第9話 姫とギャルと雪の王

 厄介なエネミーの掃討が終わると、後は一直線の通路を走り受けるだけ。

 なので直ぐにボスエリア前の大扉まで移動できた。

 ただ、どうにもすぐボス戦を始める訳でなく、何かとまだ準備があるみたい。



「いま右手の武器を【自血刀じけつとう】に変えたよー」


「これ結局どう使うの? 【ロングソード】の強化で素材使い切ってるんだけど」



 突然風川は産廃ゴミ武器である【自血刀じけつとう】を握らせてきた。

 ロングソード装備時の攻撃力が300に対してこれは150。強化しても上がり幅はいまいちそうだし、あえて使う意味はないと思うのだけど。



「それね、振る度にHPが減っていく割に対して割に合わない火力ダメージしかでない産廃ゴミなんだけど、その特性を利用して自分のHPを残り1割まで削るのに使えるって感じのヤツだよ」


「あー、はいはい」



 理解はした。

 産廃ゴミ武器の産廃ゴミたるデメリットを逆利用するのね。

 設定だけなら自分の血を巡らせて振るう呪いの刀なんて厨二病が好きそうな武器なのに、まさか使い道がアクセサリーの効果調整用とはなんだか泣けてくるわ。



「はっ! せや! はっ!」



 私はとにかく【自血刀】を振った。

 ひたすらに空中でブンブン振り回した。スタミナをしっかり上げたおかげか、1度消費しきるまでに9回も触れて効率的な自傷を可能としている。

 1振り10ダメージ。どうにもこの自傷行為では何故かHP低下による痛みを感じる事もないみたいで、特に不快感等もなくサクサクとHPを減らせるのは気持ちがいいわね。


 おかげで、HPは残り1割になり、逆転の指輪の効果が発動した。

 後は、風川が装備を差替えてくれ、今右手に握っている【ロングソード】に【エンチャント・雷】を使用するだけ。

 すると、直剣は電撃を帯びて光り輝く。それはまるで神話の世界の聖剣かのよう。



・現在のプレイヤーの状態

レベル:47

HP:10/100

MP:60/60

最大スタミナ:260

武器:右手【ロングソード+5】(エンチャント・雷適用)、左手【ナイトシールド】

防具:頭【なし】胴体【姫のドレス】腕【姫の手袋】足【姫の靴】

アクセサリー:【逆転の指輪】(効果発動中)

所持アイテム:【エンチャント・雷×3】、【木の矢×1】、【ショートボウ】、【自血刀】

装備重量:28%

攻撃力:310(エンチャント込み)

防御力:ダメージ5%カット

所持金:19,693G

保持経験値:4,002デッド



「とりあえずボス戦始まったら色々指示飛ばすから、ちゃんと聞いてね」


「もちろんよ、どう転んだってあんたが頼り何だから」


「あと、今回はボス戦もノーバグ何でよろしく!」


「その言葉、程々に期待しておくわ」



 あとは大扉を開けるのみ。さあ、ここのボスとのご対面よ。

 両腕で左右の扉を押し込んで、城の内部へと侵入していった。


 ――ここで身動きが取れなくなる。

 視界がこの城内のどこかにあるカメラに固定されているかのような視点になった。

 つまり、ここのボスの専用ムービーだ。

 中まで凍りついた極寒の城の奥には玉座があり、そこを中心に何十人もの西洋甲冑を着込んだ騎士たちが礼儀をし列に並ぶ。


 玉座に座るのはまるでゴリラかオラウータンか、白く毛むくじゃらな、3mはあり筋肉質で巨大な全裸の霊長類に見える。

 その名は〈雪の王〉。モチーフはUMAのイエティであり、この絶対凍土の城に君臨する王。


 それは大きく叫び出す。

 王の行動に対して、周囲の騎士達はどよめき始めた。恐らくプレイヤーの存在に気が付いたのだろう。

 同時に、地面を両手共握りしめた状態で叩きつける。何度も何度も、何度も何度も、太鼓を叩いているかのように叩き付ける。

 すると、なんということだろうか。


 城 内 の 壁 が 、 天 井 が 、 崩 れ 落 ち て い く で は な い か !


