第12話 草食系男子の、『鬼逆撫で』。




 ちっ、目の前のコイツから目線切れねえから、森の中の賊の人数を確認できねえ!


 矢の風切り音を聞いてかわすしかねえ。


 「おいおい、大したもんだな、音だけで矢をかわすなんてよぉ。だけど、ちょっとでもかすめたら、やばいんじゃねえのぉ?」


 「てんめえ……」


 『毒矢』か!

 体力を減らし、痺れさせる毒を塗った矢を放つ特技。

 確かに賊に持ってる奴が多い特技だが……こんな人数全員が持ってるような、そこまで安い特技じゃねえはずだ。


 どうする?


 森の中の弓矢使いから先に倒すのがセオリーだろうが、森めがけて走ったら、コイツの剣の秘技が背後から飛んでくるかも知れねえ。

 カミーズ流の秘技とかだと、剣戟飛ばす技でもけっこう大ダメージ食らっちまう。

 イチかバチか目の前のコイツに仕掛けるか?

 全部の矢が『毒矢』ってことは無えはずだから多少弓矢を食らってでも……


 「うわああああ! ひ、卑怯者! 性欲太郎!」


 突然、ナヨチン一ノ瀬優斗が大声で叫びながら、アタシの前にいる賊に走って斬りかかる。

 賊の後ろの位置だったから、大声で叫ばなけりゃ斬りつけられたかも知れない。


 「ウズマキ君は引っ込んでろよ!」


 賊はそう言って振り向きざまにナヨチン一ノ瀬優斗に斬りつけた。

 剣の心得がないナヨチン一ノ瀬優斗は、賊の剣を受けることもできずに血しぶきを上げて倒れた。


 「ナヨチン一ノ瀬優斗!」


 ドスッ


 一瞬ナヨチン一ノ瀬優斗に気を取られたアタシの背中に、矢が突き立った。

 やべえ、よりによって『毒矢』だ……

 手足が痺れて、上手く動かせねえ……


 どうにか背中に突き立った矢を抜いたものの、アタシは立っていられず膝を着いた。

 上半身も重く、両手を地面に着く。


 「おっ、姉ちゃん『毒矢』食らっちまったのかい? しょうがねえなあ、俺の『一刀両断』で動けなくしてから楽しませてもらおうと思ったのによぉ」


 賊の男はニヤけた笑いを顔に張付けながらコッチに近づいてくる。


 倒れたナヨチン一ノ瀬優斗はうつ伏せのままピクリとも動かない。


 まったくよぉ、弱えくせに、なけなしの勇気振り絞ってんじゃねえよ……


 「……ナヨチン一ノ瀬優斗、オマエみてえな弱っちい奴はこんな時しゃしゃってくるモンじゃねえんだよ……何だよ性欲太郎ってよ……もっとお前はナヨっちいこと言いながら逃げるキャラだろうがよ……」


 「何だあ? ウズマキ君はナヨチンってえのか? ま、コイツみてえなナヨったチ○コじゃ、姉さんみてえな気が強い女は満足しねえんだろうけどよぉ……まあ俺達が夜通したっぷり可愛がってやるからよ、ヒイヒイ言う覚悟はしとけよぉ」


 賊は四つん這いになったアタシの両腕を蹴飛ばした。

 アタシは堪え切れず地面に仰向けに転がる。


 ちっきしょう、別に純潔守ってた訳じゃねえけどよ、こんな奴らに犯られちまうって、アタシはどんだけ弱えーんだよ! ナヨチンのこと笑えやしねえ。


 くっそ、毒の痺れさえ無かったら……







 恋愛ってなんだろう。


 昔からわからない。


 可愛い人を見ると、心と体が疼く感じがするんだ。


 この人に近づきたい。

 この人と話したい。


 凄く、心と体がそうしたいって言うんだ。


 それでその人と色々と話す。


 そうすると、凄く心は嬉しくなる。

 まるで心が踊っているように感じるんだ。


 でも、体はそれだけじゃ満足できない。

 抱きしめたいって思う。


 だから抱きしめる。

 

 抱きしめると凄く心が満足する。


 でも、体はもっともっとって疼くんだ。

 だからお互いに裸になって、貪り合うんだ。


 でも、ある日気づくんだ。

 全然この頃話をしていないって。

 お互いの体だけを求めあってるんだって。


 それって恋愛なんだろうか。


 ねえ、恋愛ってなんだろう?


 わからない。

 わからないんだよ!






 「知らんがな!」


 アタシは気が付くといつの間にか立ち上がって、倒れてるナヨチン一ノ瀬優斗の横にすっ飛んで行き頭を平手で叩いていた。


 硬ってー!

