チョコレートのラーメン ~怪盗の食卓~

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

快食紳士 三杯目《フライパン・ザ・フード》

 オレは今、ラーメンチェーン店に閉じ込められている。


「ゲハハ、快食紳士三杯目フライパン・ザ・フード。19世紀に活躍した伝説の怪盗紳士の名を引き継ぐ泥棒が、ラーメンチェーンに捕らえられているとは、誰も思うまい!」

 


 オレは三杯目のラーメンをすすりながら、この店のオーナーの言葉を聞き流す。

 今のオレは、ラーメンを食うことしか頭にない。


「警察の追っ手を逃れてこのラーメン屋に来たのが、運の尽きだな! 我々は、貴様の動向を探っていたのだ。結果、貴様はまんまと我々の罠にハマったというワケだよ!」


 オーナーのおっさんが、得意げに語る。


 話を聞く代わりに、おごりでラーメンを食っているところだ。


「聞けば、お前が盗むのは味。どんな味でも盗めて、再現ができるそうだな?」

「ああ。オレにできない料理の再現はないぜ」


 オレは名店の味を自分の家で楽しむために、自慢の舌を使って味を再現するのだ。

 どの食材が使われ、調味料がどう配分されているかも、ミリ単位で把握できる。


「お前に頼みがあるのだ。とある町中華の味を盗んでいただきたい」

「ほほう。チェーン店が目をつけるくらいだ! たいそうウマイんだろうな?」

「もちろん!」

 


 そこは駅チカで立地が素晴らしく、ビジネス街だから客のサイクルもいい。

 だが、どうしても立ち退かないのだそう。

 脅しても、破格の値段交渉しても。

 店主の娘によると、「この土地は先祖代々から守り通しているから」と。


「そこのラーメンの味を盗んで、価値をなくしたいと?」

「うむ」


 ここの店も、味には絶対の自信があるが、客足で負けているという。

 本人は立地のせいだと言っているが、場所が悪くてもそこそこ入っている方ではと思う。

 おおかた、自分より目立っている店が気に食わないのだろう。

 

「あの味には、何かあると思うのだ! あの店の味を盗んで再現し、店の価値を下げる!」

「嫌だ、と言ったら?」


 ナルトを食みながら、店長とにらみ合った。


「全国の店に、お前の顔写真を貼って、出禁にしてやる」

「うーん、それは困るな」

「だったら協力しろ」


 そうは言うが。

  

「このご時世、外食できるってだけでありがたい。それなのに、相手のアイデアを奪って店を潰して自分は一儲けしようってのは、世間の反感を買うんでないかい?」

 

 堅実に今の味を守ったほうがいいのでは、と思うけどね。


「私は、あの土地がほしいのだ! 気に食わないやつは潰す! それが私のポリシーである!」


 うん、他人を蹴落とすことしか頭にないタイプなんだな。


「……わかった。ラーメンも食ったしな。協力してやる」

「おお、引き受けてくれるか!」


「味は盗んできてやる。ただし、どういう結果になろうともオレは関与しねえからな」

「もちろんだ! 金はいくらでも出すぞ!」


 こうして、オレの調査は始まった。


 

 

「ますは敵情視察っと」


 時刻は昼過ぎを回っている。

 営業直後の空いている時間帯を狙って、相手の様子を伺う。

 

 お目当ての店は、随分と寂れた町中華である。

 令和の時代に取り残された、昭和感バリバリな雰囲気だ。


 でも、入ってるな。ビジネス街だからか、男性客ばかりである。

 パチンコ屋も近くにあるから、時間を見計らってギャンブル勢が食いに来ているのだろう。

 ただ、開店前でも並んでいる様子はない。

 いわゆる「行列のできるラーメン屋」ではないようだ。

 

「いらっしゃいませえ」


 おさげの看板娘が、カウンターへオレを誘導した。

 制服を着ているから、学校帰りなんだろう。

 オレのテーブルに水を置く。

 おお、すごい迫力。


 今は令和だが、昭和生まれのオレがいうところの「カワイ子ちゃん」である。

 いやはやそれにしても、彼女の両側にある肉まん、なにあれ?

 

「ラーメンライスと、ギョーザのセットをいただけるかい?」

「かしこまりました。おとーちゃん?」


 娘がオーダーを通すと、大将が鍋を振り始めた。


 大将の奥さんは、カウンターの奥様連中と談笑している。

 会話しながら、手はギョーザを包んでいた。なんて器用な。


 ああ、たしかにいい香りだ。

 香辛料と、ニンニクの程よいムワッとした感じが。

 たまらんね。


「おまたせしました」


 早くね!? 40秒もかかってねえ!


