第22話 現パートナーと旧パートナー

「で、二人で何話してたんだよ」


 不機嫌を隠そうともせずに愛生が言った。

 ひとまず二年D組を離れ、人通りが少ない階段の踊り場まで移動した私たち。その間終始無言だったけれど、愛生からしてみたら先ほどの光景は実に面白くないものだったのだろう。


「なんか誤解してるみたいだけど、別に何も話してないよ?」


 私は事実を伝えた。しかし、愛生の溜飲は下がらない。


「大事な話とやらをしてたんじゃないのか?」


 その目つきはいつになくするどい。


「してないしてない。私は愛生に用があって二年D組に行って、朔空には愛生を呼んでもらおうと声をかけただけだよ?」


 そう告げると、愛生は朔空に視線を移す。


「華恋はこう言ってるけど?」


 すると、私たちのやり取りを黙って見ていた朔空が、ゆっくりと口を開く。


「それは間違ってない。けど、華恋に大事な話があるというのも本当だ」


 朔空の言葉を受けて愛生が私に視線を送ってきたので、私は慌てて首を左右に振ってアピールする。心当たりは全くないですよ、という思いを込めて。


「どんな話だよ?」


 愛生が私の代わりに朔空に尋ねる。


「それはお前には言えない」


 するとしれっと朔空がそう言って、愛生の怒り具合が一段上がったのを感じた。頼むから話をややこしくしないでほしい。


「ね、ねえ。そうは言うけど、私、話の内容に全く心当たりがないんだけど?」


 少々控えめにそう言うと、今度は朔空に火がついたのを感じた。


「お前それ本気で言ってるのか?」


「うぐ」


 その迫力に若干気圧されてしまう。しかし本当に心当たりがない。

 すると愛生が私をかばう様に間に立った。


「おい、そういう言い方はやめろよ」


 こういうのに世の乙女はキュンと来るのだろう。と、愛生のおかげで少し客観的に見る余裕が生まれたことに感謝した。それと同時に、私自身は全くキュンとしなかったことが残念でならない。


 とはいえ、愛生の一言が効いたのか、朔空は少し冷静になったようだ。


「わ、悪い。けど、話があるのは本当だから時間をもらいたい」


 しかしそこはやはり譲れないようだ。


「俺としては牧田と華恋が二人きりで話をするのは看過できない」


 対して愛生もはっきりと自身の意見を主張する。


「それは茂木が口をはさむことじゃないだろ」


 少しムッとした感じで朔空がそう言うと、愛生は堂々と宣言する。


「口をはさむことだ。なぜなら俺は華恋の現パートナーだからだ」


 そこまではっきり言われると照れくさい。何より旧パートナーであるところの朔空に対しては気まずいことこの上ない。


 さりげなく朔空の表情を盗み見ると、悲し気でもあり不満げでもあり、とにかく色々な感情が混ぜこぜになった複雑な表情をしていた。


「いやでも、いやだったらなおさら二人で話をさせてほしい」


 しかし、朔空はめげずにそう言った。私としても、話があると言っているのに聞かないでいるのは気持ち悪い。何より一度はお付き合いをした仲である。無下にするのは気が引けた。


「わかった、じゃあ話そう」


 私がそう言うと、朔空はほっとしたようだったけれど、愛生が顔色を変える。


「いやいやいや、何言ってんの?」


 とても理解できない、と顔に書いてあった。


「別に校舎裏で殴り合いのケンカしようってわけじゃないんだよ? 話をするだけ。いいじゃない、話をするくらい」


 私が至極当然と言った風にそう言うと、愛生は全力で首を振った。


「それは相手に寄るだろ。牧田は華恋の元彼、あ、いや、元パートナーなんだぞ?」


 愛生が興奮すればするほどこちらは冷静になれた。


「そうだよ? だから何? 一度でも付き合ったことがある人とは会話もしてはいけないの? それこそ恋愛至上主義に支配されてるんじゃないの?」


 ズバッとそう切り捨てると、愛生はたじろいだ。私はそのチャンスを見逃さない。


「とにかく! 今日は私も愛生に話があるから、朔空の話はその後でもいい?」


 朔空に向かってそう言うと、朔空は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「いや、自分から言っておいて悪いんだけど、そろそろ部活に行かないと……。また連絡するから後日時間をくれ」


「了解、じゃあまた今度」


 そうやってちゃっかり約束をして話をさっさと終わらせた。




「さて、それで愛生に相談したいことがあるんだけど」


 朔空が部活へ行くのを見送り、改めて放置していた愛生に向き直る。すると、愛生は何とも言えない表情で立っていた。


「マジか……。よくそんな何事もなかったみたいに振る舞えるな……」


「んん? 実際まだ何も起きてないよ?」


 私がケロッとそう言うと、愛生は天を仰いだ。

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