第4話

 『銀狼』と呼ばれた銀髪に白の光沢があるスーツを身に着けた長身の男は、周囲を取り囲む濃青色の全身鎧を纏う西洋騎士達の間隙をついて、包囲から抜け出す。


「ッ!?」


 周囲を取り囲む濃青色の全身鎧を纏う西洋騎士達のうち、3人程が『銀狼』を追って追随する。

 1ブロックほど全力で走った『銀狼』は、飛び込み前転の要領で幹線道路と合流する十字路へ向かって飛び込むと前方へ1回転して着地する。着地と同時に地面を蹴り十字路を右へと曲がる。


 幹線通りを走行していた白い乗用車が対向車線を走っていく。


 速度を上げて追いかける西洋騎士達が幹線道路との十字路に達するも、大通りの右手半分を塞ぐかのように積み上げられている建築資材にたたらを踏む。

 見ると、並び立つオフィスビル1階相当の高さまで土嚢のように積み上がったセメントの詰まった袋や横倒しにされた鉄筋を軽やかに登っていく銀髪の男の姿が視界に入る。


「くッ!?……周り込め!!」


 幹線通りを走行する赤い乗用車が対向車線を走り去るのを確認すると、積み上がった建築資材の向こう側に姿を消そうとしている『銀狼』を追うべく、2人の西洋騎士が建築資材の向こう側に回り込もうとした。


 ガランッ ガンッ ガランッ ガランッ


 『銀狼』は、2人の西洋騎士が回り込もうとするのを邪魔するかのように建築資材を蹴り落とす。


「ぐッ!?……えええい……」


 残った1人の西洋騎士が、積み上がった建築資材を登ろうとした時、『銀狼』の姿が突如消えた。


「ッ!?……何処に……」


 西洋騎士が言いかけたとき、積み上がった建築資材が一斉に崩れ落ちる。

 その中から、鷲の上半身を模した漆黒の起動兵器アーム・ムーバーが姿を現す。

 鷲が羽を広げるように展開された4対の巨大なブレードが青白い光を放ち、建築資材を切断しながら振り払う。建築資材が崩れ落ちると同時に砂煙が舞い上がる。

 呆然と見上げる西洋騎士に向かって嘴のような顎をゆっくりと開ける。

 薄緑色の粒子が開いた顎に吸い込まれたかと思うと、正面の西洋騎士に向かって圧縮された空気の塊が衝撃波と共に叩きつけられる。

 咄嗟に全身盾を掲げて防御の姿勢をとる。

 西洋騎士の甲冑と盾が淡蒼色の光を放ち衝撃波が弱まるも、完全に相殺されず、盾ごと衝撃を受けて十字路の左角へ吹き飛ばされオフィスビルの壁に叩きつけられる。

 

 地響きを上げながら砂煙から高さ3メートル、横幅2メートル、全長15メートルに及ぶ4足歩行の漆黒の起動兵器アーム・ムーバーが、青白く輝く4対の巨大なブレードを羽根の様に広げている。


「し、漆黒のグリフォン……『ASSALT GRIFFON』か!?露西亜連邦の主力起動兵器アーム・ムーバーだと!?」


 黒髪と赤が混ざった金髪のスーツ姿の男達は、西洋騎士の反応にニヤリと犬歯をむき出すように凄みのある笑みを浮かべる。


「威力偵察用の特化型だが多勢に無勢ってことなら起動兵器アーム・ムーバーで蹴散らした方が早いからな!」

 

 漆黒の鷲の頭を3人程の西洋騎士達が集まっている場所に向けると、その漆黒の嘴をゆっくりと開ける。薄緑色の粒子が開いた顎に吸い込まれたかと思うと、西洋騎士3人に向かって圧縮した空気の塊が衝撃波と共に叩きつけられる。


「「「ッ!?」」」


 咄嗟に全身盾を掲げ、3人の西洋騎士達は防御の姿勢を取る。

 西洋騎士の甲冑と盾が淡蒼色の光を放ち衝撃波が弱まる。

 なんとかその場で踏みとどまるも、衝撃でその場に膝をつく。


「ハッ ハッ ハッ ハッ ハッ!」


「形勢逆転だな!」


 黒髪と赤が混ざった金髪のスーツ姿の男達は、叫ぶや否や左右に分かれて西洋騎士達の包囲から逃れる。逃すまいと再度、包囲を作ろうとする西洋騎士達だったが、漆黒の起動兵器アーム・ムーバーから連続して吐き出される圧縮空気弾を全身盾を掲げ防御姿勢を取る。

 西洋騎士の甲冑と盾が淡蒼色の光を放ち衝撃波が弱まり踏ん張るも、それ以上近づけない。

 

「……くッ!……立て直すぞ!」


 淡蒼色の光を放つ全身盾を掲げながら漆黒の起動兵器アーム・ムーバーや黒髪と赤が混ざった金髪のスーツ姿の男達から距離を取る。先ほどよりも大きな包囲陣形を形作ろうと位置取りを行っている。

 