 その破壊は続き、気がつけばあっという間に床だけは西洋の王宮風だが、壁なく床から先は全て断崖絶壁の崖となっており、そこに立つのはプレイヤーと〈雪の王〉のみになっていた。

 〈雪の王〉は手を突き出したあとクイッ、クイッ、とこちらを誘うような動作を行う。

 ムービーは以上で終わった。



「で、こいつはどうやって倒すの?」


「結構真剣勝負になるから、スタミナを絶対切らさないようにしつつ回避専念、とりあえず崖のすぐ近くまで誘導して!」



 戦闘が始まると、早速風川の指示が飛んできた。

 確かこのボス戦はプレイヤーが落下死するケースもある特殊なフィールドで戦うことになるから、こういう指示に従うのはちょっと不安になる。


 その上でダメージと同時に後ろへ吹き飛ばしてくる打撃攻撃まで持っているしで、非常に殺意があるこのボスを相手にするのはどこか身震いしちゃうわ。

 事実、それでも初見プレイ時は10回負けたし。〈八岐大蛇〉の方が総合点で厄介だったりするけど。当然バグなしの話ね。


 と言ってもHPが1割しかない以上はどんな攻撃を食らっても即死確定。

 なので、真剣勝負を要求されるのはかなり緊張してしまう。

 バグでハメる訳ではないのだから慎重かつ、火力を利用して素早く倒せばいいということかしら……。



「ウガァ!」



 一旦距離を詰めようとダッシュし始めたところで、〈雪の王〉は床に腕を突っ込むような動作をすると、腕を上へと振り上げた。

 すると、こちらに向かって大きな岩石が投げ込まれる。

 こんなものに直撃すればひとたまりもない。右に向けて2回前転ローリングする緊急回避を行った。

 瞬発的な移動速度は何分ダッシュよりこちらのほうが早いのだ。



「崖のすぐ近くって具体的にどうすればいいの?」


「言い忘れてた、早い話は崖を背にしながら〈雪の王〉と接敵してる状態で戦う感じ☆」


「本気!?」



 一方で、追加の風川からの指示は思った以上に高難易度だった。

 崖を背にするということは、間違って後ろに下がるだけで落下死する恐れのある危険な位置取りになる。

 そんな状態で相手の攻撃を捌きながら上手く誘導、そんなのどうやって……。

 いや、そうか!



「ラスト1本の矢を使えばいいってコト!?」


「そ!」



 理解した私に対して風川は【ショートボウ】を装備させてくれた。

 ならばやることは1つ、彼の左の奥の壁際に向けて矢を放てばいい。1本だけ残った【木の矢】の使い道、クールね。



「シュート!」


「ウガァ!」


 

 矢は狙った位置の床へ突き刺さる。

 〈雪の王〉は少し牛歩気味な速度なものの、矢そのものに注意を惹きつけられ着弾位置に向けて移動している。

 なんだかダンジョン自体がボス戦が応用の機会になっているようね。

 その隙を逃さず、私は猛ダッシュで矢の位置にまで移動した。



「すぐにガードして! 回避だと意外と遅延攻撃ディレイで引っ掛けてきてミスりやすいから!」


「ディレイってなに!? まあいいわ、盾を信じれば良いだけよ」



 風川の言っていた通りの位置取りが完了したところで、〈雪の王〉は私に向かって右の拳を振りかぶった。

 左手の盾でそれを受け止めると、スタミナの半分が削られながらもノーダメージで凌ぐ。



「1回だけ弱攻撃!」



 あとは風川の指示に従ってどうにでもなれだ。

 〈雪の王〉に向かって右手の【ロングソード】を横に薙ぎ払った。


 

「ヤー!」


 301ダメージ!