 コイツ、こんなに硬かったか?


 ふと我に返って周りを見ると、アタシと対峙していた剣使いの賊が、倒れてるナヨチン一ノ瀬優斗を狂ったように剣で叩いている。

 斬りつけてるんじゃなく、闇雲に叩いている。

 ナヨチン一ノ瀬優斗の体は剣を食らってもカキン! と硬質な音を立ててやいばを跳ね返している。

 

 森から10人、賊の仲間が弓を持ってコッチに走って来た。

 アタシは咄嗟とっさにその場から飛びのいた。

 弓を持った賊の仲間は、そんなアタシに目もくれず、一直線にナヨチン一ノ瀬優斗の元に走って来て、狂ったように弓でナヨチン一ノ瀬優斗を叩き出した。


 アタシはあっけに取られてしばらくその様子を見ていた。


 賊たちはナヨチン一ノ瀬優斗を殴る手を全く止めようとしない。

 うつ伏せで倒れているナヨチン一ノ瀬優斗を、蹴ったり踏みつけたりすりゃいいんじゃねーかと思うんだが、みんな手に持ったモノで殴るっつーか叩く。


 「てんめえ、フザケンナコラァ!」

 「パッチリお目目でポエム読んでんじゃねえ!」

 「オレがアンナに振られた時のこと思い出させるんじゃネーぞコラァ!」


 そんなことを口々に言いながら、ひたすらナヨチン一ノ瀬優斗を秘技カードも使わずぶっ叩いている。


 「痛て、痛てっ、レディアさん、何とかして下さい……」


 ナヨチン一ノ瀬優斗は、完全にうつ伏せになったまま動かず、小声でアタシに助けを求めている。


 これがナヨチン一ノ瀬優斗の『鬼逆撫で』の効果なのか?

 

 気づけばアタシの毒の痺れも、いつの間にか抜けている。

 左肩の斬られた傷も、塞がってるみたいだ。


 とりあえず、賊どもを片付けちまおう。


 アタシは急いで豪雷砲に散弾を装填し、賊どもにぶっ放した。


 数人の賊どもが散弾を食らって吹っ飛ぶ。

 ナヨチン一ノ瀬優斗はうつぶせに倒れてるので散弾は食らわずに済んだようだ。


 賊どもは、仲間が散弾を食らって吹っ飛んでも、一切コッチを見ようとはせず、ひたすらナヨチン一ノ瀬優斗を力の限り叩いている。

 全くコッチは気にしちゃいねえ。

 これなら楽勝だ。


 アタシは次々に散弾を込めて豪雷砲をぶっ放す。


 ドン!


 ドン!


 賊は全員が血だらけになって倒れた。


 と思いきや、剣使いの奴だけは倒れても起き上がり、執拗にナヨチン一ノ瀬優斗を剣で叩こうとする。  

 「テメーなんかに、何がわかる……」

 そんなことをうわ言のように呟きながら。

 目がイってる。

  つっても、もう足はフラフラで、体力なんざ残っちゃいないのは傍目にもわかる。


 「おい、ナヨチン一ノ瀬優斗。立てるか?」


 「はい、多分……」


 「オマエ、剣で叩かれて痛えみたいだけど、ダメージは全然負ってねえっぽいぞ。

 ソイツ、オマエの『鬼逆撫で』にかかって、秘技とか使わず力任せにぶっ叩いてるだけみてーだからよ、オマエが倒せ。

 もうどんなんでも一撃入れたらソイツは倒れる」


 「……はい」


 ナヨチン一ノ瀬優斗は剣使いの剣に散々叩かれてイテッとか言いながらも立ち上がる。

 そんで不格好に「あか斬れ」を振り被ると、ナヨチン一ノ瀬優斗なりに思いっ切り振り下ろした。


 カイーン!


 ナヨチン一ノ瀬優斗の振り下ろした「あか斬れ」は、真っ直ぐ踏み込んで来た賊に刃が当たらず、刀身の平が賊のオデコに当たって乾いた良い音をさせた。


 「あか斬れ」で叩かれた賊は動きが止まると、くるんと白目を剥いてゆっくりと倒れる。


 んー、不格好だけど結果オーライだな。

 何だかんだでナヨチン一ノ瀬優斗のお手柄っつーか、助けられた。


 「よう、ナヨチン一ノ瀬優斗、よくやったぞ。どうだ、自分で敵を倒した気分は?」


 「……レディアさんが無事で……よかったです……ううう……」


 ナヨチン一ノ瀬優斗はその場にへたり込み、安堵したのか大粒の涙を流し始めた。


 その涙が、ようやくナヨチン一ノ瀬優斗の頬っぺたのウズマキ模様を流して消していった。








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