「……おいおい……『赤狼』……こいつら、いくら何でも頑丈すぎないか?」


 西洋騎士達がそれほど疲弊していない状況に、黒髪のスーツ姿の男は眉を顰める。

 

「集団戦を得意とする濃蒼色の甲冑を纏った西洋騎士……ッ!?……まずいぞ『銀狼』!こいつらに構わず標的を……」


 何かに気が付いた『赤狼』と呼ばれた男が言いかけた時、漆黒の起動兵器アーム・ムーバーは、巨体に似合わない敏捷さでその場を飛びのくと、隣接したオフィスビルの2階部分を踏み台として潰しながら十字路の中心に着地する。


 突然、飛び出してきた起動兵器アーム・ムーバーに幹線通りの対抗射線を走行していた青い乗用車の運転手がハンドルを左に切り、幹線通りに面したオフィスビルへ突っ込む。

 衝撃音と共に周囲で悲鳴があがり、オフィスから出てきた会社員やカフェから幹線道路に出てきた客が慌てて逃げだす。

 

 先ほどまで漆黒の起動兵器アーム・ムーバーがいた場所を巨大な二本の濃蒼色の槍が貫く。


 「なッ!?……」


 『赤狼』が驚愕するのと同時に、10メートルはある円錐型の巨大な騎槍ランスが突き立った近くに、濃蒼色の流線形のプレート・メイルのような装甲を装備した騎士型の起動兵器アーム・ムーバーがビルの屋上から地面に着地する。

 西洋騎士鎧の兜のような頭部の額部分から角のような1本のアンテナと、目のようなデュアルカメラが特徴的だ。両腕には横長の八角形の厚みのある手甲を、両脚には脚を覆うように円錐形の脛当てが装備されている。そして、左腕には5本爪のバックラー、両脚の外側には両刃の剣が鞘ごと装備されている。

 

「……蒼い人型起動兵器アーム・ムーバー……やはりこいつら『蒼の騎士団プリメーラ・クロイツ』か……」


『赤狼』は逆手にもった刃渡り30センチ程の黒色のアーミーナイフを握りしめると、包囲網を狭めようと近づいてくる淡蒼色の光を放つ盾と甲冑を纏う西洋騎士達を見る表情を苦々し気に顰めた。


 ◆◇◆◇◆

 ◇◆◇◆◇◆


 ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン


 再度の警報のあと、無機質な電子合成された声によるアナウンスがオフィスビル群に響く。

 

人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ中心部で戦闘が行われています。住民の皆さんは、お近くのシュエルターへ避難してください。』


 ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン

 

「何事だ!……誤報ではないのか?」


 野太い声が、長方形を無理やり曲げただけの扇状にも見える司令室コマンドルームに響く。


久世くぜ司令ッ!?」


 それまで、ヘッドセットで怒鳴るように確認をしていた、十数人のオペレーター達が一斉に立ち上がり、司令室コマンドルームに入ってきた大柄の角刈りの男に敬礼を行う。

 白を基調とした軍服に身を包んでいるものの、筋骨隆々の胸板は歴戦の兵士を彷彿とさせる。


 オペレーター達に敬礼で返礼し、久世は指示を出す。


「いい……続けろ。高山少佐、現状報告を……」


 言いかけた久世司令は、司令部のメインスクリーンに映し出されている1機の漆黒の四足歩行の起動兵器アーム・ムーバーと2機の濃蒼色の騎士型起動兵器アーム・ムーバーが睨み合っている映像に絶句する。

 2機の濃蒼色の騎士型起動兵器アーム・ムーバーは、道路に突き立った10メートルはある円錐型の巨大な騎槍ランスを引き抜く。1機が漆黒の起動兵器アーム・ムーバーと相対し、もう1機は後ろに下がる様子が映し出される。


 ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン


 背後で警報が鳴り響いている。


「はっ!……先刻、一四:一〇に人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ西部のシンガポール行政特区の空港周辺にて銃撃を伴う戦闘が発生したことを警備用無人機ドローンおよび監視カメラで検知。セキュリティ・センターの監視要員が所定のマニュアルに則りAアラートを発砲。」


「……」


 メインスクリーンに釘付けの久世司令に構わず、高山少佐は報告を続ける。


「……続く、一四:三〇に人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ中心部のショッピングモール付近へ戦闘エリアが移行……それに伴い、民間の死傷者が多数発生。現在、救護班が出動して対応に当たっています。」


「……被害状況は?」


 死傷者という言葉に反応したのか、久世司令は高山少佐に確認する。


「はっ!現在、死者15名、重軽傷者125名……オフィスエリアのビル損壊、多数。」


「オフィスエリアのビル損壊は……今、目の前で起きている起動兵器アーム・ムーバーが原因か?」


「はっ!銃撃戦の後、起動兵器アーム・ムーバー1機が建築資材の中から出現後、続けて現れた2機の起動兵器アーム・ムーバーと交戦……現在に至っております。」


「……こいつらの所属は?」


「はッ!漆黒の起動兵器アーム・ムーバーの識別信号は、UNKOWN不明ですが蒼の2機は識別信号から『蒼の騎士団プリメーラ・クロイツ』所属のものと判明しています。」


 高山少佐の報告に、久世は頬を引きつらせる。


「待て……『蒼の騎士団プリメーラ・クロイツ』が出張ってくるような状況なのか?」


「今回、大規模な魔獣災禍スタンピード・ヘルが確認されたわけではないので『蒼の騎士団プリメーラ・クロイツ』は別の意図で動いているかと……」


「……フム……可能であれば、『蒼の騎士団プリメーラ・クロイツ』の現場責任者とコンタクトを取ってくれ。戦闘に伴うオフィスエリア損壊分の修繕費は請求せんとな。現場責任者が無理なら、向こうの本部ジュネーブに直接問い合わせろ。あれだけの規模のクランだ。真夜中だろうが連絡はつくだろうしな。」


