第2話 10億円の借金ができた

 歩いて20分弱。俺たちはまだ森の中だった。そろそろ屋敷に辿り着く距離だと俺はそう思いながら、G P Sで位置を確認する。

 どうやら、俺の頭の中の計算だとあと5分ぐらいであの屋敷に到着する。屋敷に着いたら、幼女を引き渡す。その後にあの大きな桜の樹に戻り、自殺する。

 うん、我ながら完璧のプランだ。さすがは天才な俺だ。

 善行もできるし、立てた目標にも達成できる。なんて、頭いいんだろうな、俺は。

 ……慢心しながら、手を繋いでいる彼女に雑談を繰り広げる。


「お嬢さん。どうして、道に迷ったの?」

「お姉ちゃんとかくれんぼしていたの……それでお姉ちゃんが鬼で、わたしがかくれていたんだけど……」

「なるほど。かくれる場所を探して、奥まで来てしまったんだね」

「……うん」


 俺は彼女が迷った理由を理解した。

 姉とかくれんぼを遊んでいた彼女は森の奥深くまできて……俺が自殺する場所……あの大きな桜の樹までやって来たのだ。

 本来は、かくれんぼは領域を決めるものだが、領域を決めていない姉の方は間抜けだな。こうして幼女を一人放置するとは、ダメな姉だ。

 きっと、この可愛い幼女とは違い、バカで頼りない姉なのだろう。


「それより、名前名乗ってなかったね。俺は吉田健次。気安くに健次と読んでもいいぞ」

「けんじおにいちゃん!」

「うっ!」


 ……か、かわいい。この幼女にっこりと笑いながら、元気よく挨拶するのは心に響く。無垢で純粋なその笑顔はかなりダメージが効く。

 俺は思わずよろめける。すると、隣の幼女は「どうしたの?お兄ちゃん」と心配そうな顔をしながら、顔を覗かせる。

 慌てて。「大丈夫」と彼女に言い、立て直す。

 そして話題を慌てて変える。


「それより、お嬢さんの名前はなんだい?」

「さかもとあいり!」

「そうか、あいりちゃんね。名前を言えてえらいね」

「えへへへ。わたしは5歳!」

「すごいね、あいりちゃん」


 そんな会話を繰り広げていると、真っ白な大理石の屋敷が見えてきた。遠くからでも、その豪華な屋敷だと肉眼でもわかる。

 バカでも、それは大きな屋敷であることはわかる。それはどこか時代を飛び抜いた屋敷。西洋で見られる屋敷だ。本当に、このあいりちゃんの家なのか疑わしい部分もある。

 けれど、あの屋敷に行かなければ、わからない。

 たとえ、あいりの保護者ではなく、間違っていても、屋敷の人にこの子を保護してもらえれば良い。流石に、屋敷の人も、幼女を追い出すような、冷たい対応をしないはずだ。

 俺たちは一歩一歩、その屋敷に近づけていく。

 そして丁度、屋敷の門が見えたところで、女性の叫び声が聞こえる。

 

「愛莉!愛莉!どこかしら!鬼ごっこは私の負けでいいわ」

「あ、あいかお姉ちゃんんんんんんん!」


 あいりがそう叫ぶと、声元へと走っていく。

 彼女は走り出し、あいかと呼ばれた、声の主へ駆け抜けて、あいかの足をガッチリと抱きしめた。あいかと呼ばれた少女も愛莉を抱きしめる。

 愛香は腰まで届く黒い髪を持ち。美しい妖艶に見られる容貌、黒い双眸には光を宿る。綺麗な顔をしながら、整った鼻節も持ち主。肌色はミルクの自然の白さだった。育っているところはちゃんと育っていて、引っ込むべきところはちゃんと引っ込んでいる。

