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 ティーゼは自室の窓から小さな庭を見下ろして、何度目なのかわからないため息を吐きだした。


 庭では、しばらく王都の邸に滞在すると言ったテレサが、花壇に水を上げている。借金は返済したけれど、テレサの意向で最低限の使用人しか雇っていない伯爵家には、専属の庭師はいない。花壇の花はテレサが植え替えているので、ノーティック公爵家の庭のように洗練されてはいなけれど、季節の花が咲き誇る何とも温かみのある庭である。


 ティーゼの手には、テレサから受け取った貸金庫の鍵がある。


 母はイアンにお金を返して離婚していいと言った。でも、本当にいいのだろうか。さほど重くない鍵が、ティーゼの手には大きな鉛の塊のように重たく感じる。


(わたし……間違っていたのかしら)


 五年間、家族に何も言わずにいたティーゼ。母が言ったように、悩んだ時に母に相談していれば、もっと違った結果になっていたかもしれない。


 誰にも相談せずに、自分一人で抱え込んで、そして暴走して――、このまま離婚して。ティーゼは本当にこれでいいのだろうか。


 お飾りの妻はもう嫌だ。あわない公爵家の生活もつらい。……でも、この五年、ティーゼは一度もイアンに会いたいと伝えなかったし、公爵家のしきたりにあわせようともしなかった。


 公爵家で公爵夫人らしい振る舞いをしなくても許されていたのは、きっとイアンが何も言わなかったからだ。


 思うところはあるけれど、ティーゼだって悪かった。


「これで……終わりにして、本当にいいのかしら」


 鍵を見つめて、またため息を吐く。


 この鍵を使えばすべてが精算できる。ティーゼは自由だ。でも、ほしかったのは本当にこれだろうか。


 自由になりたいと思った。慣れない公爵家で、一度も会ったことのない公爵の妻として生活するのは嫌だと思った。


 けれども、念願だった自由が今まさに手に入ろうとしているのに、ティーゼの心はまったく晴れない。


 ――相談してほしかったわね。


 そう告げた母の顔を思い出す。


 相談するのはちょっと苦手だ。なんだか弱音を吐いているみたいで、自分が弱くなった気になる。……でも。


 ティーゼはぐっと鍵を握り締めると、くるりと踵を返した。

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