華撃葉子(かげきようこ)の完全論破
黒バス
第1話 ディベート・バトル開始
私立丸伐高校ここには、変わった校則と少々頭のおかしい生徒がいる。
俺の名前は、中村和彦(なかむらかずひこ)、私立丸伐高校に通うどこにでもいる普通の高校二年生だ。先に言っておくが頭のおかしい生徒は俺ではない。
頭のおかしい生徒は、俺の小学生からの知り合いで良く言えば幼馴染、悪く言えば腐れ縁の女。彼女の名前は華檄葉子(かげきようこ)、当たり前だが俺と同じ、私立丸伐高校の二年生だ。一見、前下がりボブのヘアスタイルがよく似合い、平均より少し背が高い葉子は、黙っていると普通にそこそこ可愛い女の子だ。しかし、彼女は、少し変わった性格をしている。
現に今も教室の机に足を組んで乗せ、スカートの中が見えそうで見えないような状態で、「完全論破」が真ん中に大きく入った、馬鹿な中学生が修学旅行先にあるお土産屋さんで、ノリと勢いだけで買うようなクソダサ扇子を扇ぎながら隣の女の子に何やら長々と語っている。
「私こそが正義!他の意見は全て悪!天上天下唯我独尊!目指せ将来は大統領!」
「すごいね、ようこちゃん!」
周りにいる、クラスの中で一番の俺の推し日向葵(ひなたあおい)さんがバカの面倒を見ている。毎日、彼女はバカの話を聞いても「ウンウン」と赤べこのように頷くだけだ。さらに、話を聞いた後は、意見を肯定してあげるという心理カウンセラー並みに優しい女の子だ。
俺は、葵さんと葉子が同い年ということが未だに信じられない。少なくとも精神年齢には、エベレストからマリアナ海溝ぐらい差があるだろう。
「そうよ!私はすごいのよ!今なら特別に直筆のサインをプレゼントしてあげるわ!」
葉子は満足そうな顔をして、自信満々に語っている。本当に凄い人は、自分からその「凄さ」を語らないというこの世の真理をこいつは知らないのか。
「うん!ありがとう!とっても、嬉しいよ、葉子ちゃん!」
「あおい、あなた将来は会社の人事部とかに入った方がいいんじゃないかしら。人を見る目あるわよ!そうなったら、私が社長になってあなたが秘書ね!」
「そこは、人事じゃないんだね」
「当然よ!あなたが側にいないと、私のご機嫌が斜めになってしまうじゃないの」
「ふふふ、面白いね。葉子ちゃん」そう言って葵さんは、今日一番のの笑顔を葉子に見せていた。羨ましい。羨ましいぞ!!葉子!!
俺は、心の中の断崖絶壁で、一人立って嵐の中に叫んでいる悲劇の主人公みたいな気持ちになった。
葵さんは、非常にモテる。あの天使のような可愛い笑顔と優しいところがあれば、どんな集団にも向かい入れてもらえそうだ。無論、学校中の男子からも人気があり、葵さんを巡って学校中の男子の間で血を血で洗うような争いが繰り返されている。
「和彦!何さっきからジロジロ見てるのよ!そんなに私のことが気になるの?」
ニタニタ顔をしながら葉子が絡んできた。お前じゃなくて葵さんなんだけどな。とりあえず、いつものように接するか。
「汚ねえ口を閉じろや。しばくぞ、クソブス」
「それが、可愛い女の子に対しての言葉ですか!よく、そんなコンプライアンスが欠如した言葉を女の子に使えるわね。女の子じゃなくてもダメだけど」
「いやー、俺だって使いたくないんだけどな。馬鹿なお前に分かりやすく伝えるなら、優しく伝えるより、シンプルでバイオレンスで強い言葉がいいかなと思って」
「その中から、バイオレンスの要素を除きなさい!」
「嫌だ」
「なんで?」
「お前が嫌いだから」
「それが本音でしょうが!」
「ちっ!バレたか」
「ちっ!バレたか。じゃないわよ!」
俺と葉子はいつもこんな感じの会話をしている。勘違いされたくないのだか、決して仲がいいわけではない。小さい時から葉子が俺によくウザ絡んでくるだけだ。
そのうざ絡みに飽き飽きしていた俺は、心の芯を砕く言葉を容赦なくぶつけた。だけど、この女はそんなの関係なしに毎回やってきていつもと同じように絡んできたのだった。こいつには学習能力がないのかと思ってしまう。
新聞で見たが、イノシシは一度かかった罠に二度とかからないほどの学習能力は有しているらしい。ということは、葉子はイノシシ以下の知能なのか!イノシシ以下の知能の人間はこの先どう生きるのだろうか。
頭の中でザ・ノンフィクションのテーマ曲で有名なサンサーラが流れ始めた。『生きてる〜生きている〜』と壮絶な人生の映像が流れた。嗚呼、なんと哀れなり。
「ちょっと、何黙り込んでるのよ。私の魅力にようやく気付いたのかしら」
「いや、お前の顔ってハダカデバネズミ見たいだなって思ってな」
「何それ?普通にブサイクてこと?」
「韓国に行けば安く美容整形できるぜ!」
「それ言われると、すごいムカつくんだけど。あなたの顔面にダンベルぶつけてもいいかしら。それとも、今の発言についてここで謝りなさい」
「嫌だ!」
「謝れ!」まるで猿の縄張り争いの時に出す奇声みたいな声を葉子は出している。俺は、女子の甲高い声が嫌いだ。
「嫌だ!!!」俺の中にある僅かな優しさが全力で拒否しろと言っている。
「もう止めようよ葉子ちゃん、一人だけクラスの中で悪目立ちしてるよ」葵さんが俺たちの間に入って仲裁に入った。
