LASTSIGN2 君が待つオーロラの下で

 カレーを食べた後、みんなとワイワイ話していたらあっという間に約束の時間になった。

 ハムと甲斐さんが繋いでくれたPCの前に、みんなでずらっと並んで座った。

 モニターに映る、カナダの仲間たちと話すためだ。



 ゲイルとブレイズが、わふわふと元気そうにはしゃぎながら、ひとりの男性にちょっかいを出している。亡くなったガイドのブレンさんの息子、リアムだ。

 ゲイルとブレイズは、ブレンさんの家族のところへ帰った。

 リアムは俺と三つしか離れてないけど、お父さんの後を継いで犬ぞり操者マッシャーになるという目標を持っている。特訓して、次の冬こそはレースに出場したいそうだ。もちろん、その時のリーダー犬はゲイルとブレイズだろう。

 いつかまたホワイトホースへ行って、リアムや、お世話になったマッシャーたちに再会したいと思っている。



 モニターにシルミクさんも現れた。シルミクさんは定期的に、北極圏の様子を色々と伝えてくれる。気候のこと、動物のこと、集落の人々のことなど。

 最近は、気候調査のために専門家チームがやってくるので、ガイドを引き受けているそうだ。

 

 彼女のそばに、真っ白な犬が近づいてきた。ヴィティだ。

 ヴィティは、「太陽光消失サンライト・ロスト」が原因で足を傷め、そりを引くことができなくなったので、シルミクさんがブレン一家に頼み込んで引き取った。世話をするうちに、すっかり情が移ってしまったそうだ。

 つましく暮らす北極圏の集落で、人と大自然に包まれて暮らすヴィティは、まさに「狼犬」という、人と野生の狭間はざまに生きる者の姿を体現しているようだった。



 キンバリーさんからも報告があった。

 カナダでは、今でも「白の獣と黒の獣」が何度か目撃されている。

 ようやく完全に「闇のオーロラ」から解放されたカナダの人々にとって、厳しい冬を生き抜いた二頭の姿は未来への希望の象徴のように見えるのだろう。

 二頭は今やすっかり神格化して語られるようになり、「姿を見ても決して手を出してはいけない」という意識が人々の中に刻み込まれた。たぶん、キンバリーさんが、記者としての報道力であちこち手を回したんだろうけど。



 黒の獣、ウィンズレイはカナダの広大な国土を縦横無尽に行き来する。

 時に単独で、時に群れを率いて。どんな場所で、どんな形態であろうと狙った獲物は必ず仕留める。相変わらず、あの強い牙とあごで獲物ののどを咬み切っているのかもしれない。あの強さと高潔さは、新しい「狼王」と呼ばれるにふさわしいと思う。


 そして、時々そばに白い獣が現れる――


 シェディスは、獣の姿に戻った。やっぱり彼女は、人間の狭い社会で暮らすよりも、カナダの大自然の中で生きる方が似合っている。

 でも、俺はまだ一度も、今のシェディスの姿を見ていない。

 彼女は気ままにふらっと現れる。ゲイルとブレイズのもとへ遊びに行ったかと思えば、遠く離れたヴィティのもとへも現れる。時に、ウィンズレイと共に狩りに出たり、二頭で仲良く森を駆けまわったりする。


 どれも、キンバリーさんたちから聞いた情報だ。俺はまだ、一度もシェディスの姿を目撃していない。ウィンズレイもだけど。


 狼として、犬として。

 人の世界と野生の世界を、その時々で行ったり来たりする。

 きっとそれが、シェディスに一番ふさわしい生き方。


 いつか、カナダへ行ったら。

 俺の前には、姿を現してくれるかな。

 会えなくても構わない。でも、必ず捜しに行く。

 雪のような白い姿を、必ず追いかけに行く。

 それまで、元気に生きていてほしい。



 カナダの人たちと話すのは、もちろん英語なので、達月さんが「ワイだけ話せんわ……ワイも勉強せんと!」と、隅っこでブツブツ言っていた。

 たぶん、達月さんもいつかカナダへ行くつもりなんだと思う。シェディスに会うために。

 俺もそんなに話せる方じゃないけど、リアムやシルミクさんとは、今までにも時々話をさせてもらっている。おかげでなんとか、「下手な英語でも意味は通じる」という自信がついてきた。


 今、日本とカナダに分かれた「チーム・蒼仁」は、これから全世界に向けてあちこちに散開していくだろう。

 それぞれが、それぞれの地で、地球の姿を知り、情報を共有・発信していく。俺たちの世界は、仲間の数だけ、これから出逢う人の数だけ、どんどん広がっていくはずだ。

 大勢の人の声を聞き、大勢の人の意見を届けることができれば、きっと、少しずつ地球は変わっていく。

 俺が目指すのは、そんな「発信力のある専門家」だ。



  ◇ ◇ ◇



 父は、家に帰ってから三ヶ月後、本を出版した。注文が来たら印刷するオンデマンド出版だ。

 商社勤めだったけど、もともと自然が好きで、絵や文章を書くのが好きだった。父がカナダに持って行ったスケッチブックには、今まで見てきたものが全ページに渡って真っ黒になるほど書き込まれている。


 父が出した本は、父が見てきたこと、体験したことを、ファンタジー仕立ての児童文学にしたものだ。

 イヌイットの伝承に沿った、オーロラと大精霊の話。動物たちと旅をした話。世界を越えて、戦争の国や、海の上まで行った話もある。


「あの時、僕はオーロラになった」という一文が、「とても詩的」と女性受けがよかったそうだ。この一文はそのまま帯になった。本当のことなんだけど。


 父とは、旅のこと、本の内容のこと、これからのことなど、たくさん話をした。

 ある時、俺がまた父の本を眺めていると、父がこんなことを聞いてきた。


「蒼仁。地球を守るために、一番必要なものはなんだと思う?」


 理系の答えじゃつまらないかと思い、あえて哲学の答えを返す。


「共生するための、他者理解」


「『愛』じゃないのか?」


「愛って、色々あるからなあ。毒になる愛もあるでしょ。

 それに、愛は『必要なもの』ではないと思う。

 『初めからそこにあるもの』だよ」


 俺は本の上に目を落とした。

 空を埋め尽くす、緑のオーロラの下で。

 真っ白な獣が、天に向かって吠えている。

 まるで、「ここにいるよ」と叫んでいるようだ。


 わかってる。だから、必ず会いに行くよ。


 理解することと、その先にある愛は、「命を守る」ことに繋がっていく。


 白い獣に、もう一度会うために。

 俺たちは、オーロラの色を繋いでいく。

 酸素分子のレッドとグリーン。窒素ちっそ分子のブルーとピンク。

 地球でしか見えない、この色を。


 絵本の中の白い獣が、濃紺の瞳でこっちをじっと見つめ、そのあと元気に雪原を駆けていった。

 少しも変わらない、人懐っこい笑みを残して。


 彼女が振りまいた雪の結晶が、夜空まで昇り、きらきらと輝く星になる。

 星はやがて、動物の形をとって、オーロラの向こうへと渡っていく。


 地上の命、天上の命。

 どれもがきらめく、無数の星だ。

 

 すべての星を、この手に抱きしめるように。

 天空へ伸ばした手を胸にあて、こぶしを、強く握った。





『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』




  ― 完 ―

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