第16話 日曜日のデート

 カンカンカンカン!と、また大きな音に起こされた俺はカエルように飛び跳ねる。

一体何事か!?と、左右を振り向くと、白いニットと黒のナロースカートを身に纏った少女がいた。上着のボックスシルエットを着た黒髪少女、愛香はおたまで鍋に叩いていた。

 俺は目を擦って、彼女にこう怒鳴る。


「うるさいぞ!このドS女!今、何時だと思っているんだ!」

「あら、嫌だわ。学園にも行かないヒモが何を言っているわ」

「ぐ!学校に行かないのは、天才の俺の居場所は学校ではないからだ!」


 そうだ。俺は東京美高等学校に二日間しか通っていない。あの火曜日の夜、俺は失恋をした。何もかもやる気が出なかった。そんなやる気が出ない俺は、ベッドに引きこもっていたのだ。

 そして、今日が何日なのかも忘れていた。

 

「じゃあ、その天才さんは約束を破るの?」

「約束?」


 愛香の言葉に俺は首を傾げる。そして、近くにあるスマホを取り出すと、画面を確認する。今日は日曜日、朝の8時30分だ。

 日曜日に何かあったっけ?あ……そうだ。俺、この女と約束していたのだ。


「わ、悪かった!すぐに着替えるから、待っていろ!」

「わかれば、よろしい。じゃあ、リビングで待っているわ」

「ああ!頼む!」


 そういうと、愛香は部屋を去る。

 俺は何日も着替えていないパジャマを脱ぎ捨てて、俺はクロゼットを開く。学園服以外にも、家から送ってもらったシャツが何着か届いている。

 俺はその黒のポロシャツに黒いデニムを選び、素早く着替える。

 鏡前に立ち、身だしなみを確認する。

 

うん……問題ない!ばっちりだ。


 俺はいつもの慢心な心でいて、いつもの態度


 『……私たち…………別れよう』

 

 唐突の千花の別れ話。それが頭から離れることはなかった。俺の初恋が、終わってしまった。その事実に、心臓が強く鷲掴みされる。

 心がポッカリと抜け落ちたようだ。


「ははは、天才でも失恋するんだな」


 俺は鏡の前で笑って見せる。不細工な笑みだ。

 うん、本当に不細工な笑みだ。

 こんな顔でデートするのか、なんだか恥ずかしいな。


「さて、行きますか」


 パンパンと頬を叩き、気合を入れる。

 これからデートだ。そんなメソメソした顔をしていたら、相手には失礼だ。俺は三日間ずっと悲しみに浸っていた。失恋のダメージは思うより大き過ぎたのだ。

だから、今日は、デートを楽しもう。

 俺は自室から出ると、パッと咲いた笑顔を作り、俺を待っている坂本姉妹に挨拶する。


「やあ、諸君。お待たせして申し訳ない。天才画家の健次の復活だ!」

「健次お兄ちゃん!」

「おう!」


 飛び込む、愛莉に俺は抱き抱える。

 ぐるっと、回る。愛莉は楽しそうに笑った。一周回ると、俺は彼女を下ろした。

どうにも彼女と会うとこうやって遊んでしまう。俺と彼女のちょっとした挨拶みたいなのだ。

 そんな楽しそうと微笑んでいる愛莉に釣られて、愛香もボソっと唇先を端上げた。

 ……お前も妹のことを愛しているんだな。


「さあ、この天才芸術家。吉田健次は復活しました!」

「わーい。いつもの健次お兄ちゃんだ」

「おう。長く時間がかかってすまなかった」


 俺はキラと、前歯を見せてやる。

 すると、愛莉はどこか嬉しそうに笑い出す。

 うん。この子は太陽みたいに、元気でかわいい女の子だ。

 ……冷たい姉と違ってな!


