雨降る夜に誓う。俺が守る!②

 夜遅く、父親だけに緊急招集がかかることはあった。内勤の母までも呼び出されるということは、相当、大きなことが起きているのだろう。幼いモーリスでも、そのことは薄々と感じることが出来た。

 胸の奥に、わずかな不安と緊張が沸き上がり、それを誤魔化すように、モーリスは急いで服を詰め込んだ。

 すぐに鞄はいっぱいになった。ノートと筆記用具くらいは詰められそうだったが、教科書をすべて詰め込むのは無理があると見て分かった。

 

「母さん、教科書全部は無理だよ!」

愛翔まなと君に見せてもらいなさい。ほら、もう出るわよ!」


 廊下に顔を出し、階下に向けて声を張り上げれば、その何倍もの大きな声で母親が急かしてきた。


「え、もう? ちょっ、待って!」

「父さんは先に、基地に行くからな!」

「──待って、父さん!」


 課題とノートを鞄に押し込んだモーリスは階段を駆け下りると、玄関に飛び出した。そこには、軍用の外套コートを着こんだ父が立っていた。その下は、いつもの教官用のスーツではなかった。

 久々に見る戦闘服姿の父に、モーリスは息を飲んだ。

 

「父さん……戦場に、行くの?」

「そうなるな。三ヵ月で戻れればいいんだが」

「三ヵ月……母さんも?」

「母さんは、こっちに残る。だが、基地の人手も足りなくなるから、家にはほぼ戻れないだろう」


 僅かにモーリスの唇が震え、青灰色せいかいしょくの瞳が見開かれる。

 教官として勤務する父までもが現場に長期向かうと言うのは、生まれてこの方、経験がなかった。一週間や二週間、長くても一ヵ月、実地訓練だと言って出ていくことはあったが。

 大きな手が頭の上に置かれ、ぽふっと優しく叩いた。


「……そんなに、大変、なの?」

「心配するな。ここからは遠い」

「そうじゃなくて!」


 生きて帰ってくるよね。そう聞くことは出来ず、モーリスは俯いた。

 小さなため息とともに「大丈夫だ」と声が降ってきた。それに頷くしか出来ずにいると──

 

「あなた、そろそろ出ないと!」


 バタバタと走って来た母がそう急かし、父は困った顔をしてモーリスの肩を掴んだ。

 ぐんっと引き寄せられる感覚に顔を上げれば、口元には精いっぱいの笑顔を浮かべた父と目が合った。


「モーリス、沙里さり君の家ではちゃんと手伝いをするんだぞ」

「分かってるよ!」

「しっかりやれよ。父さんも、気張ってくる」


 大きな手が、乱暴にがしがしとモーリスの髪をかき乱した。


「あなたこそ、しっかりね」

「あぁ、行ってくる」


 二人の肩を引き寄せ、一度、きつく抱きしめた父は笑顔のまま背を向けると、降りしきる雨の中に姿を消した。

 それからすぐに、母に連れられたモーリスも激しい雨音が響く屋外へと出た。


 いつもなら、子どもじゃないと言って放していただろう母の手を、この日はどうしてか放すことが出来ずにしっかり握っていた。

 暗い夜道を小走りで向かったのは幼馴染の家。五分とかからない距離の筈だが、やたら遠く感じていた。


 モーリス親子を出迎えたのは、目を真っ赤にした幼馴染の母親だった。


「シェリー、遅くにごめんなさいね。またしばらくモーリスを預けてしまうけど」

「……ライサ、どうしたらいいの……ねぇ」


 素足のまま玄関先に降りてきた彼女は、モーリスの母ライサに手を伸ばした。

 ずぶ濡れになった母の肩に縋りつく姿を仰ぎ見たモーリスは、母親に背を押される。家に上がらせてもらえと言っているのだと察し、奥の部屋に続く廊下を見た。

 そこに、幼馴染──愛翔の姿があった。ふわりとした亜麻色の髪が揺れ、走って来た彼は不安そうな顔に少しだけ笑みを浮かべる。


「モーリス、泊っていくの?」

「うん。父さんと母さん、基地に行くんだって」

「そうなんだ……あのね! 僕、今日の宿題、分からないところがあったの。教えてくれる?」


 一瞬、暗そうな顔を見せた愛翔だったが、モーリスの手を引っ張ると、彼が靴を脱ぐのを急かした。


「ちょっ、待てって! レインコートが濡れてるだろ!」

「宿題が終わったら、一緒にお風呂入ろう。それとね──」

「分かった、分かったから!」


 急かされながら、荷物を玄関先に下ろしたモーリスは手早くレインコートを脱ぎ、玄関に並ぶフックからハンガーを取った。

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