第8話 俺の可愛い部下たち


 ◆


「じゃ、とっととあのミミズくん仕留めちゃいますか。もう足取られないでくださいよ~、フェイくん?」

「演算機能が若干衰えてますが……おそらく大丈夫です! あのワームの動きも砂漠での動き方も覚えました!」

「そりゃあ、たくましい」


 ――いや、たくましいのはお前だろう。


 窮地に立たされたアキラは強い。

 それは育った環境ゆえか、はたまた若さゆえか――どちらにしろ彼の適応能力は、副局長ゼータよりも上回る。新人が機械人形オートマトンだと発覚したのに、あの動じなさはなんだ。俺はけっこうビックリしたぞ。


「おーい、副長! フェイくんに滝飛び込んでもらうんで、核狙えるっすよねー?」

「……俺を誰だと思っている!」


 それに、この突発的に提案してくる作戦立案よ。意外と元気そうとはいえ、頭半分食われた奴をさらに囮にするってか。その遠慮の無さにもビックリだ。


 ――やっぱり俺、歳なんかな。


 ひっそりと肩を落としながらも、ゼータ=アドゥルだって年長者、そして副局長としての意地がある。部下が提案してきたアイデアを、実現させてやるのが俺の役目。


 頭を半分失くした見習いが、力強い足取りでまっすぐ滝へと駆けていく。

 速すぎず、遅すぎず。それはデスワームがちょうど着いていけるくらいの速さで――赤毛の代わりに頭からコードをはみ出した少年が、砂の滝底へと飛び込んだ。


 それとほぼ同時に、砂色の髪をした部下が滝の横の岩肌を滑り下りていく。見習いが食べられないよう、側頭部にマグナムを撃ち込みながら。


「無茶苦茶すぎる奴らだな」


 そんな若人たちを、見下ろして。

 ゼータは滝の上にひとり立ち、片手でライフルを構える。デスワームの後頭部付け根にキラリと光る赤い石。片目で狙い、それを――


「チェックメイトだ」


 撃つ。反動と共に、ゼータの黒い尻尾が大きく揺れた。

 核を砕かれたワームなど、ただの巨大な虫の死体。どすんっと砂の池を巻き上げて。風に溶けるか、獣に食われるのが早いか――それはゼータの知ることではない。


 ただ、彼にとって興味があることは――

 眼下の滝壺から顔を出す見習いと、滝の横の崖からなんとか着地した後輩。

 それと己の足元で転がっていた木箱。それのみだ。


「こんな時まで、慌ただしくてすまんな」


 ゼータは詫びを入れながら、その荷物を丁寧に持ち上げる。




「なるほど、機械だからワームに付け狙われたってわけか」

「はい……隠していてすみませんでした」


 ワームの遺体から少し離れた、オアシスとも呼べないちょっとした木陰で。

 三人はわずかな休息を取る。


「おいアキラ。〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉の従業員募集要項を覚えているか?」

「いきなりっすね」


 水をがぶ飲みしていたアキラは、腕で雑に口を拭って。視線を斜め上に向ける。


「え~と、たしか『体力と根性に自信があるやつ、仕事に命を賭けられるやつ、口の固いやつ、とにかく金が欲しいやつ』……とかだっけ?」

「そうだ! ……俺は断じて“人間であること”という条件を課してはいない。そもそもこちらが訊いてないんだ。お前が話す必要もないな?」


 ゼータが横目で見やれば、フェイは無表情ながらにも、目を少しだけ見開いていて。……だけどそんなことより、ゼータにはもっと言うべきことがある。


「そんなことより、どうして荷物を手離した? 俺は言ったよな? お前の仕事は、この荷物を死守することだけだと!」

「ですが演算結果では、おれが狙われている以上、あの場合では荷物をあなた方に任せる方が破損確率が少ないと――」

「喧しいわ。俺は・お前が・死守しろ、と言ったんだ。チームにおいて、リーダーの命令は絶対! わかったか⁉」


 横から「でもさっき作戦司令下してたの、オレな気がしますけど?」と歯を見せてわらう部下を、ゼータは飲みかけのペットボトルで軽く小突いて。


 そして再び蓋を開けながら、フェイに尋ねる。


「ところでその頭、どうやって直すんだ?」

「それは現在、自動修復機能が働いているので。このまま言語機能以外の他の機能を停止させてもらえれば、あと十分くらいで全行程完了します」

「じゃあ、寝てていいから五分で直せ」

「わかりました」


 そして、フェイは目を閉じる。すると、本当に急に割れた頭がごちゃごちゃと動き出した。奥の方の光が明滅し、パチパチと音がしたり、コードがぎゅんぎゅん伸びたり縮んだり……さすがのゼータも目を逸らす。機械だとわかっていても、なんかグロい。


「さて、この間に」

「……フェイくんの処遇っすか?」


 アキラからの指摘に、ゼータも水を飲みながら答える。


「入職かどうかは従来通りだ。ひと仕事終えた後のこいつの反応次第だが――」

「だが?」


 ゼータは顎に手をやり考え込む。機械人形オートマトン――それは百年以上前に研究中止された、過去の遺物。それがどうして今になって? 秘密裏にこっそり開発が進んでいたんだとしても、それを公にして良いはずがないだろう。問題点は数多くある。


 とりあえず、今解決すべきことは――

 そう思案に区切りをつけたゼータは、顔を上げた。


機械人形オートマトンって、何を食べるんだ? 歓迎会の時は、オイルでも注いでやればいいのか?」

「…………副長」


 少し長い沈黙のあと、アキラは真面目な顔で言ってくる。


「やっぱりあんた、めちゃくちゃ可愛いですね」

「ほっとけ!」


 ゼータは容赦なく、アキラの頭を空になったペットボトルで叩いた。


 ばこんっとした愉快な音が砂漠に響いても。

 目を閉じた機械人形オートマトンな見習いは、もう少しだけ起きそうにない。

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