第10話 指示をしたのは?

――学生寮・廊下


 

 ミコンは通りかかりの生徒にネティアたちの所在を尋ね、まだ学生寮にいることを突き止める。

 そして、完全に我を忘れて廊下を疾走していた。


 学生寮三階のロビー。 

 ここは大勢の生徒たちの憩いの場。

 まだ、始業まで時間があるため、学園へ登校する予定の生徒たちが行き交っている。

 そのロビーにネティアと取り巻き三人娘はいた。

 

 ミコンは拳に魔力とは違う力――という名の生命力を宿し、ほのかに白光を纏う。

 そしてそれを、昨日ミコンたちを見て笑っていた三人娘へ振り下ろした。



「このっ、クズがぁぁ!」


「「「えっ!?」」」

「ミコン? おやめなさい!!」


 ネティアの声が飛ぶ――同時に振り下ろされた拳。

 だが、その拳は三人娘に突き刺さる寸でのところで、空中に展開された魔導障壁にさえぎられた。

 拳と障壁がぶつかり合い、バチバチとした光のが飛び散る。


 ミコンは一度拳を戻して、後ろへ数歩飛び退く。

「邪魔をするということは、あなたもグルですか!? ネティア!!」

「あなた、何を言って……」



 ネティアは自身が展開した障壁へちらりと視線を振る。

 咄嗟とは言え、障壁はとても分厚く堅固けんごなものであったはず。

 だが、拳の衝撃で無数の亀裂が走っていた。


(素手で私の障壁をここまで破損させるなんて……)


 視線をミコンへ戻す。彼女は鼻息を荒くして、冷静ではない。

(何があったか知りませんが、頭に血が上っているようですわね。あれでは料理の話題だけでは止まれないでしょう。仕方ありません。力で頬辺ほおべたを殴りますか)



 ネティアは身の内より魔力を産み出し、そこへ殺気を溶け込ませる。

 そして、紅き視線でミコンを射抜いた。


「ミコン、この突然の暴力。どういうつもりですか?」

 淡々と発せられる言葉。しかし、一音一音に圧があり、ミコンはそれを心と肌に感じ取る。

(――っ、なんて奴。殺意と暴力が織り交ざる言葉に魔力――本当にお嬢様なんですか?)


 ネティアの力に頬を殴られたミコンは冷静さを取り戻す。

 しかし、振り上げた拳は前へ突き出したまま。

 ネティアもまた、魔力を鎮めることなくミコンを紅玉の瞳に捕らえたまま。


 二人の無言の圧力に、周囲の生徒や取り巻き三人娘は声を発することもできず、ただただ見つめるばかり。

 しばしの沈黙。しかし、ミコンがそれを消し去る。



「ママから貰った大切なリボンを汚したのはあなたたちですね」

 彼女は確信をもって、三人娘を言葉で突き刺す。

 三人娘はミコンの声と視線に震えながらも、悪態を返す。


「は、はい? 何言ってんの? わけのわかんないこと言わないでよ」

「そうよ、私たちが何をしたというの?」

「緑色のリボンなんて知らな~い。私たちが何かした証拠でもあるの~?」


「どうして、緑色、だとわかるんですか……」

「え、それは……ほら、だって、ラナがいつもしてたじゃない」

「私は……一度もラナちゃんのリボンとは言ってませんよ!!」

「あ……」

「語るに落ちるとはこのことですね――遠慮なく、ぶっ殺す!」

「「「ひっ」」」



 ミコンは身体を前のめりにして、一歩、足を踏み出そうとする。

 それを受けて、ネティアはいつでも魔法を産み出せるよう、魔力を高めた。

 そこにレンが訪れる。彼女は大声を上げながら、こちらへ駆けてくる。


「ミコン、早まるな! 彼女たちに暴力を振るえば、学園にいられなくなる!!」

「だからなんですか!?」

「ミコン!?」


「あのリボンは……ラナちゃんのママがラナちゃんを想って贈ったリボンですよ。それをドブに漬け込むなんて、絶対に許せない。私の友達にあんな悲しい涙を流させたことは絶対に! 絶対に許せない!」



 レンがミコンの肩を掴もうとしたが、一歩遅く、手は空を切る。

 ミコンは、三人娘へと再び飛び掛かった。

 しかし、その間をさえぎるようにネティアが立ち塞がり、小さな光の魔法を放ってミコンの視界を奪う。


「クッ!」


 白に染まった視界はミコンの突進を抑える。

 そこに生まれた僅かな時間――ネティアは周囲を素早く見回す。そして小さな息を漏らすと、高らかに唱えた。



「私が指示をしました!」



 この言葉に、取り巻き三人娘はすかさず声を返した。

「待ってください、ネティア様!」

「あれは、私たちが!」

「そうです! ネティア様には――」


「黙りなさい!!」


 彼女の一喝に三人娘は体を跳ねて押し黙る。

 ネティアは三人娘をちらりと見て、またもや小さな息を漏らす。

 そしてそこから、もう一度はっきりとした声でミコンに言葉を渡した。



「私が指示をしました。庶民であるラナの存在が疎ましくて、三人にいたずらをするようにと。ですから、彼女の大切な母の贈り物を汚せと命じたのは、この私です!」


 広がる言葉。

 ロビーにいた生徒たちはこれに小声で言葉を交わし合う。

「え、なに。ラナって子のお母さんの贈り物をぐちゃぐちゃにしたの?」

「マジで? それはさすがにないわ~」

「いくら庶民が気に食わないからって、ちょっとなぁ」



 ネティアを非難するぼそぼそ声。

 ミコンはネティアから視線を外し、周囲の生徒たちの声を猫耳で受け止めて小さく首をかしげた。

 そこから視線を戻し、ネティアをまっすぐ見つめて問いかける。


「それで、あなたはいいんですか?」


 ネティアは問い掛けに答えない。

 ただ無言でミコンを見つめ返すのみ。

 その彼女の態度に応え、ミコンは拳を降ろした。


「……わかりました。こちらは退きます」

「そう。だけど、ミコン……」


 ネティアはミコンへ近づき、小さな声を漏らす。

「一言、忠告をしておきますわ」

「なんですか?」

「友に寄り添い、怒りを覚えることは悪くありませんが、感情に吞まれれば、悲しむのはその友ですわよ」

「クッ!」


 彼女はミコンから離れ、三人娘へ近づき、ロビーから離れるよう指示を出す。

「話はつきました。行きますわよ」

「「「ですが、ネティア様。私たち」」」

「黙りなさい。さぁ、そろそろ始業時間です。あなたたちは黙って私の後ろからついてきなさい」

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