8話 彼と凪の決闘  中編

 まず、『OVER』について説明する前に、魔術師に必要な魔力について説明する必要がある。

人が生まれながら持つ魔力の量の平均は数字にすると約1000である。

そして魔術師に必要な最低限の量はその10倍の10000も必要になるのだ。


 それほどの魔力を持つ人は少なく、そのため、魔術師になれる人間は数千人に一人くらいしかいない。

さらにその最低限の量の魔力しかない魔術師では魔人と戦うには力不足で、役には立たない。

 最低限の魔力しか持たない魔術師ではC級魔術師になるのが限界である。


 魔人と戦えるレベルの魔術師であるB級魔術師になるためには、さらに5倍の魔力が必要とされるのだ。

 そして魔人を討伐できる力を持つA級魔術師は、平均として約10万ほどの魔力を持つ。

 例を挙げるならば、A級レベルの力を持つ久遠凛の魔力量は約16万のもなる。


 それと比べると橘誠人の魔力はたったの1000しかない。


彼は平均的な一般人と同じ量しかない魔力で、魔人の単独討伐と決闘祭での準優勝を成し遂げたのだ。

 だからこそ彼は特例としてB級魔術師になることができた。


 話がずれてしまったが、魔術師の魔力について理解はできたと思う。

しかし、このような疑問も感じないだろうか、魔術が犯罪等に使われる危険性である。

 これは魔術師の場合は魔術妨害装置マジックキャンセラーをつけることが義務化されており、緊急時や、任務中でなくては解除されるようになっているため、問題はない。


 魔術師になれる人間じゃなくとも、一定の魔力が存在する以上、魔術を勝手に覚えて使う人間が現れるのではないか?――だがこの心配は無用である。

 公共の場所のほとんどには巨大な魔術妨害装置マジックキャンセラーが設置されており、外部に魔術を発動することはできないようになっている。

 唯一できる魔術は、橘誠人に絡んできたヤンキーが使っていたような軽い身体強化ぐらいなのである。

このように魔術を用いての犯罪はほとんど不可能なのである。


 だがこの魔術妨害装置マジックキャンセラーにも穴はあり、一定以上の魔力を持つ魔術は無効化できないのである。

その一定以上の魔力とはおよそ10万、普通の魔術師の持つ魔力量では満たないほどの膨大なものであり、もし10万や20万ほどの魔力量を持っていたとしても、一つの魔術に込められる魔力は全体の十分の一でしかないため、

10万の魔力をこめた魔術を使うことはできない。

魔術妨害装置マジックキャンセラーを突破するためには最低でも100万の魔力量が必要であり、そのよう人間はほんの一握りしかいない。


 それが『OVER』であり、現代の秩序の中心たる魔術妨害装置マジックキャンセラーを無視することができる規格外の存在なのである。

これまでの世界の歴史上、100人ほどしか確認されておらず、日本のトップ魔術師の中には一人しか存在しなかった。

しかし、去年の倭国魔術決闘祭において、その歴史を変える出来事が起きた。

一つの大会に3人もの『OVER』が同時に誕生したのだ。


 珠視炎華に準決勝で敗北した、3年生 渦之妖巫琴うずのようみこと


 ムラが大きいが三人の中で一番の魔力量を持つ、 1年生 龍宮仁子りゅうぐうにこ


そして決闘祭優勝者であり、高校生最強――いや、日本最強と名高い魔術師 

2年生 珠視炎華 の三人である。


 彼女ら三人は『三女王』と呼ばれ、世界中の魔術師から注目される存在となった。

その結末は橘誠人というダークホースの登場により、大きく荒れることになったのだが、それはまた別の話である。

 話が長くなってしまったが、『OVER』とはそのような規格外の魔力を持った存在なのである。


***


俺と凪は、凛と決闘をしたときの森で向かい合っていた。


(まさか、OVERがこんな所にいるなんてな。)


凪は高校1年生であり、それはつまり、去年と同じように別々の学年にそれぞれOVERが誕生しているということになる。

OVERの大盤振る舞いに、俺は魔力を多く持つものは少ないという事実を疑いそうになっていた。


(その魔力をほんのちょっと俺にも分けてくれてもいいのによ・・・)


俺はそんなことを考えていた。

すると、凪が話しかけてくる。


「誠人先輩?こっちはいつでも大丈夫ですよ。」


「んっ?あぁ悪い。ちょっと考え事してた。それよりもだ。凪はOVERなのか?」


俺は話をごまかしながら、凪の核心をついてみる。


凪は一瞬驚いた顔をしたがすぐに顔に戻し、答える。


「やっぱり、気づいていましたか。流石誠人先輩です!・・・少しだけ、昔話をしてもいいですか?