 STRとDEXをしっかりと上げたおかげか、〈神殿騎士〉相手のときよりもダメージが出ている。【エンチャント・雷】は鎧を着ている相手には弱点属性を突いて有利なことを考えると、全裸の霊長類相手にこの火力を出せるならレベルを上げた甲斐があるというものね。



「右に回るように歩きながらスタミナ回復と回避を兼ねる!」



 ここからは指示が出たらすぐに行動よね。

 言われた通りに〈雪の王〉の体を右に回るように移動しているうちに、両腕を握りしめて地面へ叩きつける攻撃をしてくる。

 位置取りのおかげでギリギリ回避に成功しつつダッシュとガードと弱攻撃1回で減っていたスタミナが全快した。



「まだ攻撃が来るよ、ガード!」



 〈雪の王〉は叩きつけからシームレスに両腕を広げてコマのように回転するダブルラリアットを行ってきた。

 これまた回避だと多段ヒットするせいで確実にダメージを受けてしまう攻撃だ。だからガードこそが最適になるんでしょうね。



 ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!



 盾に響く衝撃で仰け反りそうになるものの、スタミナゲージがある限りは耐え忍べる。5秒もすれば攻撃は止んだ。



「ウ、ウガァ……」



 しかも〈雪の王〉は、ダブルラリアットの回転で酔ったのかクラクラした動きになって攻撃に転じようとはしない様子。



「これってつまり」


「そう☆」


「「一方的に攻撃できる!」」



 ガードで半分程削られたスタミナは1秒程の待機で全快し、完全なチャンスが来た。



 304ダメージ!


 309ダメージ!


 302ダメージ!


 301ダメージ!


 300ダメージ!


 303ダメージ!


 304ダメージ!



 【ロングソード】をブンブン振り回す弱攻撃を7回、



「惜しみなく全力でやっちゃってー☆」


「言われなくとも!」



 最後に、思いっきり右足を前に踏み込んで突き刺す強攻撃をぶち込んでやった。



 452ダメージ!



 ここまで器用に動けるのだから、スタミナを増やすためのステ振りを中心的に行うのは大正解みたいね。



「いや、勢いでやったけどここまでやって良かったの」



 ただ、1分しかない【エンチャント・雷】の効果時間が切れ、スタミナも切れていて直ぐには大きく動けない。

 これだけダメージが蓄積しても怯まない……というか、まだHPを4割しか削れていないじゃないの……。



「大丈夫だって、とりあえずガードだけしとけば


「し、信じるわ」



 背後には断崖絶壁の崖。当たり前だけど私のHPは瀕死。

 この状況でどうなるというの?

 実際問題として、スタミナの回復を許さず雪の王は全身を覆い尽くす体毛を逆立てで激昂し始めた。これは、HP減少による第2形態への移行を意味している。



「ウガァァァァァァァ!!!!!」



 地面を大きく踏みしめて地響きを起こす。



 ガァン!



 その衝撃によって発生したであろうダメージこそ無効化出来たものの、同時に私の前を大きくジャンプして飛び上がっていった。



「嫌ァァァァァァ!」


「姫チー落ち着いて、敵をよく見てみなって」



 焦る私に対して、相変わらず冷静な風川。

 そのとき、何を根拠にヘラヘラしているのか理由はすぐにわかった。



「待って、もしかして」



 改めて言おう、そして付け加えてこう言おう、〈雪の王〉は、弧を描くような角度で飛び上がっていた。

 私を飛び越してその後ろに回るように。

 そう、私の後ろは――――崖だ。





『雪の王撃破!』


『入手:10,000G、100,000デッド』





 〈雪の王〉が死んだ。

 どうやら〈雪の王〉はあの位置で第2形態へ移行させればジャンプモーションによって落下死する隠し撃破方法があった様子。



「じ、自殺した!?」


「これ実写で見るとすっごいシュールで草原が生い茂るんたけどwwwwwwww」



 今回ばかりは私も笑ってしまいそうになる滑稽なボスの死に様だった。風川が笑うのは無理もないわ。



「つーことで勝ったね! おめでとう! 早速次のダンジョンに行っちゃおー☆」


「……ええ、何度でも、幾らでも頼りにさせてもらうわ」



 〈雪の王〉を倒した事でボス戦フィールドの中央に“屍石”が出現する。

 それに触れると、レベルアップや武器強化とは別に新たに、



・〈リビングデッド・レジスタンス〉へ戻る



 という選択肢が増えていた。

 私はまずこれを選択して、拠点へと帰還するのだった。

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