3 田中と非日常

 

 


 伊藤を殺してしまったと理解していても、私は何も後悔していなかった。


 きっと私の感情を司る器官がぶっ壊れてしまったのだと思う。

 昔、奇跡の手術と言われていたものが脳の一部に手を加えることで感情をなくすだとか、人間性をなくすだとかそんな副作用があった手術だとネットで見た気がする。多分私がこんな事になってる原因もそこにあるのではと凡人ながらに考えたのだ。


 人を襲い食らう行動は異常としか言いようがないが、それを可笑しく思えないのも異常。なんらかの原因でいろいろな感覚や感情が狂ってしまったのだろう。


 校内をゆっくり練り歩いていると私と同じ状況に陥ったのであろう生徒達とすれ違い、やはりというべきか口元が紅く染まっている。一度声をかけてみたが彼らは声に反応するも視線が合うことはなかった。


 私は歪ながらに会話はできるが、彼らはそれができない。もしかしたら私は運良く彼らレベルまで落ちていないのかもしれない。

 ただ悲しくも音や動きに反応し、何処か微かな動きを感じるとそちら側は無意識に向かってしまう。

 もう人を食べたくないと強く願えば歩みを止める事はできるが、それでも腹は減る。一体全体私の体はどうなってしまったのだろうか。


 それはともあれこのまま学校にいる事はよろしくないと私は一人郊外へと向かった。時折校舎から悲鳴が聞こえるが、今の私に彼らを助けることなど出来やしないのだ。むしろ本能のまま食らってしまう可能性がある。危険は回避すべきだろう。



 のたりのたり外へ出てあたりを見渡せば、学校も同様な変化を感じられた。私のように徘徊する者、人だったものを貪り食っている者。

 貪られた者の近づき死体かと確かめてみればいきなり眼球がギョロリと動きに、腑を引きずりながら這っていく。

 街の中にはそういった死に損ないもいたが、ちゃんと悲惨な死体もあり、動き回る者とそうでない者、一体そこを分ける境界線は何処なのだろうか。


 街中でも悲鳴は聞こえ、逃げ惑う人々の足音も聞こえる。銃社会でない日本故に、こうなってしまった者達を葬る術を一般市民はもちえていないのだろう。だからただ逃げ惑うしかなく襲われ、挙句の果てに食われる。私のような同胞になる者も後を立たない。何という地獄絵図。




 はてさて、他人の事は一先ず放っておこう。私が今しなきゃいけないのはこの汚れた服を着替える事。いくらなんでも友人の血に塗れた制服でいたいとは思わない。


 近場の衣料品店に店員がいない事を確認して忍び込み、手頃な服を物色。子綺麗な服を選んだところでまた何かあるかもしれないし、それ程高くもないTシャツとパンツを選び取る。試着室で着替え用と制服のシャツを脱ぐと、下着までもが血濡れであることが分かった。このまま新しい服は着たくないと一旦紙袋にしまい込み、次は下着を選びは向かう。


 次の店舗では店員だったであろう同胞が涎を垂れ流して漂っていたが、会話することが出来ないのでまたしても勝手に物色。からの着替え。今後も汚れる事を踏まえて何日か分の着替えも頂いておく。お金は払えないが、店員もこんなんだし気にしなくて平気だろう。



 店から出ると辺りはすっかり暗くなっていて街灯もつき始めていた。

 周りの店もいつも通りに明るく、そこだけみれば何の変わりもない日常風景そのもの。ただそこにいるはずの人間だけが存在せず、変わりに化け物が徘徊している。

 私が噛まれてからまだ半日も経っていないはずなのに日常は既に崩壊した。きっと電車も動いていないだろう。

 否、動いていたとしても乗れないだろう。


 ならば仕方がない。

 今はとりあえず、この非日常で生活していくしかない。


 私が生きていると言えるか分からないが、人としての思考が残っているのだから生きてるのだと思うしかないのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る