第13話 義母は自爆する。「だから言ったろ、俺に不可能は無いと」


「なんだよ暗躍って……何だか不穏な響きがするんだが」

「アハっ。気にしないで下さい。なので優希ちゃんに限ってのみ真実を知らせるのは私に一任して下さいね」

「わ、分かったよ……」

「けれど颯流にも嘘の口裏合わせを1つだけ要求しますよ」

「嘘を? どうして」

「決まってるじゃないですか。私が本当は花園57期生で1個だけ年上だからこそ颯流のパパと結婚できたのですよ?」

「……あ」


 確かに月愛が1個だけ年上なのと俺の親父と結婚したと言うことだけは何が何でも隠したいだろうからな。俺がうっかり口を滑らせたら月愛の努力が全て水の泡だ。




「なので学校の人間に伝えるときに、私が颯流と同じ屋根の下で暮らしてる筋書きはこうです……『私のママのペネさんが颯流のパパの克樹さんと結婚して、ペネさんは克樹さんと一緒について行った』にしましょう……良いですね颯流?」




「なるほど、公では俺たちを義理の兄妹だと認識してもらうんだな」

「ええその通りです。……お手数を掛けますがよろしくお願いしますね」

「もう分かったから気にするな。お前のバカとは昔から散々付き合って来たんだからこの程度を気に病むことなんて無えよ」

「そう言って貰えると助かります」


 全く今更になって少しだけ申し訳ない表情を浮かべるのかよ……不器用な奴だな。


「だからあいつに伝えるとしたらその筋書き通りに応答するよ」

「有難う御座います颯流! まあなので少し不安ですが、颯流の男友達には言って頂いても構いません……ただし対価として朝のモーニングキスをご所望します」


 不満そうな表情からニヤリとサディスティックな笑みを浮かべる月愛。

 コンニャロまた軽々と俺にそう言うこと言いやがって……!


「……嫌だよ、恥ずかしいだろ」

「え〜? 家族同士で頬っぺたにキスをするのは一般的な挨拶じゃないですか〜。特にフィリピン人はしょっちゅう子供にキスをするものなんですよ?」

「な、なんだ……頬っぺたの方か……まあそれなら……」

「へえ〜? 颯流は本当は私との熱いキスを期待してたんですかぁ〜?」


 そう言いながら自分の魅惑的なぽってり唇を人差し指でにゅっと下げて健康そうなそれを見せつけてきた……ぐっ……リップをしてるわけじゃないのに何て破壊力だ。

 控えめに表現しても今朝に額にキスされて感じた通りに瑞々しくて妖艶な艶やかさがあり、本人には絶対に内緒だがかつてアレをおかずに自慰に耽ってたこともある。


「ばっ、馬鹿野郎そんなわけないだろ! それは親子がする愛情表現の常識を超えてるだろ!」

「んふふ〜そうでしょうか? 常識とは自分が今まで育った環境や他人で形成されるものなんですから、今日から私と2人の間にだけ新しいルールを作りませんか?」

「作らねえよ、大体俺が唇でのキスを『異性との肉体接触を目的とした手段』として認識してる以上は幾ら何でも無理があるぞ!」

「確かにそれは価値観を変えるのにまだ時間がかかりそうですね〜! も〜折角の据え膳も食えないだなんて……この意気地無し♡」

「ぐっ」


 クッソ……無駄に可愛いぞこの女……なんで俺の母親がよりによってこいつなんだよ。出だしからもう既に俺は散々振り回されてるんだが大丈夫か俺の貞操は?

 まあ月愛が抱えるだろう精神的な疲労の対価として見るならば破格の条件だろうが、どうしても抵抗を覚える自分がいるんだよな。


「だから仕方ないので今回は頬っぺたのチュウで我慢してあげますね♪」

「……なあ、本当にやらないといけないのか?」

「当然じゃないですか。だって朝起きたら私の方からキスしてあげたのに、子が返してくれないと幾らママでも寂しく思っちゃいますよ?」

「いやお前絶対に俺のことを完全に息子とは認識できてないだろ?」


 母親が愛情で自分の子にスキンシップを取るのとは明らかに別の愛情を抱きながら、月愛が俺に接触してるのはバレバレだ。


「昨日の今日で親子になったばかりなんですからもちろんですよ〜」

「……だろうな、俺もお前のことを母親として見るのは到底無理だ」

「えへへ。嬉しいことを言ってくれますね。私を異性として認識してくれてるのは光栄ですよ」

「自分のことを恋愛的に好きだと言ってくる相手を意識しないわけがないだろ。それもいよいよ四六時中ずっと顔を合わせることになってるんだぞ」

「颯流のパパと結婚した甲斐がありましたね」

「理由が不純過ぎるだろ」


 恐らく俺と一緒に居られる時間を増やすための苦肉の策なんだろうが幾ら何でも常識を逸脱した行動じゃないだろうか……改めてこいつの行動力が化け物のそれだ。マジで敵対関係にいなくて心底ホッするレベルだぞ。


「だからほら早く〜キスして下さいよ」

「……パスしても?」

「それではお友達に話す許可を与えられませんね」

「そうなったらもう家に呼べねえだろ……」


 あいつはとにかく冒険が好きだからな。去年彼女が出来たようだが以前までは完全にヤリチンだったからその名残か状況の変化を見抜くのが上手い。つまり俺の家で3階に上げなかったとしてももう1人女性が住むようになったことはバレるだろうな。


