第14話 悪魔の取引

 その年の12月、1人の男が福江港に降り立った。

 肩に竿入れを担ぎ、ニット帽とサングラスを掛け、小さなクーラーボックスを持っていた。

 いかにも磯釣りに来た客のように見えたが、その男は熊本市長の英一であった。


 英一は北野の事務所を目指し、港裏の倉庫が立ち並ぶ通路を通り過ぎ、側から見ると、空家にしか見えない北野の事務所兼住居に入っていた。


 北野は居なかった。

 英一は、応接ソファーの間に置かれた石油ストーブに火を付け、ソファーに腰を下ろし、ニット帽とサングラスを外し、応接台にそれらを置くと、ストーブが付くのを待つかのように手を翳した。


 今日の五島列島沖は、昼から海上はシケる予報が出ていた。


 北野は既に漁船に乗り込み、英一が事務所に着く頃には男女群島を通過していた。


 そこら海域の波の高さは3m、風は北寄りの風4mと海はシケており、男女群島には、いつも見られる磯釣り客の姿は無かった。


 北野は、いつもの国境前、1マイルの箇所に船を止め、双眼鏡で南西側を見た。


 北野は海上保安庁に発見されないように、船の無線、レーダーは切り、ずっと操舵室から双眼鏡を覗くのであった。


 午後6時前、その辺りは次第に暗闇に包まれ出し、風の鳴き声と波が船体にぶつかり、船が軋む音が聞こえていた。


 すると、北野が覗く方角から微かに漁火が見えて来た。


 北野は船を動かし、その漁火を目標に船を進め、国境前、僅か500mまで近づくと船を止めた。


 南西側からの漁船も同じように国境の向こう側に近づくと、漁火を消して船を止めた。


 北野は操舵室を出て、船尾に周り、手鍵(魚を引き上げる金具道具)を握った。


 すると、その国境向こう側の船から何か黄色い点のような光が、荒波をサーフィンをするかのように流れて来た。


 それは、2mほどの釣り用の縦ウキにケミホタル(化学発光体スティック)を装着した灯であった。


 その縦ウキは、伝書鳩が戻って来たかのように北野の船に飛び乗るようにぶつかった。


 北野は縦ウキを船に上げ、手鍵でその下に付着している真鯛を引き上げた。


 そして、操舵室に戻り、漁火を2回点火し、操舵室から生簀に行き、既に死んで腹を妊婦のように膨らまさせてる真鯛をタモで掬い、船尾に戻り、

 引き上げた縦ウキのワイヤーフックに、しっかりとその真鯛の口元に通していたフックを結束させ、海に投げ込んだ。


 すると、その縦ウキは、シケる波向きに反するよう、強制的に元の船に引き寄せられて行った。


 縦ウキが戻り着くと、国境向こう側の船から漁火が2回点火した。


 それを確認した北野は、海から引き上げた真鯛の口から腹の中を覗き込み、

 そして、腹だけを浮輪のように膨らませ、既に死んでいる真鯛を生簀の網の中に大事そうに入れ込んだ。


 北野が福江港の事務所に戻ったのは、その日の午後11時頃であった。


 事務所に入る北野の手には、網に入った見事な真鯛が握られていた。


 北野は英一の顔を見て、事務所ドアに鍵をかけ、カーテンを閉めた。

 そして、事務所奥の洗い場に向かった。


 英一はニヤリと笑いながら立ち上がり、クーラーボックスを持って、北野に着いて行った。


 北野は何も言わず、その真鯛の腹を包丁で裂き、腹の中からビニール袋を取り出し、

 その中の「白い粉」を小指でひと舐めすると、英一を見遣り、ニコッと笑い、

 また、引き裂いた真鯛の腹の中にそのビニール袋を押し込み、

 英一のクーラーボックスの中に入れ、真鯛が隠れるようバラ氷を振り撒いた。


 この「白い粉」は、あの悪魔の液体となる「ヘ○イン」の粉であった。


 北野はこのようにして、中国マフィアと国境沿いで真鯛をダミーにし、ヘ○インと現金を取引していたのだ。


 次の日、英一は如何にも釣り客の風情をし、福江港から長崎港に着き、長崎駅から特急かもめに乗り、鳥栖駅で新幹線に乗り換え、熊本駅に着き、自宅マンションに「ヘ○イン」を運び込んだ。


