あのころの情景

 巻貝のように渦を巻いた建造物。その螺旋の塔タワーが見える位置、斜面になっている芝生に恋火と風楽は座っていた。

 心地良い風。草木の匂い。穏やかな魂の楽園。

「ここでこうやって、一緒にいたんですよ」

 風楽が微笑みながら呟いた。

「誰が?」

「僕たち四人。恋火さんに僕、水羽さんに愛地さん」

 風楽はその時の情景を思い描くように目を細める。

「こうやって座って。螺旋の塔タワーを眺めながら。いろんなことを話しました。これまでのこと。そして次の生について。僕らはいつも四人揃って転生していました。あの螺旋の塔タワーから」

 恋火は螺旋の塔タワーに目を向ける。天まで貫く塔の頂上は見えない。

「お別れはほんの僅かです。だって、また必ず巡り逢うとわかっていましたから。寂しくなんかなかったですよー」

 おちゃらけた風楽の言葉は嘘だとわかっていた。恋火が彼に目を向けると、少し恥ずかしそうに笑った。

 恋火はここで自分たちが四人で過ごしている情景を思い描いた。自分には、その時の記憶がなかったから。

「大丈夫です」

 恋火の悲しみを悟ったように風楽は言った。

「僕が必ず、なんとかしますから」

「なんとかって?」

「恋火さんの記憶を取り戻してみせます」

 そう言って笑った風楽の顔は、どこか引きつっているような気がした。無理をして笑っている。彼は嘘を吐くのが下手だ。

「風楽」

「はい」

「許さないから」

「えっ?」

「いなくなったら」

「……」

「私の前からいなくなったら、許さないから」

 風楽は目を見開きながらじっと恋火を見つめた。そして何かに思い至り、嬉しそうに微笑んだ。その笑みは、本物だった。

「はい!」

 遠くに人が見えた。ワンピースのような白いローブ姿の女性。ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 恋火と風楽はその場で立ち上がった。

 女性がこちらを見て立ち止まる。

 そしてしばらくすると、走り出した。

 明るい髪色のロングヘアー。

 蒼の瞳。

 水羽だった。



***



 シイナは鼠色のパーカー姿だった。室内に入っても、パーカーのフードを被り半ば顔を隠している。垂れ下がる前髪の隙間から、恐るおそる愛地の顔を覗き込んでくる。

 場所は愛地の自宅のリビングだった。シイナがこの場所を指定した。周りに人のいる状況で話したい内容ではないらしい。

「それで?」

 一向に話し始める様子を見せないシイナに痺れを切らし、愛地は促した。

 シイナは体をビクッと震わせた後、パクパクパクと魚のように口の開閉を繰り返した。

「あっ、あっ、ああなたにつつつ伝えておかないといけない話が」

「知ってる。だから来たんだろ。早く内容を話せ」

 室内には二人の他に誰もいないはずなのに、シイナは前髪の隙間から左右に視線を振って周りを確認した。彼は常に怯えている。

「す、水羽さんについての話です」

 その名前が出た途端、愛地の中で怒りが膨れ上がった。今にも暴れ狂おうとする体をどうにか抑えつけ、愛地はただシイナを睨みつけた。

 愛地の威嚇に目を泳がせるシイナだったが、それでも言葉を続けた。

「けけ検査の時にわかったんです。本人もまだ知らなかったことだとおお思います。す、水羽さんのお腹の中には――」

 愛地は更なる絶望に突き落とされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る