 それにあいつ妙に聡いからな、どうやら月愛が留年したことまではバレてないようだけど以前から「お前本当は彼女居るんじゃねえの?」とか言ってて、それに限りなく近い存在が目の前に居流のだから必死に誤魔化すのに苦労させられたものだ。


「そうですね。女の子にキスすらできない颯流はとんだ根性なしと言うことにもなりますね」

「何を言って──」

「まあ〜人からの好意を返すことも出来ないクソ雑魚童貞のマザコンくんには少々ハードルが高過ぎたのかも知れませんね〜?」

「この野郎……!」

「ほらほら〜今すぐこの生意気な口を黙らせないとどんどん性格の悪いところが出てしまいますよ〜?」

「……っ!」


 さっきから黙って聞いていれば俺を罵倒しまくりやがって! 生意気な奴めそんなにそんなに俺に黙らせて欲しかったんだったら望み通りにサラッとこなしてやるよ。


「良いだろう、やってやるよ。キスくらい俺に出来ないとでも?」

「無理ですね。今まで1度もしてきたことのない颯流に出来るとでも?」

「ああ、俺の辞書に不可能の3文字はない。一瞬だけ触れさえすれば良いんだろ」

「どうせヘタレるのは見えてますし、ただの口先ですね〜」

「俺はやれば出来るんだよ」

「ふっ。そもそもやる事が出来ない、カッコ悪い腰抜けなんですから無理だって話をしてるんですが〜。言うだけなら簡単ですし」

「っ……俺をなめるな。今すぐキスしてやるよ」


 見下したような笑みを浮かべる月愛を睨み据えて俺は勢い良く椅子を引くと、ダイニングテーブルを回って彼女の目前まで来た。そんな俺を見て彼女はどこか期待するような目をしてたけど相変わらずムカつくような表情をしてやがる。


 こいつは恐らく俺が慌てふためいてる場面を楽しみたいだけなんだろう。

 そのサディスティックな笑みと若干痙攣してる口元が何よりもその証拠だ。

 俺が絶対に手を出せないとたかを括って内心では嘲笑してる事だろうな。

 だがこの俺が女の子に触れられないだなんていつ誰が決めたのさ?


 ──思春期男子の性欲舐めてんじゃねえよ。


 客観的に状況を分析をしても俺はハイエナによって追い詰められた草食動物だと喩えられるだろうが、草食動物にも彼らなりの反撃方法があるんだと言うことを教えてやらなければな。俺のママになったからって何をしても許されるわけじゃねえんだ。


 テーブルに手を置くとターゲットに照準をロックオンさせた。髪の毛を耳にかけた月愛の顎を少しだけ上に上げて頬っぺたを狙いやすくすると、俺はそのまま「ほらかかって来なさい」と言わんばかりに強調してきてる頬にそっと唇を近づけていき、


「……っ」


 な、何だよこの肌は……卵のようにぷるんとしていて清楚で爽やかなイメージをもたらせてくれると同時に素肌のキメが細かくてとにかく白いのだ。まるで内側から透明感があるようでシンプルに美しくため息もつきたくなるレベルの美貌だぞこれは。


 こいつは本当に俺と同じ人間か!? 実はマーメイドでずっと海中に住んでたから皮脂や油が一切溜まらなくて肌がスベスベなんですよ〜って言われたら信じてしまうぞ。しかも下に降りるときにつけて来たのか頭をクラっとさせる香水の匂いもする。


「……………………」

「………………ふっ」

「ん?」

「あっははっ♪ だから言ったじゃないですか〜。所詮颯流にはキスなんてム──」

「チュッ」


 神経を逆撫でさせるような煽りに何かがプッツンと切れて、俺は月愛が頬っぺたにキューッと筋肉の力を入れていた頬に自分の唇を接触させた。計算外の事態に驚いたのか、リップ音が鳴ったと同時に固まる月愛を見てほくそ笑みながら言い返す。


「あまりにも肌が綺麗だったから見惚れてただけだ。だから言ったろ、俺に不可能は無いと」

「……ぁ……っ……」


 そうカッコつけたセリフを並べながら俺が唇で接触させた部分を自分の親指の腹で拭うと、お互いに食べ終わった皿をシンクまで運んで洗い始めた。『シャーッ、ヌプヌプっ』……やってしまった……このようなスキンシップを取ったのは初めてだぞ。


 顔から火が吹き出そうな程に恥ずかしいぞ……だいたい今は後ろを向いてるせいで何をしてるのか分からないが先程から月愛の方から物音が何一つしない……あいつも馬鹿野郎だろ……自分も恥ずかしさで自爆するくらいなら最初からするなよな……。


 先程だから心臓がうるさ過ぎてこのまま口から飛び出しそうだ……アホかよ俺は、自分の母親とキスをしたくらいでこんなにも取り乱して。上昇していく体温を冷やすようにして皿洗いを黙々と続ける……この沈黙のせいで余計気まずいんだが……。


『パタンっ』


 数分後に後方から扉が閉まる音だけを聞くと俺はやっと深呼吸が出来たのだった。




【──後書き──】

 窮鼠猫を噛みます。

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