一つ加えておくと悪目立ちしているのは、いつものことだよ、葵さん。
「そうね。このままだと埒があかないわ。こうなったら、和彦あなたにディベートバトルを申し込むわ!拒否権はないと思いなさい!」
「はぁ、そうですか‥」思わずため息をついてしまった。めんどくさいことになったな。
この学校には、「ディベート・バトル」という他の学校には無い変わったルールがある。
なんでも、学校の理事長が論理的思考力の向上と相手の意見を聞いて正しいレスポンスをする、コミュニケーション能力の向上を目的にディベートを導入したらしい。
ディベートとは、特定の論題について、あえて異なる立場に分かれて議論をするゲームのことだ。具体的には、自分の意見に関係なく肯定・否定グループに分かれ、相手側もしくはジャッジと呼ばれる第三者に対して、理論的に説得を行う。最終的にその第三者のジャッジで勝敗が決まる。
「ディベートバトル」では、生徒間で何か問題が起こった時に両者の同意のもと行われる。そして、バトルの勝者がその問題に対して解決の決定権を所持することになる。
ディベートのお題は、Aiによりランダムに選ばれた、普通なものから少々変わり種な、お題まで幅広い知識や思想が必要となる。
葉子は、このディベート・バトルが得意で、去年の学園祭で行われたディベート・バトル・トーナメントでは、一年生ながら準決勝まで勝ち上がりベスト3という前代未聞の成績を残している。本人はこの記録に対して、あまり満足していないが、普通にすごい記録だ。ちなみに俺は、ベスト10まで勝ち残り、先生と友達からそこそこ褒められたが、葉子の栄光に埋もれてしまい、あまりチヤホヤされなかった。けど、ここで俺が葉子に勝ったらどうなるだろうか。一気に俺のクラスの中の地位は向上して人気者になり、葵さんも俺に意識を向けてくれるのだろう。
「チッ、めんどくせぇな」
「あら、負けるのが怖いの?なら特別に3回回って『ワン!』って言ったら許してあげるわ」
「ふん、特別にバカの戯言(ざれごと)に付き合ってやるよ。ちゃんと、負けた時の言い訳を考えとけよ、クソブス」
「じゃあ、バトルは合意ってことでいいわね。葵!悪いけどディベートのジャッチを頼めるかしら」
「うん、わかった。じゃあ、ここに華檄葉子と中村和彦のディベート・バトルを行うことを宣言します。両者、勝負をすることでいいですか」
少し、お堅い言い方をしているがこれは、ディベート・バトルをする際に必ず行わなければいけない儀礼みたいなものだ。特に伝統のある行事ではないが、これをすると盛り上がるという理由で行わなければならない。まぁ、オーディエンスもプレイヤーもノリノリなことが多いから特に反対意見は今までない。
「いつでも、いいわよ」
「大丈夫です」
俺と葉子は、お互いに向かい合ったままお気楽モードから徐々に臨戦モードに気持ちを移していた。周囲もそれを察したのかいつも騒がしい教室に静寂した空気が流れ始めた。
静寂した教室の中心で葵さんは、慣れたようにバトルの準備をテキパキと進めていく。
「えーと、それでは、バトルのテーマを決めていきたいと思います」
そう言うと、葵さんは教室の荷物入れから緑のボールを取り出した。そして、緑のボールについてある赤いボタンを押した。
すると、緑のボールが「ウィーン!ガッシャン!」と変形した。そして、小さな緑のトランスフォーマーみたいなロボットが完成した。これが、最先端の人工知能を搭載させたロボットその名も‥
「モスコミュールくん!ディベートのテーマを決めて!」
モスコミュールくんの由来は、モスは苔、コミュールは集まったもの、つまり「マリモ」みたいな見た目からこの名前が付けられた。
「了解しました。テーマを決定しますので少しお待ちください」ちなみに、モスコミュール君の声は、穏やかな大人のイケボだ。例えるなら、速水奨さんの声みたいだ。
「お題が確定しました」
発表前のこの一瞬の静寂の中に緊張が走る。
「テーマは、『男女の友情は成立するか、成立しないか」です」
「それじゃあ、お二人は肯定派と否定派どちらを代表されますか?」
なるほど、このテーマだと絶対に否定派のほうが有利だな。男女の友情なんて所詮幻想にしかすぎない。俺は、前々からそう考えていた。論理の組み立ても簡単そうだ。
「私は、肯定派をやるわ!」
チャンス到来!
「それじゃあ、俺は否定派をやろう」
「確認しますね。葉子ちゃんが肯定派で和彦君が否定派でよろしいでしょうか」
『大丈夫です』
「それでは、これよりディベート・バトルを開始します。先攻は、肯定派の葉子ちゃんからスタートします。それでは始めます!」葵さんの掛け声がバトルのゴングとなってディベート・バトルがついに開始した。
気乗りはしないが、このバカ女にでかい顔されるのは、ムカつくから完膚なきまでに完全論破してやろう。俺は少し、背筋を伸ばした。まるで、頭の回転を司る神経にスイッチを入れるように。
『ディベート・バトル開始!』
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