悪役令嬢ランナウェイ その2

「度胸があるというか、なんというか」


 公爵家……その一室に三人は居た。もっと正確に言うと身体は二つで意識が三つ。

 状況整理をすることに満場一致だったのはいいものの、あの場所は誰の目があるかも分からず安全なのかも不明で落ち着かない。と、いうことで落ち着ける場所に移動……しようとしたが、なず先輩も芹も土地勘がない。カトレアに聞いてみても、為政者になる者として街の構造は把握しているけれど、宿なんて知らないと、バッサリ。

 公爵家に帰れば土地勘もあるとカトレアは提案するも、逃げ出してきたのにそんな分かりやすいところに駆け込むのもどうかとは誰しもが思い当たる。公爵家になれば、居場所は直にバレるのは間違いないが、一も二もなく襲撃されることはなく、ある程度、正規の手順で家を訪ねてくる。それになず先輩の機動力があれば、来たのを察知してから逃げ出すことも可能だということで、公爵家に戻ることとなった。

 なず先輩に抱えられて、ざっくりとしたカトレアのナビを頼りに、なんとか公爵家まで到着。そこからは、身体の主導権……ハンドルを一時的にカトレアに。

 衛兵からの質問も、心配の言葉も全て切り捨ててだだっ広い家の中へ。

 侍女さんや執事さんにも『放っておいてください。替えは幾らでもありますのよ』とスッパリ切り捨てたりしながら、部屋に戻る超絶パワープレイ。怪しい行動も、一人で帰ってきたという不可解も、権力のごり押しで捻じ伏せる。最後には、部屋に近寄ったら問答無用で暇を出す……労働契約法も真っ青のパワハラ理不尽。使用人さん達が可哀想

 因みに、なず先輩は謎ステルス機能を使って、こっそり後を着いてきている。


「とりあえず戻ってきた、のは良いけど……あんな、威圧的な態度を振りまいていたら嫌われるのも当然だよ……」


 ベッドに、ポンッ、と飛び込んで身体を預ける。フカフカすぎるビッグベッド。ベッドシーツも、部屋の中の全てがピカピカの新品みたいになっていた。たった、数時間空けただけなのに。まるでホテルみたい。


『上には上に立つモノとしての振る舞いがありましてよ。隙を見せず、情を零さず、淡々と』

「だからって……」

『それに給金はそれなり以上に渡しています。それなり以上の仕事をしてもらうのは当然の話です』


 あれから幾つか分かったことがある。

 まず、この二重人格状態の主導権はどちらかと言えば芹にあると言うこと。カトレアも頑張れば表に出られるが、ずっと出ていると凄く疲れるらしい。反面、芹は表に出ていても疲れないし、集中力も使わない。『わたくしの身体なのにどうして』なんてゴネて居たけれど、そんな事、芹だって知りたい。


「あー、芹? カトレア? 話してもいい?」

「あっ、だいじょ」

「さっきから、デイホワイト公爵家の令嬢に対してずいぶん不敬ですわよね、アナタ」

『ちょっと!! いきなり出てこないでよっ……っていうか、私もなず先輩も、別世界の人間だって説明したでしょ』

『知ったことではありません』


 喋っている途中で高慢ちきが有頂天まで達したカトレアが、主導権を無理矢理奪ってなず先輩を見下すように言葉を吐き捨てる。眉を顰めたなず先輩。背筋に冷たいモノが走る。芹の背筋では無いけれど。頼むからなず先輩を怒らせないで欲しい。


「そっちが公爵令嬢なら、私なんて女子高生よ」

「ジョシ、コウセイ……?」


 なず先輩は立ち上がり、堂々と腕を組んで仁王立ち。つよそう。


「私達の世界における叡智の果てに達した者のみが与えられる称号よ。人間という種が、失敗、淘汰、繁栄、滅びを繰り返し繰り返し、千万那由他の刻と死体の果てに、神々から人類種が自立するまでに至った技術体系を学び、血肉の糧とすることを許されたモノにだけ送られる肩書き……王子や国王なんて、比べものにならないほどの肩書きね」