「さて、復活したのは良いのだが、俺たちのデートの目的地はどこだ?何も詳細は聞いていないぞ?」

「そうね。絵の具と普通にショッピングしたいから、美術用品店があるショッピングモールに行きたいわ。どこか、おすすめはないかしら?」

「うーん。だったら、銀座にある画材店かな?ショッピングモール内じゃないけど、画材店とショピングモールは徒歩で5分離れている。それでいいか?」

「ええ。構わないわ」

「よし、じゃあ、出発進行だ!」

「今日はやけにテンションが高いわね。三日間学校を休んだくせに」

「……古傷が痛むから、何も言わないでくれ」


 俺は心臓を抑えると、愛香は冷たい視線を浮かべながら「あら?ごめんなさいね。わざとじゃないわ」と、心が宿っていない謝罪をする。

 ……俺……この女……嫌い。

 どうして、彼女はこうも冷徹な言葉しか言わないのだろうか?赤い血が流れていないのだろうか?と、俺は苦虫を噛んだ顔をしながら、愛香を睨んだ。

 とはいえ、睨むだけだ。それ以上のことはしない。

そして、俺たちは出かけることにした。

 まだ、慣れないリムジン車に乗る。席は俺が後部席の下席で、愛香と愛莉は後部席の上席。つまり、彼女は扉とは向かい側の方に座っていた。


「さて、デートからにしては、女性をエスコートするのがマナーですわよ」

「おいおい。そっちから誘い出したんじゃないか?まあ、良いけどな。俺は天才だ。エスコートするのもお茶の子さいさいだ」

「天才は死語を使うのですね」

「ぐ!黙れ!『お茶の子さいさい』は今でも使われている!」


 そんなくだらない口論していると、俺たちは銀座の画材店へと到着する。

 下席に座っている俺は扉を開くのを待つ。数秒後にパカんと、自動に扉が開く。俺は外に出ると、目の前には画材店があった。


「ここが、画材店だ」

「あら、結構広いところね」

「まあな。品揃いもいいし、俺はこの店を気に入っている」

「へえ。あなたのお気に入りですか。それは色々と期待できそうな店ですね」

「期待とは言われたら、困る。普通の画材店だよ」


 俺はぽりぽりと頬を掻き出してから、店の中に入る。

 店の中は絵画に使用するものをいくつも置いていあった。油彩、筆、パレット、スケッチブック、鉛筆、イーゼル、キャンバス。そんな絵画に必要なものを一周して見回す。

 さっきから絵の具の数に唖然している愛香に、俺は口を開いて尋ねる。


「さて、愛香様。本日のリクエストは何にしましょうか?」

「え、ええ。こんなに多いとは思わなかったわ。いつも、セバスに買い出しさせているのだけど、実際に見ると、油彩もこんなに多いのね」

「それは、絵画にはいろんな手法で描けるからね。文字を書くことと同じで、いろんな手法が書かれる。ペンでもなんのペンで文章を書くのか、ボールペンなのか、万年筆」

「じゃ、じゃあ。愛莉が描けるものおすすめはない?」


 愛香はそういうと、妹の愛莉の方へと目線を送る。

 愛莉はじっと、真っ白なキャンバスを覗いていた。初めてキャンバスを見たのか、目がキラキラと輝いている。

 ふむ、この子供でも絵画を楽しめる絵画と言えば……あれしかない。


「なら、乾きやすい。坂本特性クイックスペシャル油彩でいいかな?使いやすいぞ。初心者にもおすすめだ」

「わかったわ。それを購入しましょう」

「まずは、3原色から買ってみよう。それと、絵を描くのであれば、キャンバスも必要だ。まずは小さめのキャンバスを使うのがおすすめだ。この0号がいいかも」


 俺はそういうと、小さなキャンバスを持つと、彼女に見せる。18センチx14センチの小さなキャンバスを彼女に見せる。

 絵を描くことで一番大切なのは上手い下手ではなく、最後までやり切ることだ。だから、キャンバスも小さなキャンバスにした。初心者が挑戦できる、サイズにしたのだ。


「じゃあ、そこのキャンバスを5枚ほど購入するわ」

「了解。後は、筆は画廊に何枚かあったから、必要なのはパレットかな?愛莉がいちばん手に取りやすいパレットにした方がいい」

「わたし、これがいい!」


 そう言うと、愛莉はあるパレットを俺に見せる。それは子供用のパレットだ。小さくて、彼女の手に収まっているものだ。

 俺はそれを手にすると、愛香を褒める。


「すごいね!こんなパレットを見つけて」

「えへへへ」

「よーし、じゃあ、これにしようか」

「うん!」


 絵画に必要なものが集まったので、会計場所でと商品を持っていく。すると、愛香は金ピカなクレジットカードを持ち出して、会計をする。


 ……うお、眩しいカード。カードの輝きで目が潰れそうだ!


そんな会計が終わると、荷物は俺が持つ。一旦はリムジン車に戻り、荷物を置く。

 腕時計の時間を見ると、まだまだ朝だった。10時を回ったばかりだ。

 まだまだ、日は長かったのだ。


「それじゃあ、次はデートしましょう」

「デート?ショッピングモールでか?」

「ええ。そうよ。紳士なら、それぐらいはできるでしょ?」

「は、言ってくれるな。エスコートはできるさ」


 俺は吐き出すように言葉を吐き出してから、彼女の前に跪く。手を差し出す。そして、彼女の手にキスをする。

 これこそ、紳士が行う行為!女性へのリードの誘いだ。映画で見たワンシーンだよ!


「へえ、紳士らしくなりましたね」

「当たり前だろ?俺は天才だから……ってかなんでハンカチで手を拭いているんだよ!」

「いやあ、少し雑菌が口つけするから、綺麗にしないとね」

「こ、このお!」


 俺は怒りを溜めて、拳を握りしめる。

いつか、この女を陵辱してやる!そこまでする勇気はないけどな!

 そんな漫才をやっているうちに、愛莉は楽しそうに俺たちを見ると、こう口にする。


「あははは、二人はラブラブだね!」

「「違う!」」


 俺と愛香が声をハモらせるように言うと、愛莉は「違うの?」と、しゅんと涙目になり、俯いてしまった。

 ああ、彼女を泣かせてしまった。

 俺と愛香は慌てて、彼女を元気つけようとする。


「ラブラブじゃなくて……ただ、仲がいいだけだ」

「そ、そうよ。私たちは仲がいいだけよ」

「うん!二人とも大好き!」


 そう言うと、愛莉は俺の方にタックルするように俺の足にドライブしてきた。

 俺は彼女を支えるように、彼女を抱っこし、上へとあげる。


「高い、高い」

「ははははは!」

 

 再び、彼女は笑みを浮かべる。

 どうやら、彼女に元気つけられたのだ。

 さて、問題はこれからだ。この愛香をショッピングモールのエスコートをすることだ。女性が好きなショッピングなんて、したことがないぞ?俺……

 今から、彼女をエスコートできるのか?

 まあ、考えても仕方がない。俺は彼女の手を取り、前へと進む。


「やっぱり雑菌がつくので、手は繋がないでください」

「おーい!空気読めー!」

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