトレアが深呼吸を一つ。魔力を練り上げようとする……のに、主導権を引っ手繰る。


「なず先輩っ、ちょっとだけカトレアと追加の作戦会議しますっ」


 それからビシッと手を挙げて待ったを掛ける。


「りょーかい」


 嫌な顔せず、芹に笑いかけてくれるなず先輩。こんな時でも変わらない、不敵な笑顔がカッコイイ。これがどうして普段は喋るのが苦手なのに、高圧的な相手に対してエンジンが掛かりすぎてしまう両極端な性格になってしまったのだろうか。なず先輩七不思議。


『ねぇ、こんな時になんだけど……こういうのって、試せない? 確か、カトレアの得意属性って風だったよね』


 カトレアに相談したのはバカらしい提案。出来るかどうかも分からない過剰演出。やる必要があるのか、と言われれば特にないかもしれない。


『出来なくは無いでしょうけれど、魔法というのは精神力と集中力に依存しますのよ。ですから、常時発動型は繊細。ジッとその場で魔法だけに集中するのなら兎も角……動いて喋りながら、セリさんの言う魔法を実行するのは普通に不可能だと思いますわ』

『でも、でもさ。今の私達って普通かな……?』

『その心は?』

『一つの身体に二つの意識。不便なだけじゃ無くて、上手く役割分担できる、と思うんだけど……』


 芹のプラン……というよりも思いつき。返ってきたのは大きな溜め息。


『思いつくならもう少し早くにしてくださればいいのに』

『それは、そうだけど……で、でも、こういうのは勢いが大事でしょっ』


 この世界における魔法に関する詳しい説明はあまりない。よくあるファンタジー世界の魔法的なテンプレートに則っているため具体性は乏しい。マナがどうだとか、精神力がこうだとか。難しい魔法であればあるほど難易度が高い。精神力を消耗して魔法の方程式……言うなれば魔法程式を素早く組上げる技術体系の一つ。学問の一つだと、説明がある割には精神力という曖昧なモノを消費するありふれた設定。

 現実として学んでいるカトレアから体系立てて教えて貰うのも楽しそうだけれど……今は、そんな時間が無い。

 逆転の発想で葛代芹という異物が混入したことによって、曖昧な法則を悪用できないかと、アイデアにも満たないような思いつき。もし出来るのだとしたら、やらない手はない。ハッタリなんてトコトンまで貫き通すもの。


『任せっきりなんて、イヤだから』


 仲間はずれだとか、何もしていないことに後ろめたさを抱くとか……そういう理由も確かにあるけれど芹の中に渦巻いていた、靄はそれだけじゃない。


「流されるままの自分は、押し入れの奥で眠っていて貰わないと困るんです」


 切っ掛けをくれた先輩が傍に居る。目立ちたがり屋の出しゃばりと誹られようとも芹は自分の足と手を使って足掻きたい。必要だから、正しいから、じゃなくて。

 自分自身で納得したい。ただそれだけ。


「ずっと思ってたんだけど、芹にうちの隊則、教えたことあった?」

「隊則かどうかは分かりませんけど……大好きな言葉なんです。なず先輩が教えてくれたんですよ」


 なず先輩と目を合わせる。頭に浮かんだ言葉は、あのとき言われた言葉と一言一句違わず一緒。


「自分の手綱は自分で握りなさい……って」

「そんなこと言うの間違いなく、私でしょうね」


 一瞬の間を置いてから、どちらともなく笑い出す。くすくす、と。

 突然の無理難題を押し付けられたカトレアも、呆れ混じりに主導権を完全に手放した。


『その言葉に嘘偽りがないのであれば演じきって魅せなさいな。丁度。えぇ、丁度今し方、演出家をやってみたくなったところですの。わたくし、ワガママですから意見は変えませんから?』

『ふふっ、ありがと』

『何に対してのお礼かは分かりませんが、今は両手がいっぱいで受け取る余裕はありませんの。後にしてくださる?』


 今、ハンドルは芹が握っている。

 任せっぱなしじゃない。私は自分の意思で足掻く。身体も服も演出も、全部が借り物だったとしても主役だと言い張ってやる。


「んっ、んぅ……さぁ、行きますわよ」


 咳払いを一つ。一緒に居た時間は一日にも満たない。けれど、身体一つに乗り合わせたから、なりきるのなんて朝飯前……と、信じる。芹がこの世の誰よりもカトレアという人間を理解しているのだと。