 嘘八百にも程がある。ファミレスで店員さんに注文するのも苦手だと言っていたのにカトレアに対しては一切、物怖じしていない。偉そうで傲慢なタイプにやたらと強い。敵であったり不躾であったり失礼な相手にばかり強い。反骨精神の擬人化みたいな先輩だ。


「な、なるほど。それならば、その態度、技術も納得できますわね……」


 あまりにも堂々とし過ぎていたから、カトレアはすぐに信じ込む。


(意外と純粋なんだ……)


 と、内心呟くと、その思考を拾われる。もの凄い勢いで、頭と頬に血が上っていくのを感じて、慌てて、主導権を奪い返す。


『ちょっとっ、返しなさい!! その大嘘吐きに一言、言ってやらないと気が済みませんっ!!』

『もー!! 話が進まないから、引っ込んでてっ!!』


 慣れてきた内線での会話を駆使して、カトレアを宥めた。


「なず先輩、とりあえず、情報共有しましょう」

「そうね……私の持っている情報が多分一番多くて長いと思うから、最後にした方がいいと思う。きっとパンクしちゃうから。あと、疑問質問は小出しにしてたらキリがないから、みんなが話しきってからにしましょ」

「はいっ……って、言っても私自身も分かってないことばっかりですけど」


 芹が持つこの世界の情報は役に立つはず……と、知っている範囲で、可能な限りかいつまんで話した。

 この世界が、あるゲームの世界そのままであること。どういうゲームで、どれだけの登場人物が居るのか。この先に訪れる内紛や、争い、流れる血のこと。言い辛かったけれど、カトレアもまた、争いの中で命を落とす一人であること。内心に居るはずのカトレアは、その話を聞いても、驚く程静かだった。


「なるほど。ゲーム原作って言ってたけれど随分、内紛とかで物騒な世界観なのね」

「意外とシビアなのがこのゲームのウリですから」

「へぇ。ただのアドベンチャーゲームって感じじゃないのね」


 そう、何を隠そう芹の知るこの世界……ただの乙女ゲーではない。主人公と、王子を始めとする学園生徒でのシミュレーションゲームが原作。メインメンバーは固定だけれど、サブキャラクターは前半の学園生活パートで親交を深めることで、後の紛争パートで仲間になったり敵になったり……そういうシステム。SRPG要素もある硬派ゲー、なんて言われていたりもする。ゲーム部分の出来がやたらと良い。

 芹の横に腰掛けたなず先輩。部屋はだだっ広いのに距離がやたらと近い。なず先輩がゴテゴテとした装備を身に纏っているから、触れられないのだけは残念。


「大方の背景は理解……それで、喧嘩を売ったのが面倒な相手だってこともね。今頃、血眼になって私たちを捜してるんでしょうね」

「そうですね……でも、なず先輩って、相手が王子達だって知ってても同じことしそうです」

「でしょうね」


 眉間に皺を寄せては居るけれど、瞳は変わらず光を携えたまま。絶望感なんて微塵も感じさせない。


「カトレアに変わりますね」

「りょーかい」


 内心で黙りこくっているカトレアにハンドルを押し付ける。主導権は芹にあるから、渡すのも奪うのも、それなりに融通が利く。


「わたくしに関しては、あまり新しい情報は期待しないでください。貴族の学園においての、勢力図についてや、この国を取り巻く情報であれば幾らでも話すことが出来ます……が、この特殊な状況に関する情報は恐らく一番少ないはずです」


 てっきり、なず先輩に文句をぶつけたり、隣に居ることに文句を並べたり、ベッドに座っていることに愚痴でも零すかと思っていた。けれど、ゆっくりと語られた言葉選びは静かで、抑揚もない。

 語られた内容は、大凡、芹の知っている内容と合致する。プレイヤー視点と主観の差による温度差は大きかったけれど。答え合わせをするように、知識と一致していく。そして、確かに、このカトレアという少女は、公爵令嬢で、この世界に生きているのだ、と。

