先輩後輩ロマンシス その1

「標的撃退成功、被害者及び損害はゼロ。相手がこちらを過小評価している間に片をつけるというセオリー通り。完璧な任務遂行だったでしょ?」


 ツインテールをかきあげながら、通信機能を使って状況報告。通信機能は纏っているハイテクスーツに搭載されている装備のうちの一つ。正式名称はやたらと長いので覚えていない。

 視線の先では、一人の男子高校生が横断歩道をニヤニヤとしながら渡っている。直前まで携帯端末を見ていたけれど、よっぽど面白い事でも書いていたのだろうか。

 横断歩道の周りには車は一台も存在せず、トラックもまた、存在しない。

 人通りの少ない道、さらには建物の陰に隠れるようにして、対象の無事を確認。


『了解。よくやった……と、褒めてやるのが上官の勤めなのだろうが、上官であるが故に見逃せないというのも分かってくれるか? 鳥居菜沙小隊長。そもそも、お前に命令は出してない』


 通信先から聞こえてくるのは、上司の小言。付き合いの長い優男……戸羽伊月の声。まるで王子様のような甘いマスク通り、基本的に優しく落ち着き払っている。話も通じるし、現場も分かってくれる頼れる上司。人間が出来ていると、菜沙をはじめとした部下からの信頼は篤い。

 優しいだけでは無く、仕事はキッチリとこなし、昔馴染みでも甘やかしたりはしてくれない。通すべき筋はキチンと通す仕事人だということを、菜沙はよく知っている。

 だから、そろそろ怒られる頃合い、とは察していた。被害が無いからオールオッケー……というのは結果論でしか無く、小言は避けられないみたい。


「分かってますって。不足している装備での独断専行を都合、ひーふーみー……四回くらい?」

『分かってて嘘をつくな。今回で二十回目。いい加減、言い訳をする僕の身にもなってくれ』

「いつもありがとうございます、戸羽隊長」

『そこは、ごめんなさい、だろう。それに、もう隊長はお前で、今の僕は司令。クソみたいな博打みたいな戦い方はいい加減やめろ、肝が冷える。せめて、装備を調えてから……』


 このお小言も都合二十回目。言っていることは全く以てその通り。でも、それじゃあ、もし間に合わなかったら、誰が奴らをぶっ飛ばしてくれるというのだ。

 大きめ且つ重たいアタッシュケースを足先でつつく。つい先ほどまで活躍していた、銃やら鋸やらが合わさった簡易装備ボックス。使うときにはワンタッチでいくつかの武装を展開してくれるスグレモノ。使い終わったら、元通りのコンパクトな箱に戻ってくれるのも気が利いている一品。

 ぐっと、のびを一つ。身体の力が、少しだけ抜けた。

 ここに居ても何も始まらない。アタッシュケースとは別、突入前、室外機の陰に隠しておいたボストンバッグの中から制服を取り出して、スーツの上から着る。

 一着作るだけで都内の一等地に家が建てられるハイテクパワードスーツ。

 全身を指先までぴっちりと覆っている生地は、防刃防弾防熱防寒衝撃吸収は勿論として、光学迷彩によるステルス機能も備え付けられていて、先の戦闘行為でも大活躍。

 炎に紛れてステルスを展開。そこからの、不意打ちでなんとか仕留められた。正直、武装も心許なかったので、アレで仕留められていなければお手上げ。博打のような戦い方を止めろとお叱りを受けるのはご尤も。ぐうの音も出ない。


 菜沙の所属している組織では、あらゆるトンデモ装備が作られている。中でもこのパワードスーツは基本装備……というか、パワードスーツを着て基礎能力を向上させて使うことが大前提とされている。余談だけれど、今回持っていた小型機関散弾銃……通称、ミンチメーカーなんて、生身の人間が使えば腕が千切れるような反動。

 一先ず、ステルス機能の応用でスーツそのものの色を透過して、その上に制服。傍目には、特殊装備を身に纏っているとは分からない。見た目は、普通の制服女子高生。

 ただ、見えないだけで触られるとバレるので普段から常にスーツを着ているわけでは無い。

 ボストンバッグを肩にかけ、アタッシュケースを手に取るようにして持ち上げる。第三者からすれば普通のアタッシュケースだけれど、菜沙以外が持った日には地面へと一直線。バカみたいに重たいアタッシュケースには一体全体何が入っているのかと、問い詰められること間違いなし。