 零歩。深呼吸。酸素と一緒に、得体の知れないモノが、身体の内側に集まって渦巻いていく。

 一歩。轟ッ、と足下から風が吹き出る。ドレスが揺れ、髪がバサバサと乱れる。

 二歩、吹き出た風は止まらない。身体に纏わり付く。風自体が一張羅のドレスのように。

 三歩、この身体は、風の塊、動く嵐。コントロールは全部、任せっきり。


「ハッ、ふぅ……!!」


 突然。何もしていないのに、降り注いだ精神的疲労に思わず苦笑い。魔法を発動させているカトレア。ぶっつけ本番、張り切りすぎて、芹の精神力まで持って行っている。これが、精神力を持って行かれる、という感覚。前触れなく、半日のテストを追えた後のような疲れが頭の中を圧迫。それが塊として連続で発生する奇妙な感覚。たった数秒だけでこの疲れ。何十分も発動していたら、普通に気を失うのも納得。

 文句を言おうとして、やめた。無茶振りをしたのは芹だから、これくらいの負担は甘んじて受け入れないと笑われてしまう。


『面白い事が分かりましたわ。心して聞きなさい』

『二人分の精神があるからそのまま出力二倍……みたいな希望的観測は甘かったってこと?』

『いいえ。上手くいっています……上手くいきすぎて、気持ち悪いほどに』


 魔法の発動に必要なのは究極的に言うと精神力のみ。難解な魔法ほど集中を要する。故に、戦闘時には単純且つ効果が見込める強化魔法や防御魔法を磨いていく。複雑な数式をスポーツしながら解き明かすのが難しいように。

 そこで二つ。今の芹とカトレアの状態であれば、出来るのでは無いかというズルを提案した。

 一つが役割分担。魔法の発動をカトレアに任せて、主導権を握り身体を動かし演技を芹が担う。

 もう一つが精神が二つあるのであれば、精神力も二つ。単純に出力やリソースが倍になるんじゃないかということ。

 含みのあるカトレアの言い方に、ほんの少し、身が固くなる。


『二人分の精神力を使った魔法ですが加算では無くて、乗算になってしまっています……可能な限りコントロールはしますが……制御しきれるかどうか分かりませんので、あとはそっちでなんとかしてくださいな』


 思わず、口の端が上がった。ぶっつけ本番のトラブルが芹達の追い風。緊張と重なって、ハイに。


『それ、最高!! 晩御飯が焼肉の時の十倍は嬉しいかもっ』

『薄切り肉を焼くだけの料理と比べられても困りますわ』

『食べたことないクセに』


なず先輩が目を少しだけ丸くして、パチクリ、瞬きを数度。ほんの少し驚いたみたい。カトレアと二人、してやったり、と感情がハモる。芹たちのしたり顔を見て肩を竦めたなず先輩は、そのままフェイスシールドを展開。流れるように戦闘モードへ移行。自然体なのが頼もしい。

 本を数冊も持てば折れてしまいそうなカトレアの細い腕。そこに纏わり付いた風の槌は、なんでもかんでも吹き飛ばしてくれる。確信すらあった。

 思い切り右手を振りかぶる。空気の流れが肌の上を走り回り、ビリビリと窓や扉……果ては、建物毎揺らす。


「せいっ!!」


 武術も格闘技も何も囓ったことの無い渾身の拳。

 爆砕音ととも、扉が目にもとまらぬ速度で吹き飛ばした。。

 歩く。優雅に。

 一瞥する。見下すように。

 旋嵐風が扉の破片を巻き上げて、教室の端まで吹き飛び……その先の壁までまとめて吹き飛ばしていた。

 海鳥が一斉に飛び立つような悲鳴も、一息で嵐に巻き込まれて消える。

 殴りつけた扉は真正面、平行に吹き飛び、教卓も巻き込まんで教室内をピンボール。突然のこと、尻餅をついていた教師の一人が立ち上がろうとするのと同時、右手を振るう。爆発するかのように放たれた旋風。壁に叩きつけられた教師は呆気なく昏倒。

 大きな舞台に上がり、心臓が、バクバク。五月蠅い。

 全員が初めましての中で自己紹介をするような。音楽のテストでクラスメイトの前で独唱する時のような……そんな緊張を二十段階くらい引き上げた凄いバージョン。

 でも、一人じゃ無い。憧れの先輩が助演、行きずりの相方が演出をしてくれる。


「ごきげんよう」

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