 ただ、一点、意識が戻った情報に関しては、新情報、だった。


「詰まるところ、ずっと夢を見ているかのような曖昧な状態だった。けど、路地裏で私が帰ろうとした行為から、ハッキリと目覚めたってことね」

「えぇ。その認識で間違いありませんわ」


 そのまま、ぽてん、とベッドに仰向けになるカトレア。自然、芹から見える景色もベッドの天蓋になる。芹の知っているカトレアというキャラクターは、プライドと誇りの超高濃度圧縮令嬢。気の抜けた態度をするなんて……ゲームの中では見たこと無かった。


『わたくしだって、人間ですもの。あなた方にとっては、高々、創作物の一登場人物に過ぎなくともね。それに、あなた方に気を張っても意味が無いことが分かりましたし』


 思考が漏れたのかカトレアが内線で反応。どこか、自棄っぱちな言葉の端々。芹の情報は……中々に堪えるモノだったのだろう。身体を共有しているからこそ、嘘をついていないことが伝わってしまう。芹だって、同じように作品の中、登場人物にしか過ぎない、と言われたら、どんな顔をしていいのか分からない。


『下手な同情はいりません……話しすぎて、疲れました。少し、預けますわ』


 スパッと冷たく切り捨てられる。取り付く島もなく、ハンドルが返された。隣から、ぽすっ、と空気の潰れる音。なず先輩もまた、ベッドに仰向けに。


「仮説だけど、あの時にばら撒いた素子が原因で芹の状態が私達の世界にかなり寄ったというか戻ったんだと思う。それで、芹の下敷きになっていたカトレアが起き上がってくる隙間が出来た……けど、身体は一つ」

「それで、二重人格……というか、一つの身体に二つの意識、みたいな?」

「そういうこと」


 入れ替わり、立ち替わり、どっちが表に出ているか混乱していたなず先輩だけれど、いつの間にか、区別がつくようになったのか、芹が出てきた途端、声が柔らかくなった。


「あの、質問は後で……って言ってましたけど、そもそも、今の話に出てきた『素子』って?」


 なず先輩は、身体を起こして、キョロキョロと部屋を見渡す。


「ペンか紙か、なにか書くものはない? かなり無茶苦茶なこと言うし、情報量も多いから要点は書き出そうと思うんだけど」


 寝っ転がっている芹に……というか、その奥に居るカトレアに聴いているのだろう。


『ドレッサーの横の棚の一番上に羊皮紙が入っていますわ』

「ドレッサー横、一番上って言ってます」

「ん、ありがと」


 なず先輩が立ち上がる。黒のコートを揺らしながら歩いて行く。金細工や宝石で彩られた家財に細緻に編まれたカーペットの上を歩いているのは、SFの中から飛び出してきたような格好をしたなず先輩。違和感が凄い。


「流石、お嬢様だわ。凄いペン持ってるね」


 なず先輩の呟きが聞こえてくる。改めて考えるまでも無くカトレアは公爵令嬢であり、ここは公爵家。全てが華美なのは当然だった。


「よいしょ」


 身体を起こして、なず先輩の方を見る。部屋に置かれたテーブルを片手……それも、テーブルの端を掴むだけで持ち上げていた。贅の限りを尽くしたテーブルは、持ち上げるのにも数人が必要なくらい重たそうだというのに。


『あなたたちの世界の人間は皆、ああなんですの?』

『いやいやいやいや……あんなの、見たことないってば』

「ここら辺かな」


 まるで、文庫本を持ち運ぶかのように軽々と、ベッドの傍にテーブルが置かれた。


「それじゃ、細かい部分は省略して、掻い摘まんで説明するわね」

「は、はいっ」


 ツインテールを携えて、真剣な顔をするなず先輩。可愛らしい顔立ちの人が、目を細めて真面目な表情をすると、もの凄く、目が惹かれる。


 そこからのなず先輩の説明は、どれもこれもが信じられないモノだった。

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