第11話 女王謁見


「えー、そういうわけで、今年の新入社員のフェイ=リアだ。変な奴だ。とてつもなく変な奴だ。それでも根性だけはあるようだから、まぁテキトーにしごいてやってくれ」


 〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉に戻ってきたのは、日が暮れた頃だった。

 その後、食堂でそんな他己紹介をするゼータに、局員たちの反応はほとんど同じ。


「でも副長とゼータのチームなら、俺ら関係ねぇーしなぁ?」

「良かったな、アキラ! 待望の後輩だ‼」

「がんばってね~ん♡」


 そんな先輩方のありがたい激励に「なんか今朝も同じようなこと言われたばかりなんすけど⁉」とアキラはビールの入ったジョッキを片手に文句を言っていて。


 ちなみに、この〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉内では飲酒に年齢制限は付けてはいない。アガツマの街自体の法律では二十歳以上となっているが、この建物内を管理しているのはゼータだ。つまりゼータが神。みんなが酒を飲んでいるのに、一人だけ飲めないとか可哀想だから『飲酒は自己責任でOK』としている。外で言わなきゃいいのだ、そんなモン。


 そんな盛り上がりを見せている一方、ゼータの隣にいるフェイもワクワクを隠しきれていなかった。絡まれているアキラを見たり、テーブルの上にたくさん置かれたオードブルを見たりと、視線が忙しそうだ。


 そんな新人に、ゼータはこっそりと聞く。


「……お前は何が食べられるんだ?」

「あ、お気遣いありがとうございます。飲食物などを取らなくても動力は問題ないのですが、擬似的消化機能と味覚判断機能も備わってますので。何でも食べられます」

「そうか。それならよかった」


 本当によかった。これだけ用意して、やっぱり本日の主役に「オイルしか要りません」と言われたら少しだけショックを受けるところだった。調理人にも悪いし。念の為、最高級エクストラヴァージンオイルも用意していたのだが。


 まぁ、そのオイルは自分がサラダにかけて食べようと決めて。

 ゼータは「コホン」と皆に向けて咳払いをする。


「それじゃあ今日も皆、業務ご苦労だった。とにかく飲んで食え。乾杯っ!」

『かんば~いっ‼』


 そうして始まった歓迎会。

 そんな広くない食堂にひしめき合っているのは三十人ほど。遠隔配達でいない局員もいるのにこんなにいるのは、アキラの家族がわいわいと馳走になりにきているからだ。


 とても気持ちのいいガキどもだ。いつも馳走なった後は、皿洗いなどそれぞれができることを手伝ってくれていると報告を受けている。もう少し大きくなったら、それぞれ掃除夫や調理補助として雇ってもやってもいいかなと思っている。〈運び屋スカルペ〉は……アキラが反対するだろ、多分。


 そんなガキども男女年齢幅広の七人が「副長おつかれさまで~す」とサラダの皿からヤングコーンだけをゼータに取り分けて差し出してくる。少し向こうからはアキラが「いい子たちっしょ?」と言わんばかりのドヤ顔をしていた。あとでぶっ飛ばす。


 それでもこどもに罪はないから「ありがと~、おじさんすごく嬉しいよ」などと猫撫で声で話している間に――フェイもフェイで、先輩局員から色々と絡まれているようだ。主にゼータの悪口を吹き込まれているようだが。


