20話・決闘直前

 闘技場の脇にある控えの間では、ラシオスとローガンが装備を整えていた。

 世話係が必死に全身鎧の着用を勧めるが、二人は断り、最低限の防具だけを身に着ける。手の甲から肘付近まで覆うガントレット。胴体を守る胸当て。どれも動きを妨げない程度の薄くて軽い金属で作られた軽装備である。


 剣は木製だが太く、重量は金属製の剣と変わりない。切り裂くことは出来ないが突きと打撃は効く。まともに当たれば打撲や骨折は免れない。


 ピリピリとした緊張感が漂よう控えの間に令嬢が現れた。フィーリアである。


「どうかお怪我をなさいませんよう」


 両手を胸の前で組み、彼女は二人の無事を心から願った。ラシオスとローガンは手を自分の胸に当て、祈りの言葉を受け止める。


「分かっている」

「フィーリア嬢、見ていてくれ」


 従者を伴った二人が闘技場に向かう後ろ姿を見送ってから、フィーリアは貴賓席へと戻る。

 控えの間の世話係は貴賓席のある階までフィーリアを送り届け、帰り際にとある貴賓席へと立ち寄った。周りに人がいないことを確認して通路側の扉を閉め、寝椅子カウチの隣に膝をつく。


「フィーリア様は御二方にさかずきをお渡しになりました」

「そう。どちらかは分からないのね」

「はい」


 ラシオスとローガンは同じ控えの間を利用しており、片方だけに渡せば嫌でも目立つ。だが、どちらにも杯を渡せば、用意した者が望むほうに痺れ薬を飲ませることが可能。飲んで十数分も経てば身体の自由が僅かに利かなくなる。勝敗を左右するにはそれで十分だ。


「うふふ。さぁ、どうなるかしら」


 審判だけでなく控えの間の世話係も彼女の部下である。決闘に関わる国々と利害関係にない中立国という立場を利用してのことだ。世話係はすぐに持ち場に戻っていった。


 報告を受けた貴婦人は妖艶な笑みを扇で隠し、歓声が飛び交う闘技場を見下ろす。ラシオスとローガンが睨み合う姿に、うっとりと目を細めた。

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