「はっ!確認を……」


 言いかけた高山少佐の報告を遮るようにオペレーターが報告する。


「司令!……現在、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ北部のオーストラリア、ベトナム、ブルネイの軍管特区が所属不明の無人機ドローン数十機による攻撃を受け、現在、被害が拡大しています。」

 

「何ッ!?……所属不明の無人機ドローン数十機による攻撃だとッ!?」


 久世は、報告内容に目を剥き、高山少佐を見やる。


「……映像、出せるか?」


「はっ!今……でます!」


 『drone live 17』という赤文字が上部に点滅するサブウィンドがメインスクリーンに表示される。

 表示されたサブウインドウには、中空をホバリングする見たこともないエイ型の数十機の小型航空機が、オーストラリア軍管特区に停泊中の十数隻の艦艇に攻撃を加えている映像が映し出される。

 数隻は、爆炎をあげて沈みつつあり、ホバリングするエイ型の小型航空機は、艦艇への攻撃とは別に逃げ惑うオーストラリア軍の軍関係者へも機銃を斉射している。


 その後、『drone live 18』『drone live 21』という赤文字が上部に点滅するサブウィンドがメインスクリーンに表示され、ベトナム、ブルネイの軍管特区の状況も映し出される。いずれも、オーストラリアの軍管特区と同じ光景がサブウインドウに映像として表示されている。


 沈黙が続く司令部に、オペレーターが報告を続ける。


「……無人機ドローン数十機ですが、こちらは識別信号から中華大国と露西亜連邦の識別信号を確認しています。」


「ッ!?……待て、中華大国と露西亜連邦の識別信号というのは確かか?偽装ではないのか?」


 久世司令の確認に、報告をしたオペレーターは沈黙するも、別のオペレーターが報告を続ける。

 

「……所属不明の無人機ドローン数十機による攻撃と合わせて、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカの北方10キロの位置に、中華大国と露西亜連邦の艦艇が集結していることを静止衛星からも確認しています。」


『drone live 35』という赤文字が上部に点滅するサブウィンドをメインスクリーンに表示させると制止衛星軌道上の監視衛星からの人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ上空の映像がリアルタイムでされる。人工幻夢大陸ネオ・アトランティカの北方10キロ付近に、幾百もの白い線とともに画面を埋め尽くすような艦艇の姿が映し出される。

 

「……偽装ではなく……威嚇と考えた方が良いか……」


 映像を見た久世司令は、絞り出すように言葉を紡ぐ。


「恐らくは……」


「艦艇の規模は?」


「……識別信号からは、中華大国所属の艦艇は、戦艦20、空母5、巡洋艦200、駆逐艦300、強襲揚陸艦1000、露西亜連邦所属の艦艇は、戦艦10、空母2、巡洋艦100、駆逐艦200、強襲揚陸艦500……」


「待て……なんだその規模は……武力による威嚇にしては、規模が大きすぎるだろう!これでは10年前の『ミッドウェーの奇跡』の再来ではないか!」


「……威嚇ではなく、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカの実効支配が目的というのは……」


「飛躍しすぎだ!……対魔獣戦を推進している北米連合による第7艦隊の戦力再配置にあわせた威力偵察と見るべきではないのか!?」


「……しかし、露西亜連邦所属の艦艇も合わせると人工幻夢大陸ネオ・アトランティカを包囲することも可能な戦力です。」


「……」


 高山少佐の淡々とした報告に、久世は沈黙する。

 

 と、オペレーターが悲鳴のように報告を上げる。


「……が、外交ルートより中華大国および露西亜連邦から人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ行政部へ通告があり……せ、宣戦布告がなされました!!」


「……な、なんだと!」


「……つ、通告文を読み上げろ!」


 驚愕する久世司令を横目でみた高山少佐は、オペレータに促す。


「は、はい……読み上げます。『原国家体制連盟フェストゥーン』の全加盟国の決議をもって、欺瞞なる覇権主義を貿易自由化の名の下で覆い隠そうとうする『合理的国家の巨大同盟および関連議会ギャラルホルン』に対して宣戦布告をする。『原国家体制連盟フェストゥーン』の代表者議会決議をうけ、中華大国および露西亜連邦は、これより不正な富の集積を行っている人工幻夢大陸ネオ・アトランティカを接収するものとする……い、以上です!」


 オペレータの読み上げた通告文に対し久世司令と高山少佐は堅い表情を浮かべた。

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