第1章 凛と凪

1話 彼と凛の出会い 前編

8月に行われた決闘祭から半年が経ち、4月に俺は3年生になった。

そして今日は始業式の日であり、今日から新学期が始まるのだ。


(俺にとっては転校初日でもあるんだけどな。)


 そんなことを考えながら歩く俺の目の前に見えるのは、古びた木造の校舎。校門の横には【六英荘ろくえいそう高校】と彫られた寂れた看板がある。


「こんなところに本当にいるのか?」


 思わずそう呟いてしまうほどに古びた校舎だっだ。

前にいた学校が都会である「第Ⅰエリア群関東地方」の名門校であり、それと比べることで余計に古く感じてしまっているのかもしれない。

しかし、地方である「第Ⅳエリア群中国・四国地方」のさらに田舎にある高校であると考えると、ここが普通の高校より古いのは間違いないだろう。

そう思うと、さっき呟いた言葉の通り、彼女がここにいるのか不安な気持ちが芽生えてくる。

 そんなことを思いつつ、俺は校内へと足を踏み入れた。


***


 俺の名前は橘誠人。この名前を知っている人のほとんどは俺の事を卑護者と呼び、蔑む。

あの決闘祭での戦いが、魔術師たちの間に俺の名前と力を知らしめたからだ。そのせいであちらには居づらくなってしまった。こんな片田舎でもないと居場所がないくらいに。

それも転校の理由であるが、それ以上に大きな理由はある。それは―――


 ガラガラッ ! 勢いよくドアを開けて中に入ると、奥の机で腰掛けながら彼女が座っていた。


「やぁ、もう来たのかい。今は始業式の時間だろう。」


 彼女はそう言って笑いかけてきた。

 黒い髪を肩まで伸ばしており、身長も女性にしては高い方なのでスラリとしているように見えるが、

出るところはしっかりと出ているためスタイルはかなり良いと言える。

そして何よりも特徴的なのはその目だ。まるで深淵のように暗く深い黒色である。


「B級魔術師の俺にはもう登校義務はありませんよ。」


 俺は彼女の問いに答えつつ、彼女の方に近づき、問を返す。


「それよりもなぜ伝説の指導者と呼ばれたあなたがこんな片田舎にいるんですか? しかもただの教師としてなんて・・・」


 彼女の名は藤堂紫苑とうどうしえん。何人もの若い魔術師を育てあげた魔術指導官であり、そのだれもがA級魔術師になった実績を持つ人である。

その指導力の高さから【伝説の指導者】と呼ばれ、彼女に憧れる者は数多く存在するという。

 ただ、今から約3年前に藤堂紫苑は突然魔術指導官を辞めてしまったのだ。

それ以来、彼女が魔術指導官として再び現れたことは今まで一度もない。

 しかし、彼女は今はこうしてこの学校に教師として存在していた。


「んーまぁいろいろあってね。それに君だって似たようなものじゃないか。」


 彼女はそう誤魔化そうとするが、俺にはもう一つだけ彼女に聞きたいことがあった。


「それで俺にこの場所を伝えて呼んだのはなぜですか?」


 そう、それが一番気になっていた事だった。そもそも彼女とは面識は一切なかった。

なのに、決闘祭が終わってから少し後に、俺に手紙が送られてきたのだ。

 そこには自身の居場所と指導のやり方をすべて任せることを条件に魔術を俺に教えたいということが書かれていた。

俺はその頃、自身の目指す魔術の先が見つからず、悩んでいた。だからこそ、俺は彼女の誘いに乗ったのだ。

 だが、これまで知られていなかったはずの自身の居場所を教え、俺に指導したいとなぜ思ったのかが気になっていた。


「おや、手紙に書いてあったはずだけどね。『君にしたい』と、君もそのためにここに来たんじゃないのかな。」


 確かに手紙にはそう書かれていた。だが、俺は彼女がただ指導のためだけに呼んだとは思えなかったのだ。

何か他にも意味があるような、そんな気がしていた。


(だとしても俺はあいつに勝つためにももっと強くならないといけない・・・。)


 彼女は俺の迷いに気づいているのか、裏を感じさせないような笑顔で声をかける。


「まぁいいや、とりあえず座ろうじゃないか。」


 そう言われ、俺は席に着くことにした。


***


「まず自己紹介をしておこうか。私は藤堂紫苑。3年前までは魔術指導官をしていた身だが、

今はこの学校で教師をしている。あまり関係ないかもしれないが、君の担任でもある。

君の説明については、必要ない。呼んだのは私の方だ、大体のことは知っているとも。

魔人の単独討伐、決闘祭の、そしてそれを卑護者でありながら成したこともね、橘誠人君。」


 彼女は俺の目を見つめながら淡々と言う。俺は彼女の言葉に驚きはしなかった。

それぐらいの事なら誰でも調べられる表面的な内容であるし、それを分かっていながら彼女は俺を指導すると言ったのだから。


「ならこんな話は終わりにして魔術を教えてくださいよ。そのために俺を呼んだんでしょう。」


 俺は本心を口にする。それは紛れもない事実であった。

しかし、俺の言葉を聞いた彼女は不敵な笑みを浮かべていた。


「その通りだ。けれど、君に指導する前にあることを頼みたいのさ。」


「あること?」


 彼女のいきなりの頼みに俺は今日初めて驚く。


「あぁ、それは―――」


 彼女がそれを口にしようとした時、ガラガラッと扉が開き、一人の女子生徒が入ってきた。

その生徒は真っすぐな蒼みがかった色の髪をしており、背丈は俺より少し小さいぐらい。俺の身長が170後半だと考えると女性としては高めになるだろう。

髪の色と同じ色をした瞳を睨ませながら、彼女は叫ぶ。


「先生っ! 私への指導をがするってどういうことですか!」


 俺はすべてを理解し、頭を抱えた。


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