第10話 草食系男子の、勇気。




 それからは毎日砂鉄採集だ。


 ざっくざっくざっくざっく。

 砂鉄用ストレージに砂鉄が溜まっていく。


 ナヨチン一ノ瀬優斗とは砂鉄採集の作業中は特に会話もしない。

 ナヨチン一ノ瀬優斗はけっこう集中力が高いようで、こんな地味な作業でも飽きずにずっとやっている。


 アタシの過去の話も、やっぱりナヨチン一ノ瀬優斗は寝ていたのか、それ以降聞いて来ようとはしなかったし、アタシも何度も話すつもりもないので聞かれたって答える気はない。


 作業中に魔物や野生動物に襲われた出くわすってことも今のところはない。


 ただ、ナヨチン一ノ瀬優斗の休息のために夜は眠っているが、ナヨチンがお上品に食べ残した魚の骨を狙って大鴉オオガラス数匹が1回襲い掛かって来た。

 大鴉オオガラスは雑食性の魔物なので魚の骨の匂いに釣られたにも関わらずアタシたちにも襲い掛かってきた。

 トリの姿をしてるくせに夜目が利くっつーのが嫌らしいんだよな。

 アタシが剣で応戦して全て倒したが、ナヨチン一ノ瀬優斗は「ちきしょう!コイや~!」と珍しく気合いを入れて剣を振り回していたものの、突かれかじられでけっこうな大怪我を負った。


 でも、この世界じゃ、どんな怪我でも軟膏塗って体力回復させれば治る。

 ナヨチン一ノ瀬優斗の怪我も、軟膏を塗って「特効薬」を飲ませ一晩寝かせたら翌朝にはすっかり治っていた。


 「おい、大丈夫か、ナヨチン一ノ瀬優斗


 翌朝すっかり怪我は良くなったナヨチン一ノ瀬優斗にアタシはそう声をかける。

 怪我は良くなっていても心は別だ。

 あれだけ突かれかじられしていたら、恐怖が心に刷り込まれちまったかも知れない。


 「怪我はすっかり治ったけどよ、大鴉オオガラスついばまれんのはあんまり愉快な経験じゃなかっただろうよ」


 「……痛いし不快でしたけど、自分の不注意ですから……」


 「まあ、魚の骨出して食べるんなら、地面深くに埋めちまった方が良かったかもな。これからは気をつけな」


 意外にもそんなに恐怖が刷り込まれたって訳じゃなさそうだ。

 まあ良かった。


 「そういやあよ、オマエの秘技『鬼逆撫で』って発動しなかったのか? あれジェニーの締め付けに耐えるくらいだからよ、大鴉オオガラスついばみくらいなら余裕かと思ったんだけどな」


 「……一応、相手を逆撫でするつもりで声出してたんですけど……人相手じゃないと駄目なんでしょうか……」


 「おいおい、あの『ちきしょう!コイや~!』ってのがそれかぁ? まあオマエにしちゃ勇ましい方かも知れねえけどよ、『ちきしょう!』は止めとけ。何か弱い奴が必死んなってる感じが凄えからよ。

 ほんじゃ、今日も砂鉄採集ガッツリやんぞ」



 まあそんな感じで、襲撃されたのは一度だけで、比較的穏やかに今回の砂鉄採集は切り上げられそうだ。

 だいたいナヨチン一ノ瀬優斗に付き合って毎晩寝てるから、体力は朝には満タンだ。

 襲撃されてもそう簡単にやられるなんてことはない。



 そんな訳で砂鉄採集も29日目の朝、明日の朝には浜にゲンク爺さんが迎えに来る。ガッツリ採集できるのは今日が最後だ。

 今回はナヨチン一ノ瀬優斗のペースに付き合っていたから、アタシ一人の時に比べると採集量は多くない。それでも鉄のインゴットにすれば150個くらいにはなるだろう。

 