 そんな楽しげな光景を尻目に、ゼータは最高級エクストラヴァージンオイルをかけた山盛りの特製ヤングコーンをたらふく頬張る。




「ちょっとこっちに来い」


 しばらくしてから、ゼータはフェイを呼び出した。

 なんだろう、と目を丸くした本日の主役を連れて行くのは廊下の先。この本部で唯一ド派手なピンクを扉をしている前だ。


「ここは……」


 食し途中の唐揚げ棒(先程、しっかりとアキラから奪っていた)ものをモグモグと口の中に押し込み終えた新人に、ゼータは答える。


「〈女王レギーナ〉の間だ」


 正式に入職するなら、局長を務める女王に謁見するのは当然の習わしだ。

 だけど、ゼータの目論見はそれだけではない。


「いいか、危ないと思ったら即座に離れろ。そして……気持ち悪いなどと思った場合、今からでも入職をなかったことにしても構わない」

「おれはぜひ〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉に――」


 ゼータの言葉に、慌ててフェイは否定の言葉を返そうとするも。

 それを先回りして、ゼータは「わかっている」と告げる。


「お前の覚悟は重々承知だ。だけど……お前の高性能な計算回路が、やめた方がいいと判断するかもしれないものを見せるんだ」

「……万が一にもそれはありませんが、わかりました」


 フェイが固唾を呑んだことを確認し、ゼータはドアを開き、声をかける。ドアの中には、何重もの厚いカーテンがかけられていた。


「レギーナ、ぼくだよ。今日は新しい友だちを連れてきたんだ」


 そのカーテンを、掻き分ければ。

 中からはオルゴールの音が響いてくる。その鈴の音のような合間に聞こえるのは。


「ウガァ……ガァ……」


 とても人のものとは思えない、唸り声。

 それを放つ張本人は、廊下からの電灯の明かりしか光源のない暗い部屋の中で、鎖に繋がれていた。その鎖は彼女とキングチェアを繋いでおり――片目だけ眼帯をした痩せぎすの女性は、その長い黒髪を大きく振り乱す。


 口からはよだれを垂らし、暗闇でもわかる真っ赤な瞳をこれでもかと見開く二十歳前後の女性と、彼女のピンクのひらひらドレスとぬいぐるみなどがたくさん置かれたファンシーな部屋。そのどちらが異質なのか――さすがのフェイが判断を迷っているのかと、ゼータがその目を見開いた横顔を見ている間に、


「ガ! ガガガガウガヴァァ‼」


 鎖をギリギリまで伸ばし、彼女の長い爪先が躊躇うことなくフェイの顔を狙う。それに彼は飛び退く以前に、自ら一歩前に出る始末。


「フェイ⁉」


 さすがのゼータも慌ててその腕を引く。それでも、女王の爪はフェイを深々と抉り裂き――まるで口が裂けたように、その部分の肉が削ぎ落とされてしまっていた。ゼータが無理やり彼女を抱き込め。肩を噛まれることも厭わず、その背中をぽんぽんと優しく撫でる。


「ごめんね、いきなりでびっくりしちゃったね。大丈夫……大丈夫だから……」


 そうゆっくりと宥めながら、キングチェアへと座らせる。そしてそのまま髪を梳くように頭をゆっくり撫でてやると、彼女はすやすやと寝息を立て始めた。


 肩を噛まれることなんて、いつものこと。

 小さく嘆息して、もっとひどい怪我を負わされた新人の様子を見やれば――広くなりすぎた口蓋を上手く使い、フェイは笑っていた。


「はは……ようやく、ようやく見つけました……!」


 ――やっぱりか。


 フェイの反応に、ゼータは今までの予測が当たったことを確信し。

 彼が狂愛する〈女王レギーナ〉について、端的に説明する。


「女王……彼女は俺の姉だ。とある仕事から戻ってきた直後、彼女は〈世界の呪いエクアージュ〉に遭い――こうしてモンスターのようになった。このことは局員の中でも、限られた者しか知らん。俺は彼女を治す・・ため、彼女の作った〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉を引き継ぎ、仕事を通してあらゆる情報やコネを作っている」


 今まで何の成果もなかったがな――と付け加えながら。

 姉がこのようになったのは五年前。ちょうど、フェイは研究所でとある〈運び屋スカルペ〉に助けられたと話していた時期と合致する。


 隣を見やれば、姉が最後に会ったと思われる機械人形オートマトンが、乾いた笑いを浮かべていた。


「あぁ……どうしておれは泣くことができないんだろう。今こんなにも……おれの伝達回路パルスが暴走しそうなのに……」


 彼はいびつな口角をさらに上げながら、その場で眠れる女王に平伏する。


「あなた様にすべてを捧げます――おれの女王陛下レギーナ


 その発言に、ゼータは少しだけイラッとする。

 アキラにはシスコンだとからかわれるが……そんな姉に崇拝する他の男の姿は、思った以上に面白くない。それでも、この機械人形オートマトンを紐解けば、姉を救うことができるかもしれないから。


 ――とことん利用してやる。


 優しさと腹黒さを兼ね備えた大人の男は、まるで深い意味がないような素振りで新人の頭を小突く。


「俺のだ。ばかやろう」

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