私、子供の頃から魔力が多いことで、嫌な目にばっかり会ってたんです。周りから避けられたり、嫌なことを言われたり、お姉ちゃんはそんな私をずっと守ってくれました。」


凪が魔術教育施設が少ない地方の生まれであり、そのさらに田舎で育ったのならば、

周りが魔術に対しての理解が薄く、彼女の魔力に恐れて差別したのだと想像がつく。


「そんな頃、紫苑さんに出会ったんです。紫苑さんは私の魔力を見て、魔術師を目指さないかと誘ってきました。

私は、この力を嫌ってましたし、こんな力は要らないとも思っていました。

だから誘いは断わったんです。でもそんな私に対して、紫苑さんは魔力隠したり、制御する方法を教えてくれました。

お姉ちゃんにも魔術を教えてくれていて。

そんな生活が何年も続いて、私も紫苑さんの期待に応えなきゃって気持ちが生まれてきたんです。」


彼女の話を聞き、俺は藤堂紫苑がなぜ指導官をやめてまで、こんな田舎にやってきたのかが分かったような気がした。


「決心したつもりだったんです。けど、こっちに来てからやっぱり怖くなってしまって、私、先生から逃げてしまったんです。そんな時に、誠人先輩に出会ったんです!」


俺は藤堂紫苑の事情は理解できた。だが、なぜ俺との出会いがなぜ凪を変えたのか分からなかった。


「その時の誠人先輩を見て思ったんです。先輩みたいな魔力が少ない人が魔術師になるためにあんなにがんばってるなら、

私も逃げちゃダメだって。先輩と違って、私にはこれだけの魔力があるなら、その分だけ私もがんばらないといけないって!」


なるほど、確かに俺の魔力量は普通の人間と変わらないぐらいしかない。だが、それでも俺は魔術師になるために努力してきた。

その姿を見て、彼女なりに感じるものがあったのだろう。だとしてもいきなり師匠は突飛すぎる気もするが・・・。


「だから誠人先輩には、この決闘で私は変わるんだって所を見せたいんです。

それと、これまで逃げ続けてきたことで迷惑かけちゃったお姉ちゃんにも。」


彼女はまっすぐな目をしていた。その言葉からは強い決意を感じる。

きっと今までの自分の殻を破るために戦うのだろう。

ならそんな彼女に俺ができることはただ一つだ。


「凪の思いは伝わったよ。だからこそ、俺も全力で戦う。凪も全力で来い、そうしなきゃ、すぐに俺が勝っちまうぜ。」


そう言って、俺は拳を突き出す。


「はい!!!」


凪はその拳に自身の手を合わせる。

そしてお互いに背を向け、それぞれ所定の位置へと移動する。

すると話を近くで聞いていたであろう藤堂先生が開始の合図の前に俺にだけ聞こえるように愚痴をこぼす。


「3年間の私の説得はなんだったのかね・・・まさか君に最後に持っていかれるとは思わなかったよ。」


俺はその言葉を聞いて苦笑する。


「そう言う愚痴を言ったりする、打算的な所が見抜かれてるんじゃないですか?」


そう返すと、藤堂先生は少しきょとんとした顔をする。


「打算的か・・・。なるほど、そういうものか。」


彼女は何か納得がいったかのようにうなずく。

 その反応は何を意味していていたのか、俺には分からなかった。

そして、今度は大きな声で宣言を開始する。


「これより、橘誠人と久遠凪による、決闘を始める!お互い悔いのないように戦え!!・・・はじめ!!!」

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