 つまり、なんといい体をしているのだ。

 俺は遠いところから、姉妹の再会を遠目で見た。

 なんという感動のシーンなんだと、映画であれば涙を頂戴するシーンでオスカー賞を受賞するに違いない、と俺は感心していた。

 さて、幼女も送ったし、俺は自分の目的を果たそう。

 あの場所……大きな桜の樹……に戻って、自殺しよう。

 俺はその場を去るため背中を向けた。

 だが、姉に呼び止められる。


「そこのあなた。どうか、お礼をさせてください」

「あ、俺は通りすがりの人間だから、お礼はいらない。ほんじゃ」


 俺は背負っているリュークを背負い直す。

 その中には水一本と縄が入っている。自殺するための道具だ。

 彼女たちに知られるとまずいので、俺はさっさとその場を去ろうとする。


「あのお兄ちゃん!背伸びの運動するんだって」

「背伸びの運動……?」 


 愛莉が余計のことを言うと、愛香はギョッと目を俺の方に向ける。

 俺は鼻歌で誤魔化す。笛ない口笛をふいた。メロディはめちゃくちゃで、動画で見たタイタニック曲のヘタクソの笛吹きに似ていた。

 ぴーぽーぽー、ああ。吹いている自分がイラつく。

 そんな俺の笛吹きがヘタクソの所為か、愛香は笑っていない笑顔を浮かび、愛莉に楽しそうな声で尋ねる。


「へー。それはどう言う運動なのかな?」

「えっとね。まず、ロープで輪を作って、木に引っ掛ける。そこから頭を入れると、ほら、数センチ背が伸びるのさ、ってそのお兄さんが言っていたよ」


 そう聞くと、愛香はギョッと目をこちらに向ける。

 あ、これはもうバレたな。それは運動ではなく、自殺する行為なんて。

 逃げなければ、と、俺はそう考えると、その場から去ろうとした。


「じゃあ、俺はこれで……」

「逃がしませんわ。セバス!」

「はっ!」


 愛香の指示に、タキシードを着用した老人がいつの間にか現れる。そして、彼は消えた。文字通りに、消えたのだ。視界から消え去ったのだ。

 そして、次の瞬間に俺の視界は空と大地が逆転した。最初は何がどうなっているのかがわからなかった。

 気づけば、俺は身動きできなかった。俺はセバスに床へと押さえつけたのだ。

 そこでようやく理解する。俺はセバスという老人に拘束された。


「離せ!暴行罪で訴えるぞ!このジジイ」

「ほほほ。失礼ですが、あなたは不法侵入で訴えられますよ?」

「はあ?なんのことだよ。俺は普通に森を散歩していただけだ」

「この森一帯は『坂本家』が所有している土地です。あなたがこうして歩いているのは普通に不法侵入です」

「坂本家って……」


 俺は「坂本」と言う単語を聞くと、俺は戦慄を覚える。

 なぜならば、それはあの有名な「坂本」だからだ。坂本は爪楊枝から艦を創造する大手財閥の名前だ。芸術家の俺は「坂本」メーカーの油彩具を使用している。

 だから、彼が言う、「坂本」を聞くと俺は失態をしたことに気づく。


「よくやったわ。セバス。少し、荷物を拝見するわ」

「おい!やめろ!」


 俺の言葉を聞かずに、愛香は俺のリュークサックを漁る。見事にロープがひょっこりと出てくる。

 すると、彼女はロープと俺を交互に見ながら鼻で笑う。


「へえ、これで「背伸び」運動とはね。熱心な一般人がこう運動するのね」

「ぐう、俺の人生だ。俺が何かするのは俺の勝手だろ?」

「ふむ。あなたのことは一理ある。正しいわ……愛莉。先に屋敷に戻っていなさい。私はこの人ととても大事な話があるわ」

「はーい」


 愛香は愛莉に屋敷の中に入るように促すと、愛莉は素直に聞き、テクテクと可愛らしく屋敷に入っていく。

 ああ、俺の唯一の味方が消えてしまった。

 今から、俺は警察に突き出されて、不法侵入で逮捕されるのだろう。

 そして、タブレット端末を持ち出して、何かを操作してから、俺の方へと顔を向けた。


「さてと、あなたには重要な話があるわ」

「俺にはないです。だから、離してください」

「それは無理ですわ。吉田健次さん」

「……どうして、俺の名前を知っている!?」


 愛香はふふふ、と不気味な笑みを浮かべながら、近寄ってくる。

身動きできない俺はただただ、彼女が歩んでくるのを眺めるだけしかできない。

そして、俺に近づくと、タプレット端末を俺の方へと差し出す。

 画面には、俺が絵画大賞を受賞した姿があった。それは一年前に受賞した、アイドレン大賞に受賞した姿があった。俺は見事に大賞を受賞した。懐かしい記憶でもあった。


「すごい才能なのね。あなた」

「ま、まぐれだよ。俺は適当な絵を描いただけで、受賞したんだ」

「まぐれ……ね」

 

