妹の記憶を追って

屋敷の廊下は広い。使用人たちも、邪魔にならないよう、目につかないようにして働いている。


──姉さまぁ……キャシーがね、後で遊びましょうって言うばかりで……


──馬鹿ね。キャシーには仕事があるのよ。あなたも貴族の娘になるのだから、覚えておきなさい。使用人と私たちは、本来、関わらないものなのだと


──でも、寂しいわ


愛されていた妹。優しいエミリー。彼女に厳しい言葉をかけるということは、嫌われ者になるということ。それでも、アリシアは。


──エミリー。キャシーはね、迷惑でも、そう言えない立場なのよ。それでも話がしたいなら、仕事がない時間に訪ねなさい。遊びに誘うなんてもってのほか。使用人を遊ばせるために、お給金を渡しているわけじゃないのよ。必要なら、お父様に頼んで、そのための使用人を雇って貰いなさいな。


そう言って、立ち止まった妹を置いて、その場を去った。


(……結局、新しい使用人が増えることは、なかったわね)


父はエミリーの望むことであれば、大抵のことは叶えた。使用人の1人や2人、すぐに見つけてきただろうに。


(そもそも、キャシーが雇われたのだって、エミリーと年が近いからだもの)


そうなることを、予想していなかったわけが無い。ただ、キャシーの手際が悪かった。だから、エミリーと遊ぶための時間が残らなかった。ただ、それだけ。エミリーが本当に望んだのなら、キャシーの仕事の量だって、減らされていたはずだ。


(だいたい、どうして、私に言うのよ。そんなこと)


いつも、冷たく、厳しく接していた。そんな姉でなく、父に言えば良いというのに。アリシアは父に居ない者として扱われていたが、エミリーは父から可愛がられていたはずだ。


──姉さま! あのね、辺境から、珍しいサファイアが届いたんですって! 姉さまは何に加工してもらうの? 同じ物にしたいと思っているのだけど


──それは私の物ではないわ。お父様に聞いてごらんなさい。出来損ないの娘には必要ないと、仰るでしょうから。


──もう、いつもそればっかり! じゃあ、私に! 何に加工してもらったら、私に似合うかしら?


──知らないわよ、そんなの。あなたが1番好きなアクセサリーでいいでしょう


何度だって、アリシアはエミリーを傷付けた。望む言葉をかけてやらなかった。それでも、エミリーはアリシアの意見を聞きたがった。


(宝石商人も、仕立屋も……)


どんな宝石を捧げても、どんな服を仕立てても。エミリーが本当に満足することは、1度もなかった。いつも、父が決めたやり方で、事が進む。エミリーはそれに、何も言わず、ただ受け入れた。


(素直で良い子、なんて。お父様は喜んでいたけれど)


本当はそれ以前。1番最初に、エミリーはいつも、アリシアの所に来ていた。アリシアが手酷く扱って、追い返したから、父の元に行っただけのこと。


(……だけど、仕方ないじゃない。わたくしはあの子のために見立てる気になんて、なれなかったもの)


似合わない服、似合わないアクセサリー。それでもエミリーは褒められるのだから、嫌がらせにもなりはしない。常に最高を。昨日よりも良い今日を。それでようやく、アリシアは、父から呼び止められなくなる。


(でも。どうせだったら、お父様の好みとは真逆の物を勧めれば良かったかしら)


そうすれば、父を喜ばせることはなかったかもしれない。


(でも、そんなことしたら……似合うかどうか訊ねられて、もっと面倒なことになったでしょうから。やっぱり、何も言わなくて良かったわ)


と。そう、思ったとき。


──姉さま! このドレスは、どう? 最高級のシルクを使っているんですって!


1度。たった1度だけ助言したときのことが、アリシアの脳裏をよぎる。


──あなたなら、薄い青色にして、シルエットを絞ってもいいと思うわ。


他のことに気をとられていて、口を滑らせた。そうと気づいたときには、エミリーはとうに駆け去っていて。


(私からの助言だなんて、お父様に言わなければ良かったのに)


そのドレスを着たエミリーは、誰から見ても可憐で可愛かった。嫌われ者の姉のことなんて、話題にする必要は無かった。そうすればきっと、もっと褒めそやされただろう。けれど、アリシアの助言だと聞いた父は、そのドレスをエミリーから取り上げた。理由は知らない。知る必要も無い。


──お父様なんか、大嫌い


その日。エミリーは、なぜかアリシアの部屋に来た。父の制止も振り切って。アリシアは本を読んでいた。集中したかったから、彼女に何か言うことも、何かすることも無かった。


(馬鹿ね。あなたは、本当に、馬鹿な子なんだから)


その時も、泣きじゃくる妹の声を聞きながら、そう思った。妹が泣き止み、本も丁度読み終わって。アリシアは容赦なく、彼女を部屋から追い出した。そんなことも、あったと。思い出して、アリシアは少しだけ、懐かしく思った。

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