 部屋に戻ると、既に詩織は全裸で寝室のベットに上がり、自分で口に猿轡を、手首には手錠を嵌め、四つん這いで待っていた。


 英一はクーラーボックスの真鯛の腹からビニール袋を取り出し、ヘ○インを調合し、注射器で一定量吸い取ると、自分の腕に半分程注入し、そして、詩織に近づき、詩織の尻に残り半分を注入した。


 そして、英一は服を脱ぎ、椅子に座り、ヘ○インが血液に入り込み、脳内に達するのを待った。


 英一は2、3分で多幸感を感じ始めた。


 英一が徐に詩織を見遣ると、既に詩織の嵌めた猿轡は垂れた涎でテカテカと光っていた。


 英一は詩織の後ろに周り、反り立った陰茎を既に白濁の汁を滴り垂らしている2つの穴の下の穴にねじ込み、また、猿のように腰を激しく振るのであった。


 詩織は、涎を垂らしながら、ピクピクピクと痙攣をし、「ウグゥ~~」と猿轡を嵌めた口から獣のような絶頂の声を唸り、失神するのであった。

 

 そして、また、強烈な快感に意識を取り戻し、アヘ顔でヨガリ捲り、それを何度も何度も繰り返して行くと、あの幻覚が現れるのであった。


 健人に抱かれている幻覚を!


 詩織は「健ちゃん、もっと、もっと!」と心で叫びながら逝き果てるのであった。


 

 その頃、健人は自宅の自室のベットに横たわり、スマホでFacebookを見ていた。


 詩織から友達申請の承認通知が来ていた。


 詩織のFacebookのページには、当然ながら、健人へのコメントはなく、投稿写真、トピックスにも詩織の写真は何も掲載されておらず、

 詩織の友達の写真は、英一の選挙活動に関連する者ばかりであった。


 健人は詩織から承認通知が来てから、1番見たくない、英一のページを開いた。


 英一の顔写真は、恰も選挙用に笑顔を作っていたが、その目は笑っておらず、悪魔のような眼付きに健人には思われた。


 刈り上げた自衛官のような髪型、小さく細い悪魔のような目、青白い顔色、ラグビーボールのような顔の形、耳はやはり悪魔のように尖り、にやけた口元は牙を隠すかのように分厚い唇で覆われていた。


 健人は思った。


 「詩織は、こんな悪魔みたいな奴の何処が良かったのか?」と


 そして、こう思うのであった。

 

 「やはり、御曹司という財力か?、俺は単なる公務員の倅で金もないからな」と


 健人は英一に対する嫉妬から僻み、妬み、憎みが込み上げるのを感じ、なかなか、次の一歩を踏み出せなかった。


 しかし、この不男の悪魔のような顔を見ると、詩織が何故、この悪魔に引き寄せられたのか!

 その理由を知りたくて仕方がなくなっていた。


 一方、詩織の方も英一との狂乱に満ちた「悪魔の絶頂」を終え、英一の精液を一杯詰め込んだ子宮とともに、スマホを持ち、浴槽に入っていた。


 詩織もFacebookを見ていた。


 健人のページには、健人の写った写真はなく、魚や海の景色や年老いた釣り客ばかり写っていた。


 詩織はこう思っていた。


 「健ちゃん、地元に帰ったんだね。もう、結婚してるのかなぁ、コメントは寄越してくれないよね、私が結婚した事は知ってるはずだもんね。」と


 そして、詩織は目を瞑り、あの「悪魔の絶頂」の向こう側に見えた健人の愛を感じ、こう思った。


 「私が全てを、本当の事実を、言わないと!」と

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