 彼女はそういうと、ニタリとそう笑うと俺の方に一歩一歩近寄る。そんな優雅な歩きにはファッションショーみたいに、歩いていた。

そんな彼女に俺は見惚れる。

 財閥のお嬢さんは庶民の俺とは違うだな、と、感心した。

すると、愛香はしゃがみ込み、俺の顔を覗かせるように近寄せる。

 香水の百合の匂いが、鼻を刺激する。頭がくらくらして来そうないい匂いだ。


「そうね。あなた、自殺しようとしたのでしょ?なら、その命、私が頂戴してもいいかしら?」

「ど、どう言う意味だよ?俺の命は誰にもあげねえ」

「こう言うことよ」


 取り出した紙切れに彼女はペンで何かを書く。俺はただ、呆然として彼女の行動を見ることしかできない。

 やがて、彼女が書き終えると、俺にその紙切れの内容を見せた。


「はい。これがあなたの金額よ。これで、あなたの命を買えないかしら?ペットとして、坂本家に貢献できないかしら?」

「2億円?はっ!馬鹿にしているのか?俺の人生をお金で買うなんて、そんなことで出来る訳ないだろ?俺の命は誰にもあげない。人の人生はお金で買えないだよ!」

「じゃあ、10億円で」

「はい。今日から僕はあなたの誠実な奴隷です。何なりと、命令してください!」


 俺はそういうと、彼女からの10億と記載された紙切れ、小切手を受け取り、首を垂らした。

 ……人の心は金では買えない。なんて、のは嘘です。人の心は大金で買えるのだ。  

 なぜならば、金は命より重い!とソースはとある漫画からだ。

 俺が小切手を受け取ると、セバスと呼ばれた老人は俺を解放する。

だが、俺は立ち上がることはなく、女王陛下の前に首を垂れる。


「いいわね。その表情!私気に入ったわ」

「ありがたき幸せ」

「さあ、首輪をつけましょう。これから、あなたの名前はぽち、ですわ」

「へ?」


 俺が疑問符を浮かべていると、彼女はどこから持って来たのかはわからない首輪を俺の首につける。

 え、これって俺の首に首輪を付けられた。心を許したけど、こんな風じゃない。

俺の考えていたものと全然違う。

 これじゃまるでペットじゃないか!

 と、俺は暴れ出した。


「じょ、冗談じゃないぞ!俺は犬なんかじゃない。人間だ。契約不履行だ!」

「はい。お仕置きタイム♡」

「ぎゃあああああああああ」


 ポチッと、愛香が手に持っているボタンを押すと、電流が首輪から流れて来た。

 俺は悲鳴をあげて、悶絶しながらも許しを請うように、地面をバタバタと踊り出す。

 そして、愛香が誇らしく、バタバタしている俺に顔を寄せて、こう告げる。


「あなたが小切手を受け取った瞬間、契約は成立したのよ?今更、白紙に戻す訳ないでしょ?」

「く、くそ。俺は死んでやる。自殺してやる!」

「そうなれば、その金額……あなたの家族から請求するわよ」

「なあに!?」


 10億円の金額が、俺の家族に請求されるだと?

 それは無理だ。俺の母はちっぽけなコンビニの店長。到底10億までに稼げる力はない。父はもう他界しているし、母だけでその10億円の借金を返済するのは無理だ。

 畜生!なんと言う巧妙な罠なんだ!

 これじゃあ、自殺できないじゃないか!

 くそ、ここは彼女の言う通りにしないといけないな。

 ああ、なんで俺は馬鹿なことをしたんだ。人生を10億円で売ったのか。せめて2億円の方がよかった。

 そうすれば、俺が死んでも、母親の負担(?)がもっと軽くなるのに。


「さて、坂本家のペットになったあなたには部屋と、食事を用意しないといけないわね」

「まさか、犬小屋だなんて言わないよな?」

「ええ。そこは安心していいわ。普通の部屋は用意するわ」

「ほー」

「とは言っても、あなたは私の犬だから、首輪は取らないぞ」

「なんて卑劣なお嬢さんなんだ」

「10億円で言うことを聞ける犬を飼ったなんて、私も鼻が高いわ」

「全然、俺の話聞いてねえし」


 このやろう、いつか陵辱してやるよ。

 人の命をペット扱いするとは、人間性がない!

 ……5分前の俺をぶん殴りたい。10億円で顔を縦に振った俺を殺したい。

 と、愛香はしゃがみ込み、床に這いつくばっている俺に木の棒をツンツンと、押してから自己紹介を始めた。

 

「改めて、自己紹介をするわ。私は坂本愛香さかもとあいか。坂本家の長女として、坂本財閥のいくつかを統治しているわ」

「俺は吉田健次。芸術家だ」

「よろしく、銀次」

「こちらこそ、よろしく坂本さん」

「愛香でいいわ」

「なら、遠慮せずに、愛香と呼ばさせてもらう」


 彼女はふふふと、悪戯な笑いを浮かべる。その笑いはきっと、俺が落ち占めているのを愉悦している笑顔だ。この悪魔目!

何かを企んでいるのかわからない、女性だ。

 この出会いは俺の人生を滅茶苦茶になると、当時の俺は知らなかった。

 10億円で買われた俺は、彼女の奴隷(ペット)のように扱われる日々が始まったのだ。それは青春の1ページにも載らない。苦痛の日々が始まるのだ。

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