 「ナヨチン一ノ瀬優斗、オマエトータルで砂鉄どれくらい採れた?」


 「……砂鉄ストレージに3分の1くらいです……」


 「おう、初めてにしちゃ十分だな。ほんじゃ明日帰ったら『製鉄』教えてやるからよ、ちっとでも多く鉄のインゴット作れるように今日一日気合い入れて採集しろよ」


 「……はい」


 アタシとナヨチン一ノ瀬優斗は、そんな会話をしながら焼いた魚を食べた。

 ナヨチン一ノ瀬優斗大鴉オオガラスに襲われて以来、魚はアタシのように丸ごと食べるようになっている。


 「今日明日で焼魚生活もお終いだからな。オマエはしっかり料理したモンが好きみてーだから、ようやく帰れて嬉しいだろ?」


 「……そうですね……でも、これはこれで楽しかったし美味しかったです」


 「そっか。なら良かったよ。

 でも余った魚は骸骨ジェイクに売っぱらうからよ、帰っても骸骨亭に行ったら魚中心ってことは変わんねーけどな」


 アタシはそう言うと立ち上がり、ナヨチン一ノ瀬優斗に背を向けて砂鉄採集場所に向かって歩き出した。


 実はあの夜以来、ナヨチン一ノ瀬優斗が寝てる間に顔に炭で落書きするのがアタシの日課になった。

 最初は大笑いを堪えるのがホント大変だったが、人間ドワーフ慣れるもんだ。

 さっきみたいな会話しながらニヤニヤ笑い程度で済ませられるようになった。

 当然今ナヨチン一ノ瀬優斗に背を向けて歩いてるアタシはニヤニヤしている。

 今日は大作って程でもないが、両ほっぺたにウズマキ模様、目の上にはクッキリまつげを描いてナヨチン一ノ瀬優斗の可愛さ200%アップさせてやっている。


 明日はゲンク爺さんに、どんなナヨチン一ノ瀬優斗を見せてやろうか。




 砂鉄採集最終日ということもあり、アタシもナヨチン一ノ瀬優斗も一心不乱に砂鉄を採った。

 鉄のインゴット10本で剣1本を打てる。

 生活刃物や鍋釜だと大きさによって違うがインゴット1本から5本まで使う。

 今回の砂鉄採集で、しばらく打つ分の鉄は十分賄えるだろう。

 帰ってナヨチン一ノ瀬優斗に「製鉄」を教えてやったら、その後はどうしようか。


 そんなことを考えながら砂鉄採集していると、気が付けば森の木の影に太陽が隠れる頃合いになった。もうあと僅かで日が沈む。


 突然、森の中からアタシたちの前に男が3人現れた。


 「おおっと、こんな人のいない離島に男女が二人っきりかい? 危ない危ない」

 「悪い奴らに見つかったらどうすんの~?」

 「へへっ、良く見りゃ女の方はなかなか可愛い顔してんじゃ~ん」


 「……な、何ですか、ぼ、僕達はただ砂鉄採集しているだだだだけですよ!」


 アタシが男達を一喝しようとする前に、ナヨチン一ノ瀬優斗が精一杯の勇気を振り絞ったんだろう、男達とアタシの間に立ちはだかってアタシを守ろうとしながらそう言い返す。

 声が震えてなけりゃカッコイイかも知れねえな。

 ってか、その顔じゃ何言っても決まりゃしねーんだけどよ。


 「オイオイ、兄ちゃん、何だよその顔笑わそうとしてんのかァ?」

 「何だよほっぺたにウズマキ描いてよ、真ん中当てりゃあ景品くれんのかァ?」

 「パッチリお目目に涙にじませて、どこのお嬢様? 俺が可愛がってやってもいいんだぜ~」


 コイツ炭が全然汗で流れてねえでやんの。

 朝の顔のまんまだもんな。


 「オイ、ナヨチン一ノ瀬優斗、わかってると思うけど、こいつら賊だ。やられたら有り金、交易品、全部巻き上げられるぞ。

 でも3人程度だったらアタシ一人でも十分だ。

 オマエはアタシの後ろに隠れてろ」


 アタシはそう言うと同時にナヨチン一ノ瀬優斗の前に躍り出て、貴重品ストレージから素早く取り出した豪雷砲を賊に向かってぶっ放した。




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