「続きは戻ってから聞きますから、一旦、通信切り……ま……」


 周りに誰も居ないと思っていたことと、先の戦闘で気が昂ぶっていたことが合わさって、不注意だった。菜沙らしからぬ、凡ミスと言ってもいい。


『ん? どうした?』


 視線の先、スーツの効果を抜きにしても、人としての機能が諸々強化されている菜沙。視力はギネス記録を超えているので、見間違うはずが無い。

 菜沙と同じ制服を着た一人の女学生が、ハッキリと菜沙を見ていた。

 バッチリ目が合うと同時、手に持っていた携帯端末を慌てて隠して、ペコリ、一礼。

 急ぎの用事でもあるかのように、慌てて、半回転。そのまま、背を向けて駆け出した。見て見ぬふりは出来ない。

 菜沙が所属しているのは、有り体に言えば、秘密組織なのだから。


「その、あー……お説教の内容、追加でお願いします」

『……いっその事、装備を取り上げようか?』


 それだけは勘弁を、と言い逃げしてから通信を切る。

 もう一度、他に目撃者がいないか周辺を見回し、逃げた少女以外は誰も居ないことを確認。一応、人払いはそれなりにしてくれているようで。ただ、それも完璧ではないのか……独りで突っ走っていたから、漏れが出たのだろうか。

 グッ、と爪先を地面に押しつけ、腿に力を込める。ぴっちりと、制服の下で全身を覆っているスーツが静かに蠕動。そして、織り込まれた人工筋繊維が歪み、バネのように、力を蓄え……

 弾けた。

 ツインテールが後ろに流され、空を舞う。走り出した瞬間に、身体にぶつかる空気の壁。それを強引に引き裂きながら、背中を向けた女学生へと一直線。一般道路の速度制限を軽く無視した速度。車両だったならば即座にお縄になること間違いなし。


「ヒッ!?」


 チラ、と振り返った彼女が悲鳴を上げた。豆粒のように見えるほど遠くにいた筈の菜沙がすぐ傍に居ることに、目を見開いて喉を引き攣らせている。

 苦笑いひとつ。そりゃあ、人間であることを疑われるような速度で、弾丸もかくやと言わんばかりに爆走してくる女、怖すぎる。

 逃げられないことを悟ったのか、その場で、ぐるり。もの凄い勢いで超信地旋回。


「ちょ、ちょちょ、っと待ってくださいっ、命だけは……!!」


 頭が取れてしまいそうな勢いで頭を下げる少女。パッと見た感じ、年の頃は変わらない。同学年、だろうか。

 常識外れな速度で追いかけはしたけれど、驚かしたいワケではない。穏便にことを進めたいだけなのに、怯えられてしまうと対応に困る。


「えっと、その、ごめんね? 別に、危害を加えるとか、どうこうしようとか、そういうんじゃなくて……あの、どこまで見てた?」


 菜沙はコミュニケーションが不得意である。殴りかかるべき敵以外への向き合いが少ない。だもんで、学校に通ってはいるものの、友達はいない。

 彼女の髪は可愛らしい癖を描いていて、睫毛も瞳もパッチリ。頬に乗った自然な赤みはチークか彼女自身のモノか。仕上げとばかりに前髪がヘアピンで上げられていて、綺麗なオデコがよく似合う。華の女子高生街道ド真ん中をひた走っている、可愛らしい少女。


「その……なんかビミョーに光ってる機械で、こう、穴を開けるとこ、とか……銃? みたいなのと一緒に入っていくところも……」

「……そこから、かぁ」


 この世界に干渉してくる存在。自称神様だったり、何かを司っている存在だったりそれら形を伴って干渉をしてくるのはまだ分かりやすい方で……意思や形の捉えられない現象としてだけ干渉をしてくることもある。そういう存在や現象総称して『外的干渉事象(アザーオブジェクト)』と呼ぶ。ただ、上層部ではない菜沙を含めた現場で使われているのは『干渉者』という通称。こっちの方がずっと分かりやすい。

 一例が、直接出向いて、転生だとかを甘言に攫っていくタイプ。オーソドックス、という言い方は語弊があるけれど、比較的よく相手にする連中でもあった。

 よく分からない武器で意味不明な行動をしていた菜沙に捉えられた少女。かなり動揺していているのか、目をぐるぐると回している。

 ここは、一つ、どうにかして落ち着けてあげないと。


「こ、殺すとか、そういうのじゃないから、安心して?」

「こ、ころっ……ころ……!?」


 少女の顔が、サァ、と青ざめていく。言葉選びを完全に間違えた、みたい。

 安心させるため……の筈が、彼女を更に怯えさせる結果に。ガタガタ、とマナーモードの携帯電話のように震える。


「あっ。ほら、同じ制服……!!」


 その場で軽く、飛び跳ねる。ツインテール、とプリーツスカートが、くる、と舞って、跳ねる。


「それは知ってます、けど……な、何もしませんか?」

「あー……」


 何かするつもりで追いかけたのだから、何もしないとは口が裂けても言えなかった。

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