第14話 同室のお友達

 ラナちゃんから相談事を受けます。

「あのね、同室の子とあまり仲良くできなくて、どうしたらいいかな、って」

「同室の方と? えっと、相手はどんな人なんですか?」

「エルマ=ノール=コントウォイトという、貴族の方で……」



 ここでレンちゃんがちょっぴり大きな声を上げます。

「ああ~、コントウォイト家のご息女か。何度かお会いしたことがあるよ」

「そうなんですか、レンちゃん?」


「うん。コントウォイト家は槍の名門で名高く、父と深い交流があってね。その縁で私もエルマとは稽古をした仲なんだ。彼女もまた武門の名家だけあって槍術そうじゅつの腕前はかなりのものだったよ」


「なるほど、少なからずレンちゃんと縁があると。なら、レンちゃんに橋渡しをお願いすれば」

「ミコン、それは拙速すぎるよ。まず、ラナに詳しい話を聞かないと」

「あ、そうでしたね。具体的に、どんな感じなんですか?」


「あのね、わんずが言葉をあんま使いたくなくて、それで声をかけくんろふいにしてしまったの」

「う~んと、エルマという子が話しかけても、方言が気になって無視してしまったと」

「だ」

「じゃあ……ネティアのせいですね。あの、オタンチン」


「「オタンチン?」」


「間抜けという意味です。私の故郷の方言ですので二人とも気にしないでください。ともかく、ネティアのせいでしゃべることを委縮してしまったラナちゃんが、同室のエルマに話しかけられても言葉を返すことができずに距離が開いてしまったわけですね」



 レンちゃんには前回のリボン騒動でネティアとラナちゃんの関係を話しているので、ここら辺の事情は把握しています。

 そのレンちゃんはラナちゃんを想って優しく問いかけます。


「あの、ラナ。今も会話するのが怖いのかい?」

「ちょっと。でも、ミコンのおかげで前よりは、勇気が持てた。標準語も覚えるよう頑張ってるから、それも自信になった」

「ふふ、そっか。それじゃあ、もう少しだけ勇気を出して、ラナから話しかけてみたら?」

「そんぐあ……」



 ラナちゃんは小さく言葉を返して、うつむいてしまいました。

 その意味をレンちゃんは知り、同じく静かな声で言葉を返します。

「うん、そうだね。そう簡単にはできないよね」

 

 ラナちゃんに事情があったとはいえ、話しかけてくれた相手をずっと無視してしまったことには変わりません。

 それにエルマはラナちゃんの事情を詳しく知っているわけではないでしょうから、エルマから見ればラナちゃんから無視され続けたことになるでしょうし、そういったすれ違い、誤解を解くことから始めないとならないようです。



 私は腕を組んで目を瞑ります。

「さて、どうしましょうか? 事情を伝える場がほしいですね。まぁ、それができたとしても今までが今までですから急に距離は縮まりにくいでしょうし、少しでも距離を縮めることのできる何かが欲しいところ……」


 と、ここで、レンちゃんがグッドなアイデアを思いつきます。

「そうだ、来週中頃に学年合同で行われる課外授業を利用してみては?」

「え?」

「四~六人一組で行われるオリエンテーリングがあるだろ。その行事を私たちとラナとエルマで行うんだよ」


「なるほど、それを誤解だったことを伝える場にして、そして共同で何か行うことで距離を縮めるんですね。さすがです! レンちゃん!」

「ふふふ、お褒めにあずかり光栄だね。それでどうかな、ラナ?」

「あ、うん……でも、二人の成績の邪魔になる? 課外授業はあとの評価に響くとぶんくけど?」


「あ……」



 そのことを失念してました。

 レンちゃんやラナちゃんはともかく、魔導学で赤点補習を受ける立場である私としては、身体を動かす実践の場で少しでも評価が欲しいところ…………ですが――。



「だ、大丈夫ですよ。友達のためですから。そ、それに何も評価に響くわけじゃありません。わ、私たちが組めば絶対にトップ評価を貰えますから!」

「ミコン、声が震えてるけど?」

「シャラップです、レンちゃん! このミコン、友達を置いて己の利を先打つことはありませんよ!」


「そうみたいだよ、ラナ」

「ありなん……じゃない、ありがとう。ミコン、レンさん」


「それじゃあ、話はまとまりましたね。ガルドーさん、もういいですよ」

「気づいてたのかよ?」



 私が店先へ視線を飛ばすと、お店の入り口近くでガルドーさんが両手に持ったトレイに料理を載せて立っていました。


「なんか、話し込んでるみたいだから遠慮したんだが?」

「たしかにちょっと人には聞かれたくない内容でしたから、そこはグッジョブです。だけど、お料理は冷めてませんか?」

「話し込んでても、冷める前には出すつもりだったからな。ほら、まだまだ熱々だぞ」


 そう言って、丸いウッドテーブルの上に私の注文したパンケーキとハーブティ。レンちゃんが注文した、たまごサンドと唐揚げとオレンジジュース。

 そして、ラナちゃんには紅茶と、チャリフルという聞き慣れぬ料理が並びます。



 私はテーブルいっぱいに並んだ料理へ瞳を落として、チャリフルという料理に注目します。

 薄いナフキンに包まれた薄地クッキーと野菜サラダ。妙な組み合わせです。

 クッキーには赤い果実が練り込まれています。


「クッキーとサラダですか。これがチャリフル?」

「まだ、まとなりじゃない」

「ん?」

「あ、ごめん。完成じゃない。このクッキーを砕いてサラダにかけて完成」

「へ~、面白い食べ方ですね」



 私はクッキーを見つめて、からだはソワソワ、両手はもじもじ。

 ラナちゃんはくすりと笑い、クッキーが盛られたお皿をスッと私へ寄せました。


「クッキーだけでも美味しいから、食べてみて。レンさんも」

「これはこれは、催促したみたいで申し訳ないですね~」


「いやいや、ミコン。体全身で催促してただろ」

「ああ、たしかにな。食い意地の張った嬢ちゃんだ」



「うるさいですよ、二人とも。では、ラナちゃん。一枚戴きます」

 

