俺より鮮やかたるクッションさばき

「おじゃましまーす!」

 本日三度目のおじゃましまーす。俺の部屋に日織がやってきた。

 階段を上がる途中から、慣れた手つきでウィンドブレーカー装備を、解除していった日織。

 部屋に入るなり流れるようにセカバンを置き、ウィンドブレーカーもそこへ重ね、もはやクッションの配備も先にするという、まるで自分の部屋かのようにこの空間を支配している。

 灰色とピンクい正方形クッションも、ある日日織がクッション用意してほしいと言ってきたから、ホームセンターで入手してきた物。

(ハッ! 当時の俺が四角いのを選んだのは、すでに日織のチョコレートビームを浴びていたからか?!)

 クッションが設置された場所は、これまたお馴染みのベッド横。ベッドを背もたれ代わりにしているが、今のところ背もたれ付き座椅子は指定されてきていない。

 早くも日織はピンクいクッションに座る。あれ、実はこの家渡芹のはずだが、この部屋だけ樫保家の領土だったりして?

「読も読も! それとも先に食べる?」

「ん? 日織はマンガを食べるとか、ヤギだったのか?」

「それだよそれ」

 日織のデコピン! まだ床に下ろしていなかった俺のセカバンは、物理ダメージを受けた!

「セカバンを食べるとか、ヤギでもしなさそうなんだが」

「チョコだよチョコ」

 ほ、ほぅ? 日織は今ここで、今日教室でくれたチョコを食べなさいと言っている、ということか?

「ぃ今?」

「うん。おっきーが食べてるとこ、見たい」

「はぁ?」

 さすがの俺でもぽかーんな顔をしてしまった。

「それともおなかいっぱい?」

「給食食べてからどんだけ時間経ってんだよ」

 しかも部活もこなしたっちゅーのに。

「じゃ一緒に食べよ食べよ! 善は急げ!」

「見るんじゃなかったんスか!?」

 これぞ日織クオリティ。

「ほらほら開けて開けてっ」

 ということなので、俺は灰色クッション右隣にセカバンを置き、座る。で、中からピンクい包み紙の箱を召喚。小さいパンダシールがひとつ。ここから開けるということだろうか。てか日織めっちゃ見てる。

 ピンクい包み紙を失敗することなく開けたら、今度は茶色い……箱なんだが、上にはこれ……ちっちゃい封筒? まさに手のひらサイズ。うっすらピンク。ピンク好きだなおい。茶色とどっちが上位なんだろうか。

 ここでちらっと日織を見る。特に開けて開けてセリフはなかったが、まぁ開けていいということなんだろう。

 両面テープなどもなく、そのまま封筒を持ち上げられた。箱と包み紙はいったん……ベッドの上に置いとこ。もっかい日織見よ。にこっとしてる。

 封筒を裏向けると、さっきとは別表情のパンダシール。パンダって茶色要素あったっけ……?

 これも開けることに成功。中には一枚の紙。封筒はいったん……ベッドの上に置いとこ。

 柄はクローバーが周りに描かれていた。別になんでもかんでも茶色やピンクじゃなくてもOKオッケーなんだな。

 俺は手紙をゆっくり広げた。日織の丸文字が出現。


『おっきーへ


  いつもありがとう。大好きです。

  私と付き合ってほしいです。

  3年生になっても、仲良くしてね。


                日織』


(……こ、これってっ……)

 また俺は日織を見てしまった。中学校指定紺色セーラー服青色リボン装備の日織は、お姉さん座りをして手を脚に当てて腕をピンとさせながら、お顔はいつものにこっとしている。いつもの日織…………なはずなんだが、なんか……

(……かわいい気がする!?)

 なんていうか、今こうしてにこっとしているのは、いつもの日織ではあるけれども、俺ただ一人に向かってにこっとしてくれている、と考えたら……

(なんか急に胸がえらいこっちゃしてるんだが!?)

 あれ、ここでにこっがちょこっと解除された。

「もしかして、他に好きな女の子……いた?」

「あいや、それは別に……」

 とっさにそう答えた。もちろんそれは本当のことだが、あまりにも急な出来事で。

 と、そこで日織は、立てていた腕を崩して、両手の指先同士をくっつけていた。

 魔法を唱えそうに見えるが、ここで視線がちょっと下に外れた。

「な、なにか言ってよぅ」

「ぉあぁ」

 いやまぁそのつい、日織のことを見たくてしょうがない気持ちになってしまったというかなんというか。

「え、えとー……えとー、ひ、日織さん」

「はい」

 なぜかさん付け。でも日織さんのしっかりとしたお返事。

(正直なところ、俺、まだこういう付き合うとかっていうことに、そこまでピンときてないと思うけど……でも俺も、いちばん仲いい女子って日織だろうし、こう思ってくれてんのもうれしかったし)

 俺は改めて日織に向き直り、正座もして、

「……よ、よろしくお願いします」

 頭をぺこり。あ、日織も座り直した。

「よろしくお願いします」

 いつもの明るい声が、俺の部屋に響き渡った。

 すんごくどきどきしている俺。頭を上げると、日織も同じタイミングで上げたようだった。

「……えへっ」

 そして見えたのは、とびっきりの笑顔な日織だった。

(日織って実は……めっちゃいいやつなんじゃ!?)

 チョコくれるのはもちろんそうだが、結構気にかけてくれるし、俺のノリに合わせてくれるし、一緒に盛り上がってくれるし。

 俺の方こそ一緒にいてて楽しいっつーのに、こうしてこんな気持ちまで持ってくれていて。

 そこでこの手紙に手作りチョコ…………

(好きになる以外の選択肢はあるのか!?)

「それ、ガナッシュタルトだよ」

 箱を左手で指差していた。

 説明し……は、日織さんに任せよう!

「あ、じゃあ早速」

 俺はふみをベッドの上にそっと置……広げたままだけどいっか。置いて、箱を開けてみた。

 タルトっていう単語があったように、一口で食べられそうな肌色のちっちゃいタルト生地に、チョコが流し込まれており、上に……あぁド忘れした。キラキラしたちっこいまんまるトッピングが乗っている! これがよっつ入っている。

「……カラビナ?」

「アラザンだよ」

「そうそうそれそれ」

 ヘラブナはもっと違うよな。なんて思いながら、俺は箱を右手で持っていたため、左手でひとつつまんで、

「いただきまーす」

「めしあがれ」

 許可が下りたので、口の中に放り込んだ。

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