第17話「陰キャは人の顔色を窺って生きている」

 初めはそっけない態度を取っていた光哉くんであったが、他にも色々なボードゲームをしていく中で、すっかり香織ちゃんと打ち解けていった。


 気が付けばもう五時になっていて子ども食堂がクローズの時間になっていたので、僕たちは光哉くんと香織ちゃんを家まで送っていくことになった。


 僕も二人と関わっていく内に好感度を上げることができたらしく、今ではすっかり光哉くんも香織ちゃんも僕のことを「あっきー」呼びだ。


「あっきー!次いつ会えるの?」


 光哉くんは僕に訊ねてきた。


「次か、どうなんだろ。天城さん、次って何か二人と会えるタイミングあります?」


 僕は知らない体で天城さんに質問する。


「次はねー、そうだ!サマーキャンプっていうのがあるんだけど、あっきーもそれに参加すれば二人に会えるよ!」


 サマーキャンプ。八月にあるボランティアサークル合同のイベントだ。


 僕たちのLIFEる!も毎年そのイベントに参加しており、一泊二日で活動することになっている。


「サマーキャンプかー。よし!じゃあ僕もそれに参加するから、二人とも絶対に来てね」


「「行く行く!!」」


 二人は声を合わせて元気溌剌に言った。


 光哉くんたちの家の前に着くと、子どもたちは別れの挨拶をしてくれた。


「じゃ、ユウナ、あっきー、また会おうね!バイバイ!」


「うん、またね」


 僕たちは子どもたちが家に入っていくのを見届けると、その場を後にした。


 僕と天城さんの二人きりになり、旅館へと歩き進める。


「天城さん、凄いですね」


「え、何が?」


「光哉くんのことですよ。しっかり順序立ててどこが悪いかだとか優しく言えて。ちょっと見直しました」


「見直したって何よ!あたしだってもう二十歳なんだからそれくらいはできるよ」


「でも、僕にはきっとできないですから。天城さんがいなかったら、きっと滅茶苦茶になってました」


 僕は一悶着を上手く解決に導いた天城さんを尊敬していた。


 彼女は二十歳だからって言うが、そもそもどこに導けば良いか、そのために何を子どもに教えなければいけないかを咄嗟に把握して対応することは誰もができることではない。


「でも、あたしが言ったことって当たり前だけど、大人でもできてないんだから光哉くんができてなくても仕方がないことなんだよね」


「人の立場に立って考える、ってことですか」


「そう。あんなこと言ったけど、あたしもできていないんじゃないかな。 ははっ、ブーメランかもしれないね」


 彼女は自嘲気味に笑いかけた。


「そんなことないですよ。天城さんはちゃんと人に気遣いできるしっかりした人だと思いますよ。花見のときだって、他のお客さんの迷惑にならないように、って伊那谷さんを介抱しようとしたりだとか」


「そ? そう見えているんだったら良かった! へへっ、素直に褒められると嬉しいな」


「でも、天城さんは無理しすぎてるんじゃないかな、って感じるときもあります」


「え?」


 僕は今まで感じていた違和感をつい口にする。


「あんまりうまく言い表せないんですが、こう、場を気にしすぎているっていうか、たまに自分を殺しているっていうか」


 花見のときで言えば、天城さんは進んで汚れ仕事を引き受けたり、酔った仙田の発言にキレもせず優しく接してあげたりと、とても世話好きな性格なのだと思っていた。


 しかし、その度に無理に笑ってみせているように感じて、もしかしたら天城さんは自分を誤魔化しているのではないか、と憶測していた。


「自分を殺している…」


 天城さんは僕の言葉を反芻する。


 よく笑顔を見せてくれる彼女が珍しく真剣な顔つきで僕の話を聞いてくれている。


「だから、もっと自己中になっても良いんじゃないかなって。そこは仙田を見習うべきだと思います」


「…そっか」


 天城さんは、考え込むように押し黙ってしまった。


 少しの間、沈黙の時間が流れる。


「すみません。お節介ですよね」


 僕は自分が言ったことで気まずい空気に耐え切れなくなって取り繕う。


 その言葉で天城さんは自分が黙っていたことで静寂に包まれていたのに気づき、顔を少しばかり綻ばせて口を切った。


「…ううん、ありがとう! ふふっ、後輩くんに心配されているようじゃ、あたしもまだまだだね!」


「そこですよ。ちょっとぐらい、心配されちゃっても良いんですよ」


「あ…」


 天城さんの頬が僅かに赤く染まる。


 夕日と彼女の頬の色が同化した。


「…あっきーって優しいんだね。そっか…。あたしのこと、そんな風に見てくれる人がいたんだ」


 天城さんは俯いて顔色を隠し、小さな声でそう呟いた。


 普段とは違う彼女を見て新鮮に感じる。


 そしてこのワンシーン、デジャヴか。


――あたしのこと、そんな風に見てくれる人がいたんだ


 いや、このフレーズはどこかで聞いたことがあった。


 そうだ。この掛け合いを何時かしたことがある。


 一周目でも、気負っていそうな天城さんに二人きりの部室で問いかけたことがあった。


 あれは確か、飲み会のときに仙田が他サークルに絡みだして終いには粗相をして…その後始末を全て天城さんが担って…仙田…仙田!


忘れていた。仙田のセールストークをしなければ。


でも、別にしなくても僕に何ら支障はない。いやしかし、義理堅い僕は(今回の件については仙田が一方的であったが)約束したことは守る主義だ。もちろん、仙田には後で色々奢ってもらう。


真面目な会話から一転、僕は舵を切って仙田トークへと移る。


「あ、仙田といえばですね、彼、凄い男気あるんですよ。例えばですね、仙田が一人で行ったガールズバーがぼったくりだったんですが、持ち前の豪胆さを活かして、閉店時間まで居座ってお店側が諦めるのを待つとかですね、彼はとても男らしい!」


 僕は軽く見通した仙田徹底解剖図鑑の中で最後らへんに書かれていたエピソードを話した。


「え、何いきなり」


 俯いていた天城さんは顔を上げ、ポカンとした顔で僕を見つめる。


「いやですね、仙田は悪い奴ではないってことですよ!奴は花見のときに見るに堪えないおぞましい痴態を晒して、何なら天城さんに迷惑をかけましたが、汚点を超える魅力が彼にはあるのです」


「え、あぁ。そ、そうなんだ?」


 僕は精一杯のプレゼンをした。これはどこぞの商社で営業成績一位を狙える程度のトークに違いない。


 しかし、僕の努力も虚しく天城さんは話についていけていないようだ。


 仙田、僕はするだけのことはしたから、後は頑張れよ。無理だと思うけど。

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