 これも、この味の秘密か?

 

 あの早業、とても真似できそうにないが。


 スープが黒い。麺の方も、やや黒みがかっている。

 いわゆるブラックしょうゆラーメンだろうか?


 あと、やたら器がでかい。

 山盛りのもやし、キャベツ、ニンジンがひしめいていた。


「おい、オレは大盛りなんて頼んじゃいないぜ」


「それで小ですよ」


 なんだと?


 しかも、ライスまで小だとか。 


……これは、やるしかねえ。


 食うか食われるか。

 この「快食紳士三杯目フライイパン・ザ・フード」、一世一代の大勝負だぜ。


「いただきますっと」


 しょうゆラーメンだ。

 細麺、メンマ入りである。

 ナルトが厚い。


 細かく切った肉は、鶏肉だ。いわゆるバンバンジーか、ちょっと違うな。

 しかし、どこかで食べたぞ。この味は。


「うん、うま」


 ともかく、超うまい。


 このピリ辛具合が、なんともいえないな。

 町中華の皮を被っておきながら、どことなくエスニックだ。

 

 旨味が、舌の奥を刺激する。

 

「オヤジ、この店を始める前はどこにいた?」

「メキシコに旅行したんだよ」


 なるほど。となると、この黒いラーメンの正体は、あれだな。

 


 まったく、手抜き感がない。秒でオーダーが来たってのに。

 ラーメンの一杯に、人生が刻まれていた。

 おそらく、四〇年くらい味を変えていない。それなのに、今でも通用できるようにこっそり成長しているんだろうな。


 米との相性とか、最高すぎる。

 マンガ盛りなのに、バクバクいけちゃうぜ。


 手作りギョーザも、パリッパリで強烈だな。

 舌を狂わせるので、オレは酒を飲まない。

 そんな下戸のオレでも「このギョーザはビールに合いそうだ」と思わせる。

 チェーン店のとは違った雑さが、たしかにあった。

 それでも、徹底的に作り込まれている。


 雑味はむしろ、米やギョーザに合わせるためのアクセントだったのか。


 主食でありつつ、おかずとしても立ち上がる。


 いろんな町中華を食ってみたが、これはこれでオンリーワンと言えるだろう。


「お水どうぞー」


 看板娘が胸を弾ませながら、絶妙なタイミングで水を持ってきた。


「ああ、ありがとう」


 ちょうど、味の濃さで水がほしいと思っていたところだ。


 すごいな。他の客にも同様の接客をしている。

 大将の人柄もいい。

 子連れが相手なら、プリンのサービスまでしていた。

 しかも、自家製じゃない。市販のものだ。大将の私物だろ、あれは。


 いわゆる「おもてなし過剰だけどウマい店」ってやつだな、ここは。

 最近、よくテレビで特集されるような店だ。

 

 とはいえ、この料理の再現は朝飯前である。

 オレの舌に、不可能はない。

 もう、ダシの配分や調味料の適正分量は覚えた。

 麺の硬さやチャーシューの仕入先まで、全部わかる。


「ごちそうさん。あ、そうだ。オレはこういうものだ」



 オレはあえて、相手に名刺を渡した。


「アルセーヌ・フライパン。あなたが通称……快食紳士三杯目!」

「ああ。オレはどんな料理も再現できる、味泥棒さ」

「そんなドロボーさんが、どうしてこんなお店に?」

「実はワケアリでな」

  

 オレが言うと、看板娘の少女が「ああ」と険しい顔になった。


「またあのチェーン店ね! おとーちゃんの店を潰しに来たのね?」

「まあ、そういうこった」

「ひどい! そんな人に接客するんじゃなかった!」


 少女はオレに、塩の瓶を振り上げる。

 イマドキの子なのに、リアクションまで昭和だな。

 

「まあ聞けや。オレは奴らに、あんたらの味を盗ませようと思う」

「え!? どうして!?」

「詳しく語るとな、ゴニョゴニョ……」


 オレの話を聞いて、店主一家は納得した。



 ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~


 

 数日後、オレは味を盗むことに成功する。


「あの店の味がわかったぜ。ありゃあ、チョコレートだ」

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