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専門家と言えば、医者だろう。
サーヴァン男爵が仕事へ向かった後、ティーゼは貴族街の入口に居を構える、ノーゼン医師のもとを訪れた。
今は高齢で引退したが、ノーゼン医師はかつて城の侍医を務めていたこともある名医である。そして、貧乏人には格安に診療してくれる奇特な老人で、当時貧乏伯爵家だったアリスト家も大変お世話になった。
城の侍医を引退するときに、多額の退職金を手に入れたらしいが、広い邸は管理ができないと、小ぢんまりとした家に住んでいるノーゼン医師に会いに行くと、ちょうど手が空いていたようで、少しだけ腰の曲がった白髪の老人が置くから出てくる。最近では孫娘に仕事のほとんどを任せているそうで、本人は滅多に表には出てこないらしい。
「お久しぶりです、ノーゼン先生」
診療所の奥にある応接間に通されたティーゼが挨拶すれば、ノーゼン医師は懐かしそうに目を細めた。
「久しぶりじゃの。すっかり大人になって。元気にしておったのか?」
「はい、おかげさまで。先生のおかげで、弟もすっかり元気になりました。その節は本当にありがとうございました」
ティーゼの弟は、今でこそ元気だが、昔はよく熱を出す子供だった。そのたびに、ティーゼは弟を連れてノーゼン医師の診療所を訪れていたのだ。
「それで今日は何の用事なんじゃ? 見たところ、ティーゼ嬢ちゃんはぴんぴんしておるようじゃがの」
癖なのか、ティーゼの顔色をしげしげと見つめて、「処置の必要なし」と判断したらしいノーゼン医師が訊ねる。
「先生、赤面症の治し方を知りませんか?」
ティーゼが単刀直入に訊ねると、ノーゼン医師はきょとんとして、それから小さく笑った。
「赤面症か。そういえば、随分前に同じようなことを訊ねにきたやつがおったが……、詳しく話して見なさい」
ティーゼは頷いて、サーヴァン男爵の名前を伏せて説明する。
ノーゼン医師はティーゼの話を最後まで聞いたあとで、きっぱりと断言した。
「慣れるしかないのぅ」
「慣れ、ですか」
「そうじゃ。そんなもの、病気でも何でもないからの。治療薬はない。慣れればそのうちおさまってくるもんじゃ」
「そのうちって、どのくらいですか?」
「それは知らん。人それぞれじゃからの」
それでは困る。ティーゼの給金十倍がかかっているのだ。むうっと眉を寄せて考え込むと、ノーゼン医師が肩をすくめた。
「夫婦の問題は夫婦で気長に取り組めばよかろう。あまり焦ることはない」
「夫婦?」
「できるだけそばにおって、暇さえあれば手でもつないでおればよかろう」
「……?」
ティーゼは首を傾げたが、ノーゼン医師は、ティーゼの相談事はすでに解決してしまったかのような顔で、テーブルの上に置いてあった飴の包みをティーゼに差し出した。
「ほれ、嬢ちゃんが好きじゃった飴をあげよう。何かあれば、またいつでもおいで」
「あ、ありがとうございます」
診療所に来るたびにもらっていた飴を三つもらったティーゼは、釈然としないままノーゼン医師に礼を言って診療所をあとにした。
(サーヴァン男爵は結婚していないわよね? それに、男爵の名前は出していないし……先生ってば、何か勘違いしているのかしら?)
ティーゼが飴をひとつ口の中に放り込んで診療所の外に出たとき、入れ違いで背の高い男が数名、診療所の中に駆け込んでいくのが見えた。
制服を見る限り、騎士団の騎士たちのようだ。
(そう言えば、ノーゼン先生のところに騎士の方たちがよく来ていたわよね。ってことは、もしかして、以前先生に相談しに来た方ってサーヴァン男爵なのかしら?)
だから、ノーゼン医師はあんなことを言ったのかもしれない。
(あれ? でもやっぱり結婚していなんだから、おかしいわよね?)
それとも、サーヴァン男爵はかつて結婚していたのだろうか?
ティーゼは口の中で飴を転がしつつ、何度も首をひねりながらサーヴァン男爵家へ向かって歩き出した。
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