 私は薄地のクッキーを手に取り、パクリ。レンちゃんもパクリ。

「もぐもぐ……甘味よりも酸味が濃いですね。果実はベリー系……風味がとても濃い、果実の正体はアルナベリーですか」

「うん、これは美味しいな。甘いクッキーと思いきや、さっぱりとしてて」

「そうですね……若干、香り立つものがありますが、それがわからない。なんでしょう? ふ~ん、香りの中には甘みも……これは難しいですねぇ」



 こう見えても私は自分の味覚に自信があります。

 ですが、このクッキーに使われている材料が見抜けません。

 私が両猫耳をぴくぴくさせつつ尻尾をふよふよ漂わせて悩んでいると、ガルドーさんが大きな笑い声を上げました。


「あははは! さすがのミコンでもわからないか。まぁ、そいつは仕方がねぇな」

「にゃにゃ、その言葉は美食グルメ猫たる私に対する侮辱ですよ!」

 

 と、言葉を強く返しますが、ガルドーさんは笑いを収めません。

 その笑いに混じり、ラナちゃんもクスリと愛らしく声を立てて、材料の正体を教えてくれます。

「これは、バールランでしかとれない香辛料。マグルアイが入ってる。だから、わからない」

「あ、なるほど。その土地独特の調味料ですか。たしかにそれだと、私にもわからないものがありますね。もう、ガルドーさん。それなのに笑い過ぎですよ」


「あはは、すまねぇすまねぇ。いっつも俺の料理の隠し味をあっさり見抜くからなぁ、ミコンは。だから、舌先を悩ませる姿が楽しくてよ」

「本当にいい性格してますね。それですけど、このクッキーにどうしてサラダなんですか?」

「それはな、ラナ」

「はい」


 ラナちゃんは数枚のクッキーを手に取ってそれをナフキンで包み――なんと、粉々に砕き始めました。

 そして、砕いたクッキーをサラダにまぶしたのです!?



「ラナちゃん、これは……?」

「これが、チャリフル。野菜サラダに果実入りマグルアイのクッキーをかけたもの」

「これはまた不思議な調理法です…………あの……」

「うん、どうぞ」

「すみません、意地汚くて」

「なんもなんも」


 私はラナちゃんからフォークを受け取り、クッキーがまぶされたサラダを口に運びます。

「もぐもぐもぐもぐ――――なっ!? 凄いですね。サラダとは思えない! まるで果実のような味が!!」



 いくら新鮮でも、お野菜には植物の青臭さが残るもの。

 特に獣人である私はその匂いに敏感です。

 だからこそ、ドレッシングなどを用いて青臭さを消すのですが。


「野菜の甘味が果実の甘味のように変化してる。もしかしてこれが、マグルアイという香辛料の効果ですか?」


 この問いにガルドーさんが答えます。

「マグルアイは野菜の甘味を変化させる効果があるんだ。でもって、その効果は練り込んだ果実によって変化すんだよ。今回練り込んだのはベリー系。もし、リンゴをクッキーに練り込んだら、味がまた違ったものに変化するという代物なんだぜ」


「ということは、クッキーに練り込む果実の組み合わせによって、様々な味を堪能できるわけですか……もぐもぐ、うん。クッキーのカリカリな食感と野菜のパリパリの食感が絶妙でたまりませんね。ガルドーさん。どうしてこれをメニューに載せないんですか? もったいないですよ」


「載せたいのはやまやまなんだが、こっちだとマグルアイはなかなか入手できねぇんだよ。できても、結構な値段になるし」

「え? それじゃ、このチャリフルのお値段は……」

「ははは、心配すんな。こいつは俺のおごりだ。同郷のよしみでな」



 ガルドーさんはラナちゃんへ顔を向けてニヤリと笑います。

 それにラナちゃんは会釈を返しました。

 そんな素直なラナちゃんにガルドーさんはニヤリとしていた顔を少しばかり綻ばせて、大きく視線を取って街を眺めます。


「ま、昔と比べて人と物の流通が盛んになっているから、そのうちマグルアイも手に入りやすくなるかもな」

「ふふ、そうだといいですね」



――おい、ジジイ、どけよ!!――



 突然のだみ声。

 顔を声へ向けると、やから全開の人相風体をした三人組の若い男性が、おじいさんに声を荒げています。

 私は眉間に皺を寄せて、彼らを睨みつけました。


「珍しいですね。この地区にあんなお馬鹿さんが残っていたなんて」

「ありゃ、よそもんだな」

「余所者?」

「ああ、ミコンが地元の連中を懲らしめたが、最近はああいうバカがチラホラとな。これもまた、人と物の流通が盛んになった恩恵ってわけさ」

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