「女王の靴」の新米配達人 しあわせを運ぶ機械人形(受賞作中編版)

ゆいレギナ

第1話 元気が取り柄の見習い


 ◆ 


「〈失敗作〉逃亡――発見次第、ただちに処分せよ。繰り返す――」


 緊急警報が鳴る中、その少年は通路を追われていた。

 おびただしい足音。チリチリと左右に撒き散らされる弾音。

 足を止めれば、待っているの死――ただひたすらに足を動かし、意を決して彼が滑り込んだのは、ゴミ捨て装置ダスト・シュート


 急すぎる滑り台を下り、ドスンと落ちた先が柔らかいゴミの上だったのは、少年にとってのしあわせ。たとえそれが、自分と同類の屍の山だったとしても。


 だけど、少年の幸運はそれだけに留まらなかった。

 灼熱の太陽の下に晒されたゴミ捨て場では、異臭がこれでもかと蔓延している。そんな場所でゴミを漁っていただろう生きている人間が、彼に向かって手を差し出していたのだから。


 赤いマントを靡かせたその人間は、同色のキャップ帽を深く被っていた。


「お届け先は、どこでしょう?」

「え?」

「ぼくは〈運び屋スカルペ〉! お望みの物を、お望みの場所へ届けますよ」


 少年は目を見開く。そのひとの顔は逆光で、ハッキリとは見えなかったけど。

 少年は死体捨場で見た赤い天使に、躊躇わず手を伸ばしていた。


「おれを……どこか、ここではない自由な場所まで!」

「了解しやした!」


 ニカッと笑って、口調の軽い〈運び屋スカルペ〉はとても美しい紳士のお辞儀ボウアンド・スクレープをする。


 ◆


運び屋スカルペ〉とは、街と街と行き来し荷物を運ぶ配達員のことである。

 街と街の間の『どこでもない場所』では、今やモンスターが跋扈するような世界、エクア。


 エクアで生まれたモンスターは機械を食べる。そのため人間は、昔はあったという街を行き交う自動車も、列車も、空を飛ぶ飛行機という遺物まで使えなくなった。


 幸い、なぜかモンスターは街の中には入って来ないものの――人間はひとつの場所に留まっては生きられないもの。たとえ自分は行けずとも、離れた場所に届けたいモノが、必ずある――そこで生まれたのが〈運び屋スカルペ〉。モンスターを排除しながら、荷物をどんな目的地までも配達するのが〈運び屋スカルペ〉なのである。


 そしてここは、そんな配達員を牛耳る民間企業の一つ、『女王の靴レギーナ・スカルペ』。その本部の通路で、キラキラした目の少年が、隣を歩く男に力説して来る。


「その時、お代は出世払いだと言ってましたよね!」

「……そんな妄想話されても、俺はその〈運び屋スカルペ〉じゃないぞ?」


 少年の名前はフェイ=リア。燃えるような赤毛が特徴の見た目十代半ばの少年である。燃えるような、という形容詞はその色のみを差しているわけではない。無造作すぎる髪型もまた、炎のように逆立っていた。そのため背丈自体は成長期前の小柄ながらも髪型の分、高くも見える。


 その見た目通り威勢のよい少年フェイは、今年の〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉入職試験で唯一残った最終試験者である。


「でも同じ服着ているし。その時のツケを払いに来ました!」

「百歩譲って、その時の恩人が俺だとしよう――だとしても、金だけ渡せばいいんじゃないのか?」

「でもお金でしあわせは買えないんで。なので身体で払おうかとっ!」

「だったらどーして……入職率五%以下で高給料で有名な〈運び屋スカルペ〉の入職試験を受けているんだっ⁉」


 と、ろくでもない新人候補が来たと項垂れる副館長ゼータ=アドゥル。長い黒髪を一つに結いた長身痩躯の男は、その知的な顔つきとは異なり、ド派手な赤いマントを身に纏っていた。その中に着た紺色のだっぽりしたジャケットに、同色細身のカーゴタイプのズボンといった戦闘に特化した服装もまた〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉の制服である。


 ゼータは試験生の狭い歩幅にさり気なく合わせながらも、ため息を吐く。歩きながら見ていた書類でいえば、このフェイという少年の知能テストはずば抜けていた。それに基礎的な体力テストでも基準以上。特に足の速さには目を瞠るものがあった。


 しかし、この胡散臭すぎる志望理由はなんだ。

『助けてもらった時にツケてもらった〈しあわせ〉を払うため』

 実際話を聞いてみれば、こうして履歴書の欄とほぼ同じことを言っているのだが……少なくともゼータは、こんな少年を今まで見た記憶も、ましてやそんな怪しげな施設から誰かを助けた覚えもない。


 ――人違い、あるいは……。


 色んな可能性を思いあげてみるも、ゼータはすぐやめる。

 どうせ最終試験に落ちたら、関係ないのだから。


「まぁ、志望動機はもうそれでいいが……まだ若いとはいえ、準備期間に四年かけたというのは本当なのか? 途中で気が変わったり、心が折れたりしなかったのか?」

「そもそも、変わる気も心も、持ち合わせてないですよ!」


 ニカッと笑う顔は、若さゆえに眩しいものだった。

 新人は元気が一番。それはもう、副館長の自分には必要のないもの。


 ゼータは無駄に優しい男ではないが、人並みに若人に配慮できる大人である。


「ここまでの試験も厳しかったと思うが……最終試験はもっと厳しいぞ。泣く覚悟はできてんだろうな?」


 その最終確認は、脅しとも言えるかもしれない。

 だけど、最終試験は実際の仕事に同行するという実地試験のため、命を落とす危険性だってある。……勿論、見習いが死なないよう、難易度が低い仕事にはなるが。


 それをわかってや否か――試験生フェイは胸を叩いた。


「そこは期待してくれていいですよ。おれ、今まで一